第6話 新しい地方での仕入れ

 カイルはスタンレード地方から馬車で移動し、ファルカセ地方に来ていた。


 道の途中、見晴らしの良い丘があったので景色を眺めつつ休憩し、スタンレード地方での出来事を振り返る。


 危機の大きな原因は一品目の商品で利益を出し続けられると楽観視していたことだ。


 現状、取扱商品の品目数が少なすぎる。


 ほぼ小麦粉をメインにしており、他の商品にはほとんど手を出さなかった。


 同じ商品だけを扱っていると危険度が高いのは今回の経験で十分理解した。


 対策は取扱品目の数を増やすことである。


 そのためには、他の地域に行き、小麦以外の特産品も仕入れる必要がある。


 カイルは他地域の特産品情報を全く知らなかったが、今は資金に余裕がある。


 その資金を使って取引所で商人たちから情報提供してもらえるはずだ。


 知識を身に着けるため、カイルはファルカセ地方で最初に訪れる町の取引所を目指している。


 予定通りに町へ着くと取引所へ向かい、対価を支払うことで周辺の特産品情報を教えてもらうことができた。


 カイルは得た情報を整理して思案している。


 農作物同士の組み合わせでは 不作や豊作の影響を受けてしまう可能性がある。


 農作物を仕入れるなら、農作物以外の種類を仕入れておくことで影響を減らすことができる。


 軽くて小さく持ち運びが容易い、さらに仕入単価が安くて高額で売れる。


 そんな夢のような商品があれば、すぐにでも仕入れたいところだ。


 だがカイルの知り得る情報では、これら要素をすべて満たす品目はない。


 いずれの品目も良い点と悪い点を含んでいる。


 ガルミンドへの入り口が見えてくる。


 この町に来た目的は、武具を仕入れるためである。


 特にガルミンドの有名工房で作られた武具は大変人気があり、貴族や騎士、富裕層を相手に高額で売れる。


 仕入価格は高額になるが販売価格も高いので、売れれば高利益が期待できるのだ。


 (ここがファーガスト武具店か)


 カイルは町の中心近くに位置する立派な店構えの武具店に訪れていた。


 この武具店には店のとなりに工房が備え付けられてある。


 カイルは、いつか自分もこんな立派な店を持ちたいと想像にふけりながら店の中へと進んでいく。


 中に入ると、そこに飾られていたのは実戦用のソードやフルプレートアーマーだけでなく、観賞用として煌びやかに装飾されたものもあった。


 カイルは何を仕入れようかと思案しながら飾られている武具に近づく。


 ふと掲げられている値札を見て驚愕した。


 (高すぎる!)


 ほとんどの商品が今の手持ち資金では全く手が出せないものばかりであった。


 中にはかろうじて仕入れられるものもあるのだが、それでも高い。


 (何も仕入れなければ、この町に来た意味がない。このまま何もせず引き下がるわけにはいかない。)


 カイルは店から出ると、隣の工房へと向かった。


 (あの人が工房長だろうか?)


 カイルは工房の中に入り、その長らしき人へ近づいて行き挨拶をする。


「……ここは工房だ。うちの武具を購入するなら隣の店に行ってくれ」


 工房の長らしき人物は一瞬作業を止めて返事をする。


「失礼しました。ところで、あなたが工房長ですか?」


「あーそうだ……」


 工場長はぶっきらぼうに答えると、すぐに作業の続きに戻る。


 相手から見ると作業の邪魔をしているも同然なので無理もない。


「あー! ワシの思い描いているものと違う!」


 そう言いながら、工房長は直前まで作っていた剣を奥の武具が積まれている山へ置きに行った。


「それも後で販売するんですか?」


 カイルは先程工房長が置きに行った工房の奥にある武具の山を手で指し示す。


「いや、これらは失敗作だから違う。後でまとめて処分するんだ」


 (処分か……)


 カイルは少し思案した後、何かを閃いた。


「少し見せてもらってもいいですか?」


 工房長はそれぐらいなら構わないと承諾してくれた。


 カイルは工房の奥へ進み武具が積まれている山の前に立つ。


 山の前まで来て武具を眺めるが、となりの店で販売しているものと全く遜色ないように見える。


 その中から比較的軽くて小さいもの――ダガーを手に取ってみる。


 確かによく見ると若干歪んでいる部分もあるように感じるが、それでもとても失敗作には見えなかった。


「これらを売ってもらうことはできますか?」


 カイルは工房長のところへ戻り交渉を始めた。


 会話をする中で互いに同郷出身だとわかり、自分がまだ駆け出し行商人であることを説明すると、そこから次第に打ち解けた。


「……本来は全部断っているんだが、今回は特別だ。それに処分の手間も省ける。それと販売時にうちの名前を出しても構わんが、看板に傷がつかないよう売り方は工夫してくれよな。いいな?」


「わかりました。ありがとうございます!」


 その後、工房長は失敗作をカイルに安く販売するという話を店に説明してくれた。


「ワシはファーガストだ。たーんと稼いだら、またうちの店に来い。その時は店頭で販売している商品を仕入価格で取引するぞ」


 カイルも名乗りファーガストと握手を交わし礼を言うと、馬車の荷台に武具を積み込んで店を後にする。


 無事仕入れが済み、町に来た目的を果たしたのでカイルは宿探しを思案し始めた。


 工房近くの宿をあたってみたが町の中心部に近いため、どこも宿泊費が高い。


 町の外れに行くと安くなるが、今度は馬車を安全に保管できないなどの問題が出てくる。


 また、高価な積荷を運んでいるので傭兵がいない中での野宿は避けたい。


 考えた末、宿泊費は高くても妥協しようと町の中心部へ戻り始めた。


 町の中心に向かう途中で一人の青年男性から声をかけられた。


「あのー!」


 カイルは馬車の動きを止める。


「はい」


「旅の行商人さんですか? 今晩の宿はもう決まっていますか?」


「いえ、まだです。これから町の中心に行って決めるつもりです」


 カイルの返事を聞くと、青年の表情が明るくなる。


「それなら当宿はいかがでしょうか? 最近始めたばかりで、お客さんを集めるのに苦労してて……こうやって声をかけているんですよ」


 新規開店価格のため立地に対して通常の相場よりも安く、馬車を保管する場所もあるので条件は悪くない。


 道は違えど、駆け出しという意味では同じだとカイルは青年と自分自身を重ね合わせた。


 (今日はここに泊ろう)


「わかりました。案内してください」


「ありがとうございます!」


 翌日、朝の支度を済ませて馬車の荷台を確認すると、すぐ異変に気付いた。

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