第2話

ロード中……(くるくる)…が続く。長く感じるその時間、もしかして取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか、とか、ずっとこのくるくるが止まないウイルスだったら、と余計な心配が過ぎった。


しかしそんな心配は杞憂、次の画面が表示された。

画面の指示通り、いつも使う右手の親指をスマホの指紋認証センサーに押し付けていると、いよいよ異世界へ行くんだという感じがした。それは飛行機が離陸前の滑走を始めた時の旅立ちの自覚に似ていた。



一瞬の瞬きで世界は変わった。

僕が座っているのは革素材の茶色いソファで、目の前には児童館にあるような背の低い本棚があった。あと暖炉で火が燃えていた。あれ、誘拐でもされたんだろうか。一瞬、小学校で見た拉致問題のアニメのワンシーンがフラッシュバックして震える。でもここ、暖かいし雰囲気も明るい。まだ何も知らないけど、そこには安心感があった。


360度見回す間もなく、目に映るものが全て違った。部屋自体はアンティークな作りだけれど、訳が分からない、統一感のないところだった。方向感覚も何もないまま、立ち上がって歩いてみると、さっきまでの自分が大ホールの隅に座っていたことを理解した。イメージ上のお城みたいに左右対象のうねった階段もあって、その先も何かの部屋に繋がってそうだ。

右斜め前方、高さ6メートルくらいの巨大な脚立が見えた。見上げると、大きな壁に描かれた大きな絵を眺めている女の子がいた。その子は難しそうな顔をしながらパレットと筆を握っている。腰まである黒髪を両側で結ったの女の子だった。壁に絵を描く人なんて、リアルで初めて見た。驚きと興味で見入っていると、彼女と目があった。少しの間目があったままだったが、やがて彼女は絵を描くことに戻った。音がする。小学校でよく聞いたような懐かしい音色。音の出どころを何となく探すと、遠くにクラリネットを吹く少年がいた。エレガントな音がホールのBGMのようにも聞こえる。その少年は見つめていても目は合わなかった。

他にも、裁縫をしている人、本を読んでいる人、ケーキを食べている人など、何人かの人を見かけた。みんな静かにそれぞれの趣味に没頭していた。それでも、この大きさのホールにしては人口密度が低い。


階段を登った先には何があるのか、ホールのところどころにあるドアはどこへ繋がっているのか、探索は果てしなくなりそうだ。しばらくは慣れないだろうけれど、逆に今まで触れてこなかったもので溢れた世界でワクワクしてくるのを感じた。

しばらく歩き回って慣れないものばかり見ていると、身体的にも精神的にも疲れてくる。清潔なベッドはそこら辺にいくつもあったけど、僕はどこで寝ればいいのだろうか。というか他の人はいつ寝るんだろう。というか今何時?というか……。沸き上がる疑問は収まらない。そういえば、今この少しの間に見て回った中に時計はなかった。こんな城みたいなお屋敷ならメルヘンチックな時計があってもおかしくないのに。

とりあえず、まぶたが垂れ下がってくるほど眠く疲れたので、最初に座っていた革のソファに横たわった。

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