第6話:またな

part:14

 最後の安息地。

 騒がしい雰囲気は嫌いではなく、癒される。殺気立った旅路と比べて安心感があった。

 情報統制により、海外からの監視の目が行き届かない場所・・・中国、その喧噪の真っ只中。

 主要な海外のSNSが規制されて、見目麗しいサクラの存在も拡散されにくい。国産SNSを経由して情報を出すことも出来るが、ここまで攪乱した彼のホームグラウンドであれば、より情報は絞られる。

 後ろを歩くサクラは、深い海色のゴシックワンピース姿。大きなトランクケースを引っ提げている。

 周囲は彼女を物好きなコスプレイヤーだと見ていた。

 まさか、機械だとは思うまい。

 街中を歩いたり接客をするロボット達とは姿格好が格段に違う。

 中国は、ロボット先進国で、ガイノイド先進国。

 カオスでチープだった時代の名残と、現代に進んで急速に発展した技術で、異常な発展を続ける。

 兄が日本からこの国に鞍替えしたのは、緩やかでも発展を続けるという見立てだったから。

 企業や研究機関が国策で運営される。俺が働いた祖国の研究機関と比べられないほど、掛けられる資金の量が違う。

 国家の意向に沿う必要があっても、兄の実力と実績で国家側が受け身になった。中国国内におけるAI技術のガラパゴス的進化を提供する。このカードで、党からの干渉を防いだ。

 そうして他国よりアドバンテージを得たこの国でさえ、機械を人と同様に動かす芸当に至っていない。

 いつかは出来る。それより先に衰退に入る。

 この国はまだ幻想の真っ最中。熱にうなされて人々は毎日を過ごす。

 一極集中の言葉通りに都市へ若者が集中し、大半を占めるべき農村は人が居なくなって、食料自活の計画が破綻している。近年は工場で食料を全国民に賄う計画を立てたが、都市と地方、富裕層と労働層の対立が明確になった。


「この辺りは変わらないな」


 高速鉄道を降り地下鉄を乗り換えた目的地は、電子部品を取り扱うデパート。

 乱立する部品小売店、所狭しと並ぶ店舗スペース。目が痛いぐらい壁やエスカレーターに設置された店舗の看板。店舗スペースの合間に垣間見える生活感。

 臭い、喧噪、活気。

 何もかもが溢れている。

 電気街、秋葉原がサブカルチャーの街になる前。街角での胡散臭さや元気さは、テレビで見たそれと近い。

 電気街を何層にも密集して重ねたこのデパートは、やはり胡散臭い香りが上層まで漂っている。

 公安警察も手を入れられない。表立ってできないようなビジネスが成り立つ。

 胡散臭くもなんともない。本当に臭うから。

 中国語で扉番に声をかけられ、前もって打ち合わせた呪文を唱えた。

 故障して停止したエスカレーターの階段を上って、下層と変わらない小売店通りに当たる。

 この電子デパートは上層階に登るほど臭いがたつ。ドンドンと立ち上って集まる。


「久しぶりだな、兄弟」


 しわがれた声に、サクラが立ちふさがった。


「サクラ、下がれ。目的の人間だ」

「・・・失礼致しました」


 「平」と名乗る眼鏡で細身小柄の男は、充満した胡散臭さの結晶。

 ひょろがりな姿格好の通り、彼は乱暴仕事や闇商売に手を使うのではなく、情報をかき集めて弄る。

 ここで会うのはもう数えきれない。最初は、サクラの部品を買いに来てトラブルに巻き込まれたところを、彼の顔で守ってもらった。

 平はこのデパートにある根城から情報の荒波に船を出している。


「公安警察にはつけられていないな」


 彼は俺の目を数秒睨んで、背を向けた。


「目当ての品、それも一番のとっておきを見つけたんだ」


 俺にとっての目当て、ターゲットはあいつ。他は眼中にすら入らない。


「まぁ、マントウでも片手に話し合おう。そこの嬢ちゃんも食うかい」

「アタシは食事を摂れません」


 毒なんか入っているわけもない。平が振り返ると、サクラも首を傾げている。


「口内こそ人と似ていますが、その奥はスピーカーなので」

「・・・こいつはガイノイドなんだ」


 補足した俺の言葉に、平は両足を引っ掛けた。


「こんな美少女がロボット?」

「人間でこんな美少女が居てたまるか」


 お道化て肩をすくめる。


「そうだな。それもそうだ。合成や編集ソフトを介さず、こんな美麗の少女が居たら大騒ぎだ」


 おかげさまで仕事が増えた。平はぼやく。

 彼との関係はビジネスパートナー。情報屋であり、ハッキングも生業とする平には、ここまでも何度も役に立ってもらった。SNSに放流される俺たちの位置情報や騒動の情報を制御し、中国に居る間は情報を統制する。

 棚が乱立した店舗スペースを模した平の活動拠点。バックヤードから蒸したマントウと飲茶を持った少年が現れた。助手を雇っているらしい。羽振りは悪くない。


「まぁ、座れ」


 カウンターで店員と話し合う客の立ち位置で座る。


「時間は?」

「余り残っていない」

「だろうな。相手さんはどっしり構えている」


 平がカウンターのスイッチを押す。それまで硝子テーブルだった表面がたちまちに情報を書き出す画面になった。


「これが物部から、アンタらが言うところの中華マフィアに送られた情報だ。ここ一週間、格段に情報の行き来が増えた」

「他所の国ならともかく、ここでSNSを経由して謀殺なんて出来っこないからな」


 全てに目を通せない量の文面だが、平は自分で書いたコードの人工知能で文章を分析している。

 物部は俺たちが俺たちを殺しきれなかった、使ったカードがことごとく濡れたことを知っても尚、焦っていない。


「物部が日本の国民栄誉賞を受けるのは事実だ」


 今までチャットとSNSの画面が立ち並んだ画面が切り替わって、衛星写真に注釈の入った画像になる。

 狙い目だ。ここを制したものが勝つ。俺にとって、相手の居場所が掴める唯一の場所。


「場所は、あの電波塔」


 電波塔。全世界を席巻している兄の生み出した子供たち全てを司る。

 この山間には流れの激しい川があり、そこからしばらくすれば太平洋が広がる。ここにあったのが、メンタルモデルSの研究所。

 兄と物部を含めた一部の研究者のみが出入りできる場所は、川の豊富な水量を生かしてSを運用するスパコンの冷却が行える立地。

 衛星コンステレーションを経由することで、Sによるアップデートデータも送信できると思われる。

 五年前、計画が停止されてサクラという人工知能が俺の元に現れた。そしてこの塔は落成して公表された。俺が兄の仇を知り帰国したのと時を同じくする。


「・・・これが本題なのだが」


 平は俺の隣に座るサクラに目を向けた。


「物部は、物を破壊できるプロトコルを手に入れたかもしれない」


 俺たちが恐れた事態であり、考えた事象が起きた。

 兄が人生を投げうった人とロボットがともに歩む未来を、破壊する手段。

 サクラは物を破壊できる。Sを管理して、停止することが出来る立場の物部にとって方法を手に入れることは何の驚きもない。

 一つの矛盾も発生する。

 Sは、兄が作ったAIだ。兄が死亡し管理する人間が物部に変わったとしても、根底にある前提を書き換えられるのか。

 兄が、そうなるように仕組んだ可能性もある。

 どこまで行っても、俺は佐々良木真を兄として生まれ持った弟。兄に人生を救われ変える切欠を貰った。ひいき目に見てしまう主観が思考を遮る

 人工知能バカの兄がそんな手段を取るとは思えなかった。

 ガイノイドが、ロボットが、人工知能が、自らが産み落としたモノによって多くの人々が苦しむ現状を最も慮って、心を痛めて思考の海に溺れたのが兄だ。

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