第5話 旅立ち

 ラトビリーには道中二日かかるので、一泊することになる。 


 もうすぐ宿泊先の村が見えてくるはずだ。


 明日、早朝に宿を出発すれば昼頃にラトビリーへ着くだろう。


「宿泊先の村で美味しいお店知ってるの。今日はそこにしようよ」


 アイリスが太鼓判を押すのなら味は保証されている。


 店を選ぶ時間も省けて助かる。


「わかった。着いたら案内してくれ」


「まかせてー」


 少し日も落ちてきた頃、村の入り口が見えてきた。


 想定外の事態に遭遇したが、日没前に到着したので安堵した。


 さっそく宿を見つけると馬車を係留する。


 受付で二部屋確保の宿泊手続きを済ませ、ところどころ木が軋む音がする階段で二階に上がった。


「それじゃ、また後でね」


 アイリスは支度が済んだら、カイルの部屋をノックすると伝えて一旦別れた。


 カイルは部屋に戻ると椅子に腰かけてくつろぐ。


 (この村の特産品を確認しておくか。)


 行商人どうしの繋がりがあれば村ごとの特徴や特産品の情報なども入手できる。


 カイルは経験が浅く横のつながりはない。


 取引所へ行けば商人に出会えるが、貴重な情報を無料で提供してくれる人は皆無である。


 今までは資金もなく、対価として提供できるものもないので、地道に自分の足で情報収集していた。


 コン コン


 扉をノックする音が聞こえた。


 思考を中断し椅子から立ち上がり扉へと向かう。


 扉を開けると支度ができたアイリスが立っていた。


「それじゃご飯食べに行こ」


 目的の店は宿から歩いて十五分ほどのところにあった。


「料理が美味しいのはもちろんだけど、看板の絵が可愛いのよ」


 そう言いながら彼女が飲食店の看板を見るとカイルも視線の先を追った。


 そこには可愛らしい猫の絵が描かれていた。


「確かに可愛い」


 店に入るとすぐに座席へ案内された。


 着席するなり、料理メニューを確認する。


 どの料理もとても美味しそうだが、あれこれ悩まずに決める性格だ。


 注文はすぐに決まり、アイリスの方を見る。


 同じくすでに決まったと言うので、店員を呼び注文する。


 料理ができるまでの間、アイリスとの会話を楽しむ。


「そういえば実家には帰らなくていいのか?」


「うん、もうすぐ帰るよ。実家の両親にお願いして長期の休暇を取って来ているの。ロムレックには図書館があってね。そこで調べ物をしていたのよ」


「だから、夕方に翌日のパンを仕込んだ後、外出していたんだな。何を調べていたんだ?」


「空に浮かぶ島のことだよ」


「なんだそれは?」


「この世界のどこかにそんな島があるらしいの。私はそこへ行ってみたい」


「空に浮かぶ島へ行く手段なんかあるのか?」


「あるわ。そのためには空翔石という石が必要なの。これがとても希少な石で神の遺物『アーティファクト』の一つに数えられているわ。」


(神の遺物? アーティファクト? 聞いたことないな)


「どうしてそこへ行きたいんだ?」


「行って確かめたいことがあるの。……ところで空翔石の情報何か知らないかしら?」


「……いや、何も聞いたことはないな」


「そっかー」


 ちょうど会話が一区切りついたところで料理が運ばれてきた。


 アイリスがそれぞれの皿に取り分けてくれる。


 お互い小皿に盛り付けられた料理を口へ運び美味しさに舌鼓を打つ。


 食事を終えて店から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 アイリスは夜空を見上げる――幾千もの星々が宝石を散りばめたように輝いていた。


「きれい……」


「そうだな……」


 そっと二人の手が触れ合うと一瞬、会話が途切れて互いは無言になった。


「……次の目的地は決めているの?」


 アイリスが先に切り出す。


「ある程度は決めている」


「次の町でもうまくいくといいね」


 お互いの恥ずかしさを紛らわせるように会話を続けて宿に戻った。


 ――翌朝、最初の行動は村の特産品を調べて仕入れることだ。


 村での用事が済むなり出発し、先程まで自分たちがいた村の建物がゆっくりと後へ遠ざかっていく。


「私がラトビリーへ行く目的、気にならない?」


「たぶん図書館だろ?」


「あったりー。それだけじゃないけどねー」


 (島について調べる以外の目的もあるようだ。その目的も島関連かもしれないが。)


 今、荷台には小麦粉以外の積荷が乗っており、カイルは馬の手綱を握っている。


 行商人を続けられているのだ。これも一重にアイリスのおかげである。


 もし、あの場所で彼女と出会わなければ今頃どうなっていたであろうか?――想像に容易い。


 ラトビリーへの入り口が見えてきた。


「ここで降ろしてくれていいよ」


 馬車を道の端に止め、二人が降りる。


「色々世話になったな。これはパンを作ってくれた時の礼だ。受け取ってくれ」


 カイルは手に持っていた銀貨の入った小袋を渡そうとする。


「いいの。気にしないで。私も楽しかったから!」


 アイリスは小袋を受け取らなかった。


「それなら」


 カイルは荷台に入り何かを探している。


 再び彼女のところへ戻りそっとリンゴを手渡した。


「代金はいくら?」


「俺からの餞別だ」


「ふふふ、ありがと。カイル」


 アイリスは受け取ったリンゴをポーチにしまい込む。


「――あ!ちょっと待っててね」


 ポーチから紙とペンを取り出し荷台に紙をしいて何やら書き込んでいる。


「近くに来たら寄って行って、ご馳走するわ!」


 カイルは差し出された紙を受け取る。


 紙にはアイリスが住む実家の店への案内が書かれていた、可愛い挿絵付きで。


「ありがとう、アイリス」


 カイルは受け取った紙を自分の鞄へ大事にしまい、馬に跨り手綱を持つ。


「それじゃ、ここでお別れね」


 馬の横へ立ち、軽く手を振りながら別れの挨拶を済ませる。


「あぁ。いい情報が手に入るといいな」


「あなたもね」


 馬の蹄が前方へ踏み出すと同時に荷台の車輪がゆっくりと回り出し、徐々に加速していく。

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