part:13

 ガラスを一枚区切った先は無限に思える荒れ果てた大地が続く。荒野、砂漠、トンネル。空は星空の天井に包まれた暗闇で、どこまでが大地で、どこからが空なのかがはっきりと分かった。

 中央アジアを経由して中国に向かう寝台高速鉄道、B座席に指定された二人部屋区画の対面に座ったサクラが問いかける。


「結局、教えたのですか」


 少し怒った口調。感情の起伏が以前より強くなったかのように錯覚した。


「兄が殺された経緯は、俺の推測だけど話した」

「それだけ、ですか」

「あぁ」


 やけにしつこい。

 俺はお前にだって、本当の事柄を話すには至っていないのに。

 サクラがメンタルモデルSの依り代だったとして、本当に味方になるか分からない。お前が俺に全てを打ち明けず何かを隠している以上、俺も何らかのカードを残す必要がある。


「あの女体で全て話したんじゃないのかと」


 何考えてんだ。突拍子もない人格を積んだAIアシスタントでさえそんなことは言わない。


「あのな、俺とコトちゃんは親友だって言ってるだろ?」


 言うこと聞かん子と化したサクラは面倒くさい。やけに人間味くさくて、怖い。

 元から完成度の高かったから、不気味の谷という言葉は当てはまったが、言動にまで人間味が出てくると扱いに困る。


「男女の間に友人関係が芽生えることなど幻想では」


 いつの時代のラノベの主人公だ、その発言。


「それはそれとして」


 ここまではギャグの軽いジャブだったらしい。


「添い寝を所望いたします」


 唐突な発言にめまいがする。

 カーテン一枚でしか仕切られていないB座席、下段の広い部分で一緒に寝た方が安全。彼女の語る理屈は分かる。

 今までこんな発言あっただろうか。

 既に感情の発生は起きているんじゃないか、ひた隠していたんじゃないかとすら、俺は疑いそうになった。疑いたくもなる。

 一度ため息をついて、思考を整理。

 俺は、芸術品や産業品としてのサクラには美しさを感じているが、性愛的なものは感じていない。ガイノイドを愛する人たちのようなものとは、段階が違う。ベクトル自体は近い。

 確かに顔は可愛い。面食いの性格だったなら、簡単にお手付する。

 身長は百三十五センチ少しあるかないか。手を出すのは犯罪的で、一定の層からすれば背徳感で気持ちよくなれるだろう。

 彼女はセクサロイドの技術を応用したが、あんな部分やこんな部分は再現していない。不要だ。

 人の形を模しただけで、普通のガイノイドよりも機械的な部分の方が多い。

 最初に出会って五年、出会いからここ数週間前まで感情のなかった彼女の成長は娘を可愛がる父親のような父性の発露だろう。年齢的にも子供が居ておかしくはないから、きっとそうだ。

 つまり、そういうことは起きない。

 証明完了。

 冷静になった頭で三周ほど思考の回路を巡らせた後、意思決定。脳内閣議を通り、その意見は確定した。


「任せる」

「畏まりました」


 短い会話。

 短いその言葉にさえ、どこか「熱」を感じる。これは俺の幻覚か。はたまた、本当に彼女が感情を持ち始めているのか。

 俺たちは同じ復讐相手を狙う契約関係であって、夜な夜なメイドさんをバシンバシンと叩いてイジメる悪徳領主のような主従関係ではない。

 変にサクラが俺の事を「主」だの「主人」だの言うせいで周りからは主従関係をいいことに、俺がそういうことをしているんだと誤解されたと思うが、そんなこと全く根拠がない。

 ただ「吊り橋効果」というものもある。死線を掻い潜り、共に逃げ、共に同じ目標を狙う。そう言った感情に陥るのはおかしいことでもない。コトちゃんの言ったように情だって沸くし、惚れるケースだってある。

 それほどまでに身を挺した行動の要因が分からないことが一番怖かった。何故自分がモノを壊せるのか、彼女は話さない。ただ物部の行動を止めるために、復讐する俺に力を貸した。

 無条件に信じるべきではない。復讐を完遂するためにはこちらもリスクを背負う。物部を殺した後、どう身を振るのか。サクラは何も明かさないし、何かを隠している。


「弄るから電源落とすぞ」


 他に客のいない寝台車で、データ取りも、整備もできる。先ほどの思考が頭にとんぼ返りするが、理論武装して破壊した。

 フラグなんて立てていない。

 トランクを開けると、整備道具の隙間から黒地に差しが入ったセーラー。目立つからお蔵入りさせた服だ。

 最終決戦はこちらの方がいいだろう。

 このセーラー服擬きは、攻撃された試しがないため胸元や肘上に解れ一つ存在せず、袖だけを繕った。

 彼女は強い。

 相手の抵抗はせいぜい袖を掴むだけ。銃で武装していても変わらなかった。腕だけで攻撃を弾き格闘で武器に立ち向かって、脅威を排した。


「・・・はぁ」


 対面座席を倒して広げたセミシングルベッドサイズの空間に座って、窓の外を眺める。

 流れる車窓は作業に没頭した深夜、夜更かしを終えた後の朝方に見るテレビ。試験放送染みた番組みたいな風景だ。

 濃紺の生地を開けて人工肌とカバーの隙間を縫って、整備を進める。


「お人形遊びなんて聞かれたっけ」


 サクラは操り人形という枠には収まらない。感情を持ったと錯覚するほど人を模している。


「やっぱり」


 五年経ってようやく感情が湧きだした気がした。


「情は湧いてるか」


 俺も絆されているらしい。

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