逃げた先の隠れ家で

雨野瀧

第1話

とある12月25日。僕は得体の知れないやるせなさに思い詰めていた。



地下鉄から電車への乗り継ぎに、嫌でも通るお店は深緑と赤ベースの装飾で彩られている。ベル調のBGM、抽選会の行列、愛が露骨なカップル。年末を前にした浮かれた雰囲気の冬ってやっぱりこうだよな。


僕には画面越しのテレビスタジオを見るかのような、他人事に感じられた。こんなイベントも、虚しい人生も早く終わってくれないかなぁと考え事をするくらいに、暇で仕方がない。


早く帰らないと虚しさが膨らむだけだ。まぁでも、帰ってもどうせ勉強だし、他に認めてもらえることがない。呼吸することにすら疲れてしまった。


これってもう、生きてる意味なくね?

声になってるか分からないひとりごとを口籠もり、エスカレーターに乗った。30秒くらい手が空くと、「自殺 方法」と検索をかけた。


検索結果のトップに出る相談用の電話番号は無視して、いくつか下に出てくる相談サイトもスクロールで飛ばし、楽に死ぬ方法などを唄う自殺サイトへ入ってみた。まぁ予想どおり、感電死やガス中毒死なんかは苦痛も伴わずラクに死ねるらしい。


実際は死にたかったわけじゃない。だってそりゃあ、命は大事だよ。母体の命のリスクを冒しての出産に、17年生かすにも相当なお金がかかってるんだろうし。ただ生きるのが嫌になっただけなのだが、この人類生きるか死ぬかしかの2択しかないから不便だ。そもそも生まれたくて生まれた訳でもないのに、「死んじゃダメ!」って言われてもなぁ。


この生きたくない願望は論理で打ち勝てるものだろうか。議論すらめんどくさい。


エスカレーターを降りる。まだ少し時間があるから古びた木のベンチで記事の続きを読むことにする。


読んでいると、スマホの画面の1番下に、広告紛いのリンクが表示されている。それが妙に気になった。あ、よくあるイヤらしいマンガやゲームのサイトなどではない。なんなんだろう、これ。「鏡の孤城」の表紙にそっくりな雰囲気の、現実から逃げたような、それでいて安心感と高揚感を沸かせるようなイラストだった。


一応広告をタップするにはワンクリック詐欺なども疑うけれど、このさき生きていくのかも分からないし僕には特に失って困るものもない。だからそのサイトへ飛ぶ僕の指は軽かった。


「kakurega」

これがサイトの名前だった。


全体的に茶色っぽいアンティークなイラストはそのまま、ちょっと怪しさを感じさせる明朝体でメッセージが流れてきた。


“生きるのが疲れた貴方へ。ここは貴方の隠れ家。死なずともラクになれる世界。誰にも知られずに、外界から遮断される世界。

ここへ入ると決めたその日から、貴方の今いるその世界には、貴方のコピーを遣わします。心配はいりません。それはあくまで貴方を模した非生物であり、今まで貴方が歩んできた人生と言動パターンを分析し、今後を貴方らしく存在させるための模型なのです。故に、ここの世界で貴方は自由。学校、単位、仕事、給料、家庭、など何ひとつノルマがありません。コピーの貴方が大人しくそれらを熟すから。ここではお金など何の価値もありません。死んだように眠るも良し、好きなことだけをして時間を潰すも良し。この世界には十数名の住人がいます。人間関係を築くも良し気づかないも良し。また、心が落ち着いた頃に現実世界へ戻るか、もしくは現実での貴方のコピーが死ぬ時までこちらで一生を送るか全ては貴方の決定次第。”


胡散臭いなぁ。RPGのチュートリアルに見えなくもない。ところがそれでも、本当にこんな世界が実在するなら……という薄い希望に抗えない。


バグったパソコンに出てきそうな斬新なマゼンタ色の申し込みフォーム。これ作った人、WEBデザイン初心者かよ。もし変なサイトに飛んだら消せばいい。軽い気持ちでその申し込みフォームを、指示されるがままに埋め、利用規約に同意を押した。


スクロールした先のいちばん下に大きく出てきたのは、”入居“ボタン。

必要事項欄を埋めたはいいものの、これ本当に入ってしまっていいのだろうか、いやいいんだ。これ以上失うものなんてないから。


思い切って、怪しげなそのボタンを押した。正確にはスマホの液晶に指を触れただけだが、実態のある何かを押したような感覚がした。

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