#2.雨が似合う花~紫陽花の約束~

「雨が似合う花ですじゃ」



 ご老人は、おだやかなまなざしで、彼女を見つめ、ポツリと言った。

 花などもらったためしのない紫陽花は、トンチンカンな応えをした。



「紫陽花は雨がキライです」



 しかしご老人は嫌な顔一つせず、こくこくとうなずいて言った。



「あなたもアジサイという名前なのですな?」


「ええ、ヘンな名前でしょ」


「いいお名前ですじゃ」


「今まで、花の名前と同じとは知りませんでした」


「花のプレゼントは気に入っていただけますかな?」


「紫陽花が好きだろうと嫌いだろうと、花は花です」


「聡明ですね」



 ご老人はニコニコしている。

 彼女の言いぐさが気に入ったらしい。



「おじい……あなたは?」



 ご老人は名乗った。



徳司郎とくじろうといいますじゃ」




「ガーデニング、とかいうんでしたっけ、いいご趣味ですね」


「下手くそで、この花は初めて咲かせたものですじゃ」


「本当にきれいですね」


「ありがとう。今までメダカとカメだけが友達でしてのう」


「犬とか猫とかは?」


「猫は好きですじゃ」


「魚を飼っていると、食べられちゃいそうですけど」


「その通りですじゃ」


「なんでメダカなんです? グッピーとかは好きじゃないんですか?」


「グッピーのオスはヒラヒラ大げさでいかんですじゃ」


「ベタはどうです」


「いいですのう」


「で、徳さんはアジサイ好き、と……?」


「好きな花はガーベラですじゃ」


「ガーベラって言われても、わからないけれど」


「どうしてそんなに悲しそうなのですかな?」



 こういうときに、男に相談するのは嫌だけれど、徳司郎はご老人で、男ではない、と判断した紫陽花は、すっかり気を許してしまった。



「……というわけで、ドロヌマなんです。全力で好きなのに」


「それは悪い男ですじゃ」


 徳さんは言い切った。



「こんなに美しいおじょうさんに手をあげるなんて」


「いや、最高にいいやつなんです。もう何度も、あきらめずにいてよかったと思いました」



 紫陽花は投げすててしまった、胸のナックルをさぐる。



『オレはおまえを守る。おまえはおまえ自身を守れ』



 いつか、ナックルを紫陽花に与えて、シンジがそう言った。

 彼女を「相棒」と呼んで……。


 紫陽花は自分を守れなかった。

 大事な約束を、シンジも、彼女も守れなかった。

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