第4話

一方的に知られているってあまりいい気分ではない。けれど言葉を発したその子がなかなか可愛いもので、返す言葉も見つからなかった。

「藍架です。このあいだ、私が壁に絵を描いてるときに見た気がする!」


「あぁ、あの大きい脚立で……?」

「そうそう、大きいとこに描いてみたかったんだよね〜。昔は忙しくて描けてなかったんだけどね。ここでは何でも自由だからさ、聖大くんも好きなこと楽しんだらいいよ」

藍架はその長い髪を風になびかせた。


「ここが何なのかイマイチよく分かってないんだけど、それにしても星ってこんなにキレイなんだなー」

「そう、外を見れるのはここだけなんだよ〜」

「そうなんだ」


ここに来て初めて人と喋った。それも随分とかわいい女の子だ。緊張せずにはいられなかったけれど、藍架が会話をリードしてくれるのでちょっと助かった。


「聖大くんはどうしてここに来たの?」

「んーと、なんか、自殺とかについて調べてたら広告が出てきて、それで申し込みみたいのをしたらここにいた」

「え、自殺しようとしてたの?」

「まぁいろいろあってだよ」


「そっかー、。私は一時停止組だけど、聖大くんは?」

「一時停止?僕らラジカセにでもなっちゃったの?」

藍架は苦笑いする。

「その様子だと説明文とか利用規約とか読んでない感じだなー?」

「あ……確かにめんどくて飛ばしたかも」


「ここのルール説明って結構大事な気がするけど、習うより慣れよって言うしね!分からないことあったら私に聞いてよ、私がセンパイになってあげる!」

藍架は健気に笑った。

早速疑問に思ったこと、この世界の他の住人について聞いてみた。


「ところでさ、ここって何人くらい住んでるの?みんな友達?」

「んとねー、今は……18人かな。親友になった人たちもいれば、ほんとに喋らない人もいるよ〜、リコちゃんなんてここ来てから一回も口開いてないんじゃないかなってくらい」

「ふーん、ちなみに藍架ちゃんは、いつからここにいるの?」

「うーん、いつからいたんだろう……。ここって時計もカレンダーもないじゃん、だからよく分かんない。でもだいたい……300回くらいは寝た気がするなぁ。」


やはりここには時計がないらしい。それがいいのか悪いのか、現実世界から来たばかりの身としては、生活が狂いそうな感じがする。


そして僕たち2人は夜の星空を背景に、差し障りのないお喋りを続けた。時々、元の世界での学校や家族の話もした。藍架はおにぎりが好きだと言った。かわいい。


やがて朝日が昇る気配がした。それが暗黙の解散の合図だったようだ。藍架の美しい姿が徐々に鮮明になっていく。


最後に「またここで会えたらいいね」と藍架は言い残した。僕も切実にそれを願っていた。日付や時間の約束はなかった。その概念が存在しないのだから。


陽が昇ると言うことはもう朝だ。この世界では時計がない時点で朝も夜も気にしなくていいはずなのだが、この世界に来て約2日目にして既に昼夜逆転生活かぁ、と僅かに罪悪感があった。ここでは何もかも自由というのだから、そんな生活も楽しんでみるとするか。


いつまでここにいられるんだろう。まるで人生をリセットしたみたいだ。生活も、人間関係も、昔のものを捨てて新しくなった。これから築くものが無限にある。そう思うと生きがいを取り戻していた。


仕組みはよく分からないけど、異世界で生活ってこんなにも簡単で面白いものなのか。作った人天才だな。

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