第4話 ゴブリンとの戦闘
パンを販売して得た利益は、アイリスを目的地まで連れて行き、さらに次の町へ行くための経費を差し引いても全く資金面に心配ないほどであった。
しばらくすると二人を乗せた馬車から見る景色は草原地帯から、うっそうと樹木が生い茂る森林地帯へと様変わりした。
深緑が道の両側から駆け抜ける馬車へ覆い被さろうとするほどの勢いである。
さらに進むと今度は少し視界が開けたところに出る。
半径でおよそ馬車の全長十台分ほどの場所だ。
その周辺には木が生えておらず、歩くのが邪魔にならない高さの雑草がまばらに生えていた。
ちょうど中ほどまで来ると奥の茂みから、ざざっと音が発せられ何者かの気配を感じ馬車の速度を若干落とした。
(馬を狙う野生動物か?)
カイルは馬車を止めると、一旦馬から降りて荷台に隠れながら周辺の様子を窺う。
「どうしたの?」
アイリスが不思議そうに尋ねた。
「モンスターだ。ゴブリンが3体」
アイリスの表情が緊張に包まれる。
行商人をやっていると積荷を狙う盗賊やモンスターに襲われることは珍しくない。
その為、護衛の傭兵を雇うのだが、安全性が確立されている道程や予算の都合上、雇わないこともある。
スタンレード地方の治安は安定しており、稀にモンスター襲撃の噂を耳にする程度だ。
小規模であれば騎士や傭兵たちにより、たちまち鎮圧される。
現在進んでいる道はほぼ安全性が確保されているため、ここでのモンスター遭遇はよほど運が悪かった。
通行する行商人を襲うため、茂みに隠れて待ち伏せていたようだ。
(さて、どうするか?)
護衛もいない状況で行商人が生き延びる方法は、積荷を全部差し出して逃げる以外にまず考えられない。
それも運が良ければの話である。
大抵の行商人なら積荷を捨てる算段に入る頃合いである。
だが、カイルはこの状況で戦闘という選択肢を選べる程度、腕に自信があった。
それでも同時に3体相手はさすがに分が悪い。
ましてや彼女を庇いながらでは尚更である。
不幸中の幸い、ゴブリンたちはアイリスの存在にまだ気付いていない。
アイリスへ積荷の影に隠れているよう指示した。
カイルは警戒しつつ荷台の外へ出て相手の行動を注視する。
馬車を中心に見て左2体と右1体に分かれて襲ってきた。
左の2体はショートソードのような武器を装備していた。
いずれも防具は軽装で盾は装備していない。
(よし、左右に分かれてくれた。まずは左の2体の方だ)
ゆっくりと手を動かし腰に備え付けてある護身用ナイフが収まる革ケースの感触を確かめる。
次に一度深呼吸して、それから全力疾走で左の2体の方へ駆け出した。
ゴブリンA、Bは突撃してくるカイルに対し剣を構える。
間合いに入ったところでゴブリンAは剣を振り下ろした。
それをひょいっと軽く右にかわす。
すぐさま護身用ナイフを抜きゴブリンAの胸に突き立てる。
「グアアアア」
確かな手ごたえを感じた。
ナイフから手を放しゴブリンAはそのまま崩れ落ちた。
直後、ゴブリンBがカイル目掛けて横斬りを繰り出した。
とっさに後ろへ下がって斬撃をかわす。
剣が空を斬る音が虚しく響き渡る。
すかさずゴブリンBの顔面を利き手の握りこぶしで殴りかかる。
命中。
「アガッ」と呻きゴブリンBがよろめく。
その隙にカイルはしゃがみ、すぐ足元でゴブリンAが絶命していることを確認する。
同時にゴブリンAの体を左手で固定し、右手で突き刺さっているナイフを抜いた。
ゴブリンBは体勢を立て直し、再び斬りかかる。
カイルはしゃがんだまま、ナイフを振り上げて斬撃を受け流して立ち上がった。
金属同士がぶつかり、闘いの音色を奏でる。
数度目の剣を受け止めたところで横へいなす。
大きな隙ができたところへ蹴りを入れる。
そして一歩踏み込むと同時にナイフを振り下ろすとゴブリンBから鮮血がほとばしり後へ仰向けに倒れた。
(残りの1体はどこだ?)
馬車へ視線を向けるとちょうど中へ入ろうとするのが見えた。
瞬時に踵を返し馬車の方へ走りだした。たどり着くまで数秒。
(積荷を盗んで逃げるつもりか……アイリスがいるのに気付かれる)
たった数秒間がとてつもなく長く感じた。
(アイリスは無事か?)
真っ先に視界に入ったアイリスは体を強張らせながら恐怖の表情を浮かべていた。
そこへゴブリンCが襲い掛かろうとしていたが背後に気配を感じ振り向く。
既に遅かった。
ゴブリンCはカイルに首根っこを掴まれ荷台の外へ放り飛ばされた。
そのまま地面に叩きつけられるが、すぐに起き上がる。
周囲をみて仲間の2体がやられているのを確認すると割に合わないと感じたのか脱兎のごとく逃げ出す。
それを目で追いながらも追撃はしなかった。
森に再び静寂が戻る。
「ケガはないか?」
「うん。大丈夫……」
彼女はこの道を通ることは何度かあったが、モンスターに襲われたのは初めてだと言う。
「あなた本当に行商人なの?」
「どうして?」
「一人でゴブリンを3体も相手するなんて考えられない」
「俺がまともに相手できるのは、せいぜいゴブリンが限界だ。それに今回は二手に別れたから勝てたようなものだ」
護衛を雇う資金はない、余裕があったら仕入に回したいぐらいだ。
だから、ある程度は自己防衛できるように体を鍛えている。
戦い方については小さいころ父親に教わったものが身についている。
「――それでも、かっこよかったよ」
「褒めても何も出ないぞ」
「むー、素直じゃないんだからー」
さっきまでモンスターに怯えていたのが嘘のように立ち直りが早い。
頭の切り替えが早いのか分からないが、彼女から見習う点は多い。
準備が整うと、馬車は再び進み始める。
しばらくすると森を抜け、一気に視界が広がり解放感を得る。
さーっと優しい風が頬に伝わり流れていく。
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