第一話 その1

 午前最後の四時間目の授業が終わり、昼休みを知らせるチャイムが鳴ると葬式会場のような静けさは吹き飛び、教室は一気に賑わいを見せる。

 食堂に急ぎ向かう者や、友達と集まり机をくっつけ始める者など各々行動が違い、眺めているだけでも退屈しない。ボッチの場合、休み時間にすることが読書と勉強、そして人間観察くらいしかないのだが、これはこれで面白いから気に入ってはいる。

「……ねむ」

 あんなメッセージが神崎から届いたら寝られるわけがない──なんてことはなく、睡魔に従い普通に寝た。それでもまだ眠気が残っているのは、サインやらコサインやらによって睡魔が強化されたからだろう。ほんと、あいつらいつ使うん?

「数学わけわかんなかった〜。琴音教えて〜」

「え〜、授業はちゃんと聞いてたの?」

「ちょっと寝ちゃった」

「もう、しょうがないな」

 神崎の席を訪れた金髪ツインテールの女子生徒も俺と同じ授業の過ごし方をしたらしい。結論、寝た俺ではなく数学が悪い。

 彼女の名前は舞浜凛。クラスメイトの名前を碌に憶えないことに定評のある俺ですらその、まるでアニメなどに出てくるキャラクターのような派手な髪型のインパクトが強すぎてその名を憶えてしまった。

 とはいえ、今年から同じクラスだ。何かと神崎の周りにいることが多く、名前呼びに加え神崎も特に親しくしてるイメージだが、それ以上は特に知らないし、知ろうとも思わない。

 教科書を開き舞浜に寄り添う神崎の表情は余裕そのものではあるものの、教えるという作業上もう少し時間がかかるだろう。いつも通り、今日も俺が先らしい。

 一人で過ごすことが基本である俺は大勢が生み出す騒がしさがあまり好きではない。そのため昼休みに教室はもちろんのこと、多くの生徒が利用する食堂に足を自ら運び過ごすことは滅多になく、一年生の頃から昼食はそこらから離れた場所に位置する、俺が所属している文芸部の部室でとっている。そして途中からは神崎も一緒に。

 彼女の横顔から視線を外し弁当を手に持つと、そのまま騒がしさとの縁をひとまず切るべく教室を後にした。


◇◇◇


 俺と神崎が付き合うことになったきっかけは去年の九月、高校生になって初めての文化祭だ。青春の一大イベントと言えるが、ボッチの俺としては平日となんら変わらない認識でいたこともあり、俺は文化祭の係として一番楽な装飾係を選び、一週間の準備期間を迎えた。

 もちろん係というくらいなので俺以外にもメンバーはいたのだが、彼らは初日から仕事をさぼったのだ。いや、さぼったというより実際は確かこうだったか。

「今日から準備期間らしいけど、正直三日とかあれば十分じゃね? 俺器用だし」

「それに関しては賛同しかねるけど……確かにそうだよねー。うちらもそんな話してた」

「おしっ! じゃあカラオケでも行きますか!」

「「さんせーい!」」

 みたいな感じ。

 勝手にさぼったわけではなく、予定を自分たちの利が増えるように組みなおしただけマシだと思うだろう? 残念無念。青春の二文字の前では本分が学びのやつらも頭がお花畑になるのである。

 というのも、確かに彼らの言う通り教室内の飾りつけだけで考えれば、想定した通りの三日で済んだだろう。

 そう。教室外の飾りつけもあったのだ。何せクラスで決まった出し物はカフェ。

 客を呼び込むために外装が重要だということは、実際にカフェに客として訪れている俺たちがよく知っていることだろう。詳細に言えば俺はオシャレなカフェとやらにお世話になったことなどないが、タピオカタピオカ言ってるあいつらなら思いついたであろうに。

 それを計算に入れれば、最初に余りとして出てきた日数は二日ほど減るのだが、その時のメンバーの様子を見るにそのことに気づいているのは俺だけだった。

 ここまで言えば察してもらえると思うが、俺は一人で残り作業をした。

 ボッチである俺は基本的に物事に一人で取り組んでいるのだが、それはあくまでも一人でもできることに尽きる。裏を返せば、一人でできないようなことはまずやらないのだ。

 だってそうだろう。複数の人でやることが前提のものに一人で挑むなど愚の骨頂。

 ゲームと同じように、マルチ専用のミッションにはソロでは挑めない。

 故に彼らを引き留めようとした。俺は人より飛びぬけて器用ではなく、一人で、二日分にもなる外装の装飾など不可能とわかっていたから。

 しかし難儀なことに、一人でできないような状況に立ったことすらなかった、自ら避けていた俺はいざその状況に立たされた時、頼り方がわからなかったのだ。

 結果彼らをそのまま帰らせてしまい、このままでは準備が終わらないということをただ一人気づきながらも帰ることに罪悪感を覚えた俺は、結局無謀にもマルチ専用のミッションにソロで挑みだした。そんな時だ。

 教室の扉がガラリと開き──ジャージ姿の神崎が現れた。

『あれ、篠宮くん一人?』

『……ああ』

 そういえばその時はくん付けだった。

 俺は当時も神崎のことを自分とは正反対の人間と認識していたが、今と同じように別に嫌悪の対象でもなかった。ひえー、こんなやつもいんのかーみたいな感じだ。

 それでも流石に、神崎の次の言葉を聞いたときは驚きを隠せなかった。

『なるほど。やっぱり頼り方がわからなかったんだね』

 と何食わぬ顔で言ったのだ。

 あの状況、普通であれば続くのは『ほかの人はどうしたの?』とかだろう。

 まるで俺の考えや行動を把握しているような口ぶりで言われたので、本気で人の心が読めるのかを疑ったわけだが、そんなことはない。神崎は異能力などを持たないただの人気者だ。

 きっと聡明ゆえの勘の良さがうまい具合に働いたのだろう。当時の俺は動揺のし過ぎで理由など気にもならなかったが。

「私でよければ手伝うよ」

「あ、ああ……ありがとう」

 それでも、自分がどうしようもない状況で隣に立ってくれた人は初めてだった。

 接点がない俺たちだったが、その日から二日間。神崎と俺は二人で外装の作業に取り組んだ。装飾係ではないにもかかわらず手を貸してくれた神崎の器用さがずば抜けたものであり、日数的な問題がなくなったのに加え、実際に関わってみると二人の時間は楽しいものだということがわかった。

 そのため文化祭が終わって少し経った後に、神崎が昼休みに文芸部室を訪れるようになっても自然と受け入れることができたのだろう。どうやってそこにたどり着いたのかは未だ不明だが。

 そして今からおよそ一か月前の終業式の日。

『私たち……付き合いませんか?』

『…………プリーズリピート』

 神崎と接点を持ってから約半年の月日が流れ、彼女の存在は俺の中で確かなものとなっていた。そんな状況での、突如としたあちらからの歩み寄り。緊張によるものであろう、敬語での告白に俺の頭は追いついていなかったのだ。世界のどこを探しても告白を繰り返させようとするやつはいないだろう。いっそ武勇伝かもしれない。

 そしてその次に言われた『……絶対言わない』で色々察したことは記憶に新しい。

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