part:16


「サクラ、十日後だ」

「主こそ、ヘマをこきませんように」

「はいはい、っと」


 決めたコードを打ち、サクラの電源を外部から落とした。操り人形の糸が切れるみたいに脱力する細い身体を木箱に入れた。


「もう、お前を助けてくれる強いロボットは居ないんだぞ」

 平の言葉はよく刺さる。

「日本に行けば、警察が守ってくれるさ」

 警察に抗うことも出来ない。抗うのは最後だけ。

「日本の警察は、そんなに優秀なのかね」


 マントウの白い生地にかぶりつく。


「こっちの公安警察ほどは仕事熱心じゃないけどな」

「場所によるさ」


 現に自分は捕まっていないとふらふら両手を躍らせた平は、少年に手間賃の紙幣を渡して拳銃を取る。


「こいつにはガンスミスの才能があってな。この国じゃ役に立たんから、俺が育ててる」

「ちゃんと無可動になってるんだろうな」

「保証はする。それで復讐しなくて気はすむのか?」


 本当は、この拳銃でもって物部の野望を止め、私怨を晴らしたい。上手く行かないのは分かる。

 ヤクザのように銃器の密輸が出来る準備期間もなく、おまけに相手はとびっきりの護衛がついている。なら、どうするか。答えは簡単だ。

 現地で作ればいい。

 銃に対する規制が世界で最も維持された日本でも、過去にジグザグリボルバーという機構を取り入れ3Dプリント銃を作った人物が存在する。スラムファイア式のパイプ銃を密造したヤクザ関連の人間も居た。


「わざわざ躓くつもりなんてない。俺の目的は、物部を殺すことだけだから」


 公安にとっても税関にとっても、捕まえる理由が付いたなら表立って動ける。そうでなくとも、非合法に拘束される可能性は織り込み済み。


「ならば、俺の役割も簡単だな。お前の足がつかないように、徹底的に仕事をする」


 頼んだぞ、と言わない。頷くだけで伝わった。

 最後の一口を胃の中に落として中身の薄いバックパックを背負う。一粒のアクセサリが胸元で光る。


「足がつかず正常に輸送できたとして、届くには十日。伸びれば二週間だ」

「十分」


 手袋に手を通しキャップを深く被る。薄ぼけたコートは辞めて新品の革ジャケット。


「世話になったな」

 剃った髭の跡地を片手でなぞる。

「まだ、こっちの仕事は終わっちゃおらん」


 平は店の裏手で、水たばこの息を吹いてそっぽを向いたまま。


「あんたが塀の中に入って何時出てくるかはわからんが、それまでこっちがくたばることはねぇ」

「そうだといい。この仕事で随分無茶をしてもらった」


 彼は最初に、俺が話した事情を聞いた。突拍子もない言葉だった。あの男の弟と分かっても、発言が本当とは限らない。生業にするだけあって厳しい感性。

 金額以上にサービスをしてもらった。彼のお眼鏡にはかなったらしい。


「元気にしてろよ」

 もう、ここに帰ってくることは無いと分かる。

「あぁ、アンタの国ではこう言うんだったな」

「またな」


 片方は流ちょうに、片方は片言の日本語で。

 思い残すことはない。

 予想より早く動き出せば、物部やコトちゃんの目を欺ける。故郷に入ったらすぐに情報も上がる。


「やってみせるさ」


 一人きりになると、風が寂しく吹いているように思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る