第14話 奪還
(まずはビムレスの屋敷に行ったことがある人間から情報を聞き出すか)
取引所で商人から聞き込みをした結果、屋敷の部屋配置がおおよそ分かった。
それと幸運だったのはビムレスの愛人情報を入手できたことである。
女はよく取引所の近所にある酒場にくるという。
その女から何か情報が引き出せれば交渉を有利に進めることができるかもしれない。
カイルは夜になると女が来るという酒場へ向かう。
店は大通りから路地に入ったところにあった。
店内には客が数人おり、カウンター席へ事前情報と似た女が座っている。
いつもカウンター席に一人で座っているということなので、本人である可能性が高い。
カイルは女の隣に座り酒を二つ注文するとすぐグラスに入って出てくる。
それを一つは女に、もう一つを自分の席へ置く。
女は二十代後半ぐらいに見えた。
「あら、気前がいいのね。あなたは?」
「最近、王都ラグラントで商売を始めた商人だ」
カイルはまだ女がどういう立ち位置かわからないので名前と自身の正確な身分を教えるのは避けた。
後で、ビムレスにカイルのことをばらされたら対策されてしまう可能性があると考えたからである。
「ビムレスについて知っているか?」
「彼を取引先として紹介してほしいの?」
「まー、そんなところだ」
「……まずは私の話聞いてくれる?」
ビムレスとは最近愛人として出会う回数が減っていること、他に何人も愛人を作っていることに不満を抱いているとカイルに打ち明けた。
カイルは女の話を聞いて相当ビムレスへの鬱憤が溜まっていることを把握した。
女の立ち位置がだいたい掴めたので、自分の目的を話してもよいと判断した。
「あー、全部話してすっきりしたわ。……そうそう、紹介の話だったわね」
女がカイルに話を切り出す。
「実はビムレスに商品を強制的に相場価格の十分の一で買い取られた……」
「……でも、それはあなたの詰めが甘かったからでしょ?」
「……」
女は正面のグラスを手に持って酒を一口味わうと、そっとグラスを元の場所に置く。
「……まー、若いうちならそれも経験の一つね。……それであなたはどうしたいの?」
「屋敷に忍び込んで商品を取り返す」
「無謀ね」
「あぁ。それは分かっている」
「……」
「……」
沈黙の後、正面を向いていた女は横の座席で無言になっているカイルの顔を見る。
「……明後日、彼の屋敷に行く予定があるわ」
女の声が沈黙を破る。
「彼の自室は二階にあるの。いつもそこで彼と過ごすのだけれど、窓の鍵を開けておいてあげるわ。そこから侵入できるかもね。その先はあなたとビムレスの交渉次第ね」
「いいのか? そこまで協力して」
「ちょっと懲らしめてあげたら、彼も目を覚ますかもしれないわ」
カイルは女からの協力に感謝する。
「私はキャサリンよ」
「俺はカイルだ」
「……あなたよく見たら、いい顔してるじゃない。……別の店で飲み直さない?」
「すまない、今日は予定が詰まってる」
「あら、残念」
そこで会話を切り上げ、カイルは酒代を支払い追加の情報提供料をキャサリンに渡す。
キャサリンの名残惜しそうな背中に別れを告げ店から出ていく。
カイルは決行日まで潜入の段取りを整えつつ、十分な休息を取る。
――潜入決行日の夜になり、カイルは屋敷の外壁近くまで来ていた。
ビムレスとキャサリンがいる部屋の位置は把握している。
屋敷の二階に昇るのは普段から鍛えているカイルにとって容易であり、軽い身のこなしで部屋の窓近くまで昇る。
窓の外から中の様子を伺うとビムレスとキャサリンがいた。
さらに、窓を触って外側へ引き、鍵がかかっていないことを確認する。
そのまま音を立てないようゆっくりと窓を開く。
そして、開いた窓から部屋の中へ侵入する――部屋にいた二人はカイルに気付いて談笑を中断する。
「何者だ!?……お前は……確か……そうだ!武具の商人か!今更何の用だ!」
ビムレスは突然入ってきたカイルに驚きながら、何とか言葉を音に乗せる。
「武具を取り返しに来た。返答次第では面倒なことになる」
そう言うとカイルは自身の腰に備え付けているダガーの鞘を見てからビムレスに視線を向ける。
「彼には指一本触れさせません」
キャサリンはビムレスの正面に立つと両手を目一杯広げて庇う。
「お、女は関係ない!解放してあげてくれ」
ビムレスはカイルに懇願する。
「……いいだろう」
キャサリンはカイルへ軽くウインクした後、部屋から退出する。
部屋にはカイルとビムレスの二人だけとなった。
「取り返しに来たと言うが、君はすでに売買契約書へ署名している。商人ならこの意味がわかるだろう?」
カイルはその問いに答えず歩を進め、ビムレスとの距離を詰める。
「売買契約は成立しているんだ! 今更取り返すなどという理屈が通用するか!」
ビムレスに手が届くほどの距離まで近づくと、さっと彼の背後に回り、鞘からファーガスト製ダガーを引き抜く。
「あんたら偽物だからまともに人や物が斬れないって言ってたよな? このダガーも同じ人間の作品だ。つまり、あんたと鑑定師様の判断だと偽物ってことになる」
カイルはビムレスの首筋にダガーを近づける。
「ひ、ひぃー、ま、ま、待ってくれ!」
「ここで実演販売してやろうか?」
ダガーを首筋に接触しそうな位置まで近づける。
「わ、わ、わかった!交渉しよう!」
その言葉を聞いて、ビムレスの首からダガーを離し鞘にしまう。
「ど、どうやら交渉時に若干の行き違いがあったようだ。で、では改めて交渉の仕切り直しだ」
ビムレスはダガーが鞘に仕舞われるのを確認すると落ち着きを取り戻す。
「正規の仕入れ相場価格で買い取ろう」
「だめだ」
「なら、その価格の1.5倍ならどうだろう?」
「だめだ」
「……それなら君の希望価格を教えてくれ」
「そういうことじゃない。……あんたには売らないと言ってるんだ」
「そう言わずに……頼む売ってくれ! 刻印こそないが、あれは正真正銘の本物に違いない」
「しつこいぞ。俺の気が変わらないうちに全部返せ」
ビムレスはそこまで言われると交渉できないと悟ったのか引き下がった。
「それから……相場価格十分の一の買取金、あれは経費としてもらっておく」
カイルはビムレスに言い放つ。
「……それともう一つ言い忘れていた。あんたがサルを無許可で売買していること、証拠を集めて全部王国に通報してある。もうすぐここも差し押さえられるだろう」
「そ、そんな……」
「だが、このまま武具を屋敷の外へ運搬する際、手を出さなければ誤報であったと伝えておいてやる」
「わ、わかった……」
王国に通報のくだりはカイルのはったりである。
(なんとか取り返せたな)
馬車の荷台に積まれている武具を眺めながら、さっきまでの出来事を振り返った。
(これで振出しに戻った。また最初から販売先を探すか)
その後、王都ラグラントで数日間に渡り情報収集と訪問を続けたが成果を上げることはできなかった。
カイルは王都で販売することに見切りをつけて別の町へ行くことを決める。
出発の前夜、キャサリンに礼を言うため例の酒場へ顔を出す。
しかしキャサリンはおらず、その日ついに来ることはなかった。
酒場の店主に尋ねると、それまで毎日のように来ていたのが数日前からぱったり来なくなったと話す。
(キャサリンもうまくいったみたいだな)
ビールをグイっと一気に飲み干すと会計を済ませて店の外に出る。
宿に戻るまでの道中、頬にあたる夜風がとても心地よかった。
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