第12話 商談の行方

 (まだ訪問していないところは残り三件か)


 十六件目の訪問先は貴族でなく富裕層である。


 十数件も訪問するとカイルの対応もこなれてきて、すんなり中へ案内してもらうことができた。


 今度は説明の中で商品に刻印がないこと、それでも本物であることを主張した。


 もちろん、口頭による説明だけなので全く説得力はない。


 加えて、突然屋敷に訪問した他国の商人という怪しさも拍車をかける。


「カイルさん、説明ありがとうございます。あなたの説明を信じたいと考えています。ただし、これは商品取引ですので真偽はしっかり見極める必要があります」


「はい、おっしゃる通りでございます」


「そこで提案なのですが、鑑定師に真偽を確かめてもらい本物であると判定されれば取引するというのはいかがでしょうか?」


「その提案は大変ありがたいです。ただ、私には鑑定師への伝手がありません」


 カイルにとっては思っても見ない提案であったが、懸念を素直に投げかけてみる。


「その点については安心してください。長年付き合いのある信頼できる鑑定師がおりますので、その方に依頼しようと考えております」


「かしこまりました。ご厚意感謝いたします」


「それでは明日の昼、もう一度屋敷を訪問して頂けますか?」


 カイルは明日訪問することを約束してビムレスと名乗った富裕層の屋敷から外へ出た。


 それから残りの二件にも訪問したが、良い結果は得られなかった。


 (十八件中、脈ありなのは一件だが希望は持てる。もし、取引が成立しなければ再び情報収集しよう)


 一度は諦めそうになったが、若干希望が見えてきたことで活力を取り戻す。


 ――翌日の昼、カイルは武具を台車に乗せて屋敷の中へ運び込んでいた。


 部屋に入ると台車から武具を大きな長机の上に移動させる。


 準備が整ったところでビムレスが部屋に入ってくる。


「こんにちは、カイルさん」


 挨拶をするビムレスの肩にはサルのような動物がちょこんと乗っていた。


「こんにちは、ビムレスさん。サルをペットにしているなんて珍しいですね」


「このサルは特別でね。ある特殊なルートで入手したのですよ」


 そう言いながらビムレスは大人しいペットの頭を撫でながら、椅子に座る。


「……それでは準備も整ったようですので、さっそく鑑定作業に入りましょう」


 部屋で待機していた鑑定師が長机に近づくと武具を手に取り、慎重に査定を行う。


 様々な角度から見たり、指で軽く小突いて音や質感を確かめる。


 歪みや傷の確認も武具一つ一つに対して丹念に行われた。


 査定が終了すると鑑定師はビムレスへ近づき耳打ちをする。


 鑑定師が離れると、ビムレスの口から鑑定結果がカイルに告げられる。


「……非常に残念ですが、カイルさんの武具……全部偽物であるという判定結果が出ました」


「これらの武具はファーガストの作風を真似た精巧な偽物で人や物をまともに斬れない代物ですね」


 続けて鑑定師が説明する。


「私は本物であると信じたいのですがね。けれど、信頼している鑑定師の判定も尊重したいのですよ」


「そうですか、かしこまりました。貴重なお時間を頂きましてありがとうございました」


 すぐに台車へ武具を積めると部屋から出るため扉へ向かう。


 しかし、先程まで部屋にいなかった武装した六人の男たちがカイルの行く手を遮る。


「これはどういうことでしょうか?」


 カイルはビムレスに状況説明を求める。


「カイルさん、あなた何か勘違いをされておりませんか?」


「おっしゃっている意味がわかりません」


「……鑑定師の依頼料も無料ではありません。また彼ほどの腕利きになると依頼料は高額になります」


「依頼料がいくらかはわかりませんが、後でお支払いいたしますので安心してください」


 それまで冷静な表情だったビムレスはニヤっと不気味な笑顔を見せた。


「…………ククク……この状況を見てまだわからないのか?…………武具を置いていけということだ」


 カイルはビムレスの真意を、ここで初めて把握した。


「もちろん、ただでとは言っていない。しっかり買い取らせてもらう。相場の十分の一でな」


「断ったら?」


「さぁ、どうなるかなぁ。そこにいる六人の男たち次第だな」


 男たちは不敵な笑みを浮かべながらカイルを見ている。


 (一度に六人を相手にするのは無謀すぎる。ここは大人しく相手の要求にしたがうか)


「……わかった……要求に応じよう」


「君は物分かりがいいな……ククク」


 ビムレスは予め用意してあった商品代金の入った袋をカイルの足元に投げつける。


 ペットのサルは突然大きな音がしたことに驚き、興奮して部屋を走り回る。


 カイルは売買契約書に署名させられた後、武具を台車ごと掠め取るように別の部屋へと運ばれてしまった。


「今日は素晴らしい取引ができた。カイルくん、引き続き商売がんばり給えよ。……もっとも続けられたらの話だがね……ククク」


 六人の男たちに囲まれながらカイルはビムレスの屋敷から追い出された。


 馬車に戻ると荷台へ入り護身用に利用するか検討していたファーガスト製のダガーを手に取る。


 (これだけは無事だったな……ビムレスは最初からあれが狙いだったのか)


 相場の十分の一で売るのなら、模造品として販売した方がまだ赤字が抑えられただろう。


 カイルは諦めるか、取り戻すことはできないか宿に戻って考えることにした。


 宿に戻る途中、新たに護身用として使用するファーガスト製ダガーが収まる革ケースを店で仕立ててもらった。


 部屋に着くとカイルが考えたのはガルミンドでの経験を活かし、他にも被害者がいないか情報収集することだった。


 カイルはさっそく行動するが、取引所や酒場でも有力な情報は得られなかった。


 翌日も情報収集をするが、結果は昨日と同じだったことで手詰まりになってきたと実感する。


 (このまま調査を続けるか? それか屋敷に忍び込んで取り返すか?……いや無謀すぎる。……こんな時アイリスが隣にいたら何て言うだろうか?)


 取引所や酒場を中心に情報収集していたが、もう少し視野を広げて王都で調査することにした。


 通行人や商人以外にも聞き込みをしてみるが、状況は変わらない。


 ずっと同じ場所に停滞している感覚がカイルへ纏わりつき、徐々に焦りが募ってくる。


 (だめだ。このままでは視野が狭くなる一方だ。……平常心を保て)


 カイルは気分転換して頭を切り替えることにした。

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