part:15


 コーヒーは黒く、泡立った空気が渦を巻く。

 今日も今日とて、警察庁の庁舎一角。使いつぶされる役人たちが蛍みたいに夜遅くも光を出している。

 ロボットや人工知能が真お兄さんのブレイクスルーで進化したからと言って、治安機関の中枢や意思決定まで機械に任せるわけにはいかない。

 役所が民間よりも遅れているのは、かつて過酷な残業や過労死という言葉が民間も当たり前だったころから同じ。新興技術の運用という点で、役所が音頭を取って民間に導入を促したが、肝心の役所はその波に乗らなかった。

 日本の役所らしいと言えばそれで終わる。警察庁でも警視庁でも県警だろうとも、意思決定が必要になる部分が多々求められる仕事を人工知能が奪うには至らなかった。

 窓口役がタブレット端末に変わったり、ネズミ捕りの監視に使われるぐらいで、一番大きなものは、Nと呼ばれる自動車の特定を行う全国システムの管理。

 液晶を睨んで疲れた眉間を揉む。


「実、貴方は今、どこで何をしてるの」


 雲に包まれた星一つも見えない真っ暗な空を窓ガラス越しに見上げた。

 彼は今何をしているのだろう。中国に行くと言った。あの国は、佐々良木真が頼った最後の国で、少子高齢化と成長が右肩下がりに入っても科学振興に予算を振り続けている。

 実が中国に何度も渡航したことは知っている。姿を隠した期間の渡航先も、頭とケツはあそこだ。先日の電車の中でも問い詰めた。

 彼は五年前に表舞台から姿を消した。あの土地でワンオフの素体を作り、人工知能をインストールした。その制作過程で、中国の公安警察に目をつけられていない。

 各種の規制、党から国民に対する締めあげが強いという先入観がある。おかしなものを作っていれば目をつけられないか?

 日本人の商社マンがスパイ容疑を掛けられ投獄されたこともある。

 どう考えたって足がつくハズ。

 経歴を一通りさらったある部分が目に留まる。

 彼が助教として所属した大学院と、中国の研究機関が提携した旨のリリースページがあった。大手を振って歩くことの出来る大義名分はこれか。

 研究機関の関連場所をリストアップ。高速鉄道網の駅が最寄にある機関本部。関連施設も付近の郊外に存在する周辺。

 サクラちゃんの部品を手に入れることが出来そうな場所は・・・


「あった」


 電子部品屋が軒を連ねる電子部品デパート。

 手元の固定電話で内線番号を打つ。スリーコール。警備企画課の内線電話から秘匿回線に交換された。


「東雲です」

「配達はまだです」

「分かりました。特に税関と福岡県警に注意を促してください」


 空路か、海路か。日本の地勢上、合法的に入国する方法は限られる。

 現状、完成品の人型ロボットを運び込むには輸入するしかない。空路で輸送すれば、より篩の目が小さくなって簡単に絞れる。

 サクラちゃんを別に輸送するなら、二週間前の今日には船を出す必要がある。どこからの船か、どこに揚げられるのか、どこで合流するのか、必要な情報が多すぎる。

 中国まで捜査の手を伸ばせない。税関の水際対策で銃器が引っ掛かるか、それに類するものが引っ掛かるのを待つことしか手が回らなかった。

 問題の銃器、実は真お兄さん夫妻を殺した武器であるCz75に固執する。実銃を無可動にした場合、それを3Dプリント銃の構造で再度発砲を可能にすることはあり得るか?


「短い期間しかないけど、それぐらいはする」


 フラッシュバックする。十何年も前、目を瞑れば今でも思い出せる懐かしい思い出。

 弱弱しかった彼が、私の通うハイスクールに転校してきた。拙い英語で周りから距離を取られた。同じ祖国の私に彼のお世話が回って、彼は子どものように私についてきた。

 子どもだった。佐々良木実という青年は、幼い頃からコンプレックスに苦しみ、両親から虐げられた幼い心を持った少年でしかなかった。

 お兄さんがアメリカに招待されてそれについてきた彼。言葉もまともに通じない異国にいきなり落とされた。彼にとって環境が大きく変わったことは大きなストレスだっただろう。

 彼は、アメリカで言うところのギーク、オタク気質だ。サブカルの浸透する日本からやってきた本場のオタクに、ギークの友人達が集った。

 気づけば、彼は当たり前のように馴染んだ。彼も十分に天才だったのだと思う。若くして、世界で唯一の義体を生み出した。彼の頭脳は明晰だ。周りとは比べようもなく聡く、兄と比べると見劣りする。

 実が佐々良木真というの弟として生まれたのは、幸か、不幸か。彼は兄と自分を比べてばかりで周りに気づくことなく育った。

 自分は不出来なのだと思い込んでいる。

 大学に上がって幾ばくか経った頃、真お兄さんと約束をした彼は、さらに努力に没頭した記憶がある。

 兄弟の借りるアパートでパーティをした時。真お兄さんはピザを片手に相変わらずレベルの高い、私には全く分からない話をツラツラと語っていた。その時実は思い立ったように言い出した。

 自分は世界で最高のガイノイドを作るのだ、と。

 そのための人工知能を真お兄さんが作り、自分は専攻する分野で素体を作ると宣言した。

 彼の真剣な顔つきと言ったら、覚悟を決めた時代劇の野武士みたいで、あまりにも似合わず不格好だから、お兄さんと顔を合わせて噴き出してしまった記憶がある。

 あれから十数年と月日が経った。お兄さんがこの世を去ってから六年も経った。彼は変わっていない。

 実は私にそう形容した。彼も同じだ。

 どれだけ顔がげっそりとやせ細って不健康な不精髭姿になっても、どれだけ身長が伸びてのっぽさんになっても。

 彼の心持は、変わらない。彼は自身が仕上げた最高の義体を誇りに思っている。

 手段を厭わないのは、お兄さんとそっくりのまま。

 実は、兄の目指した未来のためにどんな手段だって使う。

 あの日、ピザとコーラを両手に熱く語った時から変わらない。


「・・・物部博士は、一体どうするつもり?」


 電波塔から通信衛星コンステレーションを経由して、サクラちゃんと同様の機能を世界中に送る、なんて。

 本当に博士が、夫妻を謀殺したのなら・・・モデルSを停止するまでの一年間は、このデータを手に入れるための期間か。五年間も時間を待ったのは何故?S自体がプロトコルにブロックをかけた?

 分からない。

 物部博士に、動機が見当たらない。

 それなのに、彼は確信を持って物部祐を殺そうとしている。大事な弟分が殺人に手を染めるなんて、どれだけ信じようとも許すことは出来ない。

 真実はどこにあるのか。

 電波塔で物部博士に国民栄誉賞が授与されるまで、あと二週間を切った。

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