第11話 商談の始まり

 カイルは隣国のグラント王国領内に来ていた。


 この国は入国条件が厳しくないので所定の手続きを済ませるとすぐに領内へ入れた。


 メルフィス、ロミリオと情報交換したところグラント王国の王都ラグラントには 貴族や富裕層が多く住んでいるそうだ。


 武具は一般庶民に需要がなく、相手は貴族、騎士、富裕層になる。


 また、高価であるため庶民には手が出せないのも理由の一つである。


 カイルはラグラントに着いたら、武具の取引相手を探そうと考えている。


 王都の入り口が見えてくる。


 さすが王都だけに日中は人が多く、活気に満ち溢れている。


 飲食店や宿もいたるところにあるので、探すのは苦労しない。


 他国であるが言葉は問題なく通じる。


 情報収集するため取引所へ向かう。


 取引所は規模が大きい町なら複数カ所あり、ここでは東西にそれぞれ一か所ある。


 カイルは馬車を止め、三階建ての東取引所に入ると目についた商人へ声をかける。


 ここに来るのは初めてだ、などと会話しながら情報収集を始める。


 対価を支払い、商人たちから何名かの貴族や富裕層の情報を提供してもらった。


 あらかた話し終えたところで、今度は西取引所へと移動する。


 西取引所も三階建てで、造りは東取引所と似ていた。


 (今日はここまでにしておこう)


 カイルは西取引所での情報収集が終わると建物を出て馬車に乗る。


 日も落ちてきたところなので、宿を探す。


 宿はすぐ見つかり部屋に移動すると、鞄から紙、ペン、ろうそく、火打石を取り出して机に置く。


 机に備え付けられている椅子に座ると、灯りのろうそくに火打石で火をともす。


 火が灯ると今日仕入れた情報の整理に取り掛かる。


 武具に興味がありそうな貴族や富裕層は十八件だった。


 カイルは明日、効率よく回れるよう紙に纏めておく。


 整理が済むと作業に夢中で夕食を食べていなかったことに気付く。


 外出する気にならなかったので鞄に入っている携帯食料で済ませた。


 ベッドの寝心地は王都の宿にふさわしいものであると感じた。


 おかげでカイルは明日の行動を万全に実施できるほど、質の高い睡眠を得る。


 ――翌朝、カイルは紙に纏めた順番で貴族と富裕層の屋敷を訪問する。


 七件目までは門前払いだった。


 何の繋がりもない他国の商人が、突然訪問して真面に取り合ってくれるほど甘くはない。


 それはカイルも十分理解している。


 それでも需要は必ずあるはずだと諦めず黙々と行動していた。


 九件目で初めて話を聞いてもらうことができた。


 カイルは屋敷の中へ案内されると、さっそく武具の説明を行う。


「この武具はガルミンドのファーガスト氏による作品でございます」


「ほー、あのファーガスト製ですか。もっと近くで見てもよろしいでしょうか?」


「どうぞご覧ください」


 綺麗な刺繍で仕立てられた衣装に身を纏った貴族は武具に近づく。


「手に取って見てよろしいでしょうか?」


「はい」


 貴族はまずショートソードを手に取り細部を確認する。


 その後、プレートアーマーの細部を確認する。


 一通り確認し終えるとカイルの方を向いて


「今回の取引は遠慮しておきます。お引き取りください」


 と出口の方向を手で指し示す。


 (何か失礼な対応をしてしまったのか? それとも微小な歪みや傷が気になったから?)


「かしこまりました。貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」


 カイルは貴族の屋敷を後にする。


 (やっと話を聞いてもらえた)


 その後、十二、十三件目でも話を聞いてもらうことができた。


 しかし、どちらも反応は良くなかった。


 (なぜだ? ファーガストの名前を出すと皆興味を持ってくれる。だが実物を近くで見ると興味を失う。傷や歪みについて全く質問されないのもなぜだ?)


 ここで日が落ちてきたので、続きは明日の朝からとなる。


 翌日は十五件目、本日で数えると二件目で話を聞いてもらうことができた。


 しかし、反応は昨日と同じであった。


 カイルは思い切って理由を聞いてみたところ、相手から意外な答えが返ってきた。


「……失礼ですが、あなたはこれをどこで手に入れましたか?」


「ファーガスト武具店です。微小の歪みや傷があるものも含まれておりますが、正真正銘の本物でございます」


「いえ、歪みや傷は問題にしていません。……無いのですよ」


「無い?」


「はい、本来武具には製作者の刻印があります。それが著名な製作者なら必ずです。しかし、あなたの商品には刻印がありません」


 カイルにとって完全な盲点だった。


 ファーガストは失敗作として処分するつもりだった。


 つまり失敗作には製作者の刻印がされず、店頭へ並ぶ商品にのみ刻印されるのだ。


 貴族や富裕層たちには刻印が無い為、偽物と判断されてしまっている。


 理由がわかるとカイルは教えてもらったことへ心の中で感謝をしつつ、丁重に謝罪して屋敷から出ていく。


 (訪問先からは詐欺師と思われてしまったかもしれないな。困った。偽物と判断されては売れない。刻印がない以上本物であると証明することもできない)


 カイルはここで予想外の問題に直面した。


 (精巧な模造品として売ってしまうか?)


 いくらで売れるか分からないが、おそらく仕入れ値よりも大幅に安く買い叩かれるので赤字は免れないだろう。


 カイルは諦めの感情に支配されつつあった。

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