第6話

 (一匹でもいい、これだけの大物じゃ。これでおふくろに顔向けできるぞ)

 勇夫はさっそく帰りじたくを始めた。


 「ねえ、おにいちゃん、もう行っちゃうの。あたし、さびしくなるわ。もうちょっとだけ、ねえ、お願い、そばにいて」

 早く得体のしれないものから遠ざかりたくて、勇夫はあせった。


 「そうしてあげたいが、ちょっと用があってね」

 「ご用があるんだ」

 「そうさ、ごめんね」

 勇夫はチチッと舌打ちした。


 「ひどいわ。せっかくがんばっておさかな

とり、手伝ってあげたのに……」

 「そうだよね、ほんとありがとう。忘れな

いから……」

 勇夫は見向きもしない。


 「わたし、おにいちゃんが好きになっちゃったみたい。どうしようかな」

 わざとらしくジャブジャブ音たてて、彼女は勇夫のもとへ泳いで来る。

 勇夫はとるものもとりあえず走り出した。


 「おにいちゃん、待って」

 浜辺をじゃりじゃりはってくる気配がする。

 (すごいな、陸にあがってくるなんて、いったいどんな魔物だろ。なあにそのうちあきらめるだろ)

 勇夫の顔にぴゅっと水がかかった。潮が目に染みる。


 「あたし、何かわるいことしたかしら。逃げてばっかり。そんなんじゃ、さっきのおさかな返してもらおうかな。おい、こら、待て」

 勇夫は少女に恐怖を感じた。言いようのない生臭さが潮の香にまじる。


 (やつは化けの皮をはがしたようだ、いよいよおれも正念場か。もはやこれまでだ)

 勇夫は人生をあきらめたような気持ちになった。せめて最後は俺らしく、敬虔な気持ちで、と勇夫は重い荷物をたずさえ、防波堤に向かった。


 一歩、二歩、そして三歩、唐突に、あたりが暗くなった。

 一陣の風が吹いて、なまぐさいにおいを運び去った。


 勇夫は立ちどまり、背後をふりかえった。波打ち際が妙だ。淡いオレンジ色に包まれたものがしきりに動く。


 誰かが波とたわむれているようにも思える。

 勇夫はそばに寄り、その正体を確かめようとした。


 何かが寝ころんで、足や手を動かしている。

 (にんげん……だったら、胴体に、ふたつの手、二本の足がついているはず)

 だが、勇夫がいくらかぞえても、脚が一本足りなかった。というよりも……。

 勇夫はふふっと笑い、俺はなんてこと言ってるんだろ、見まちがいだ、見まちがい。そうに違いない。


 「だあめ、来ないで。もうちょっと待ってて」

 聞き覚えのある少女の声がした。


 かもめだろうか。勇夫の眼には、二三羽の海鳥が少女めがけて降りてきて、ところかまわず、彼女のからだをつっつこうとするようにみえた。


 勇夫は奮い立った。荷物を放り出すと走り出した。

 やみくもに両手をふりまわし、彼女をかばおうとした。

 「だいじょうぶかい?ひどいことをする鳥たちだ」

 「いいです、いいです。気にしないで。この子たち、あたしと遊びたいだけなんですから」

 「あそぶ?」

 「ええ、そう。わたし、あなたが考えているようなものじゃありません。ちょっと変わってますけど。今、そちらに行きますから、ちょっとだけ時間をください」


 まもなく、ぎゃあぎゃあ、赤ん坊が泣くような声をだしながら、鳥たちは勇夫のわきを飛び去っていった。

 

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