第5話:目指せ人民急行

part:11

 欧州を東に向かう鉄路。薄暗くなった夜間急行の車内で、コトちゃんは座席の読書灯を点けてこちらを睨む。彼女自身ある程度目星はついている、答え合わせ。


「単刀直入でいいわ」

「分かった」


 夜九時に放映される警察ドラマで、刑事たちが犯人を追い詰める九時四十五分辺り。犯人は崖っぷちの状況に立たされて、文字通り崖にも立っている。それを止めようと刑事たちが叫ぶシーンだ。


「兄貴は物部に殺された、と思う」

「・・・そう」


 薄っぺらい応答に納得する。こうでもなきゃ、こんなことを意固地になってやろうとするわけがない。


「使ったのが、このCz75」


 座席備え付けのテーブルで整備したCz75のファーストモデル。


「確かこれって、六年前盗難されたんじゃ」


 現地警察は当時、六年前に起きた事件を貧困層による反ガイノイド的テロだと疑った。事実、殺された兄とその家族の死亡時間は、暴漢たちがあの自宅に押し入った時間と一致する。

 裏付けとして、貴金属や拳銃と言った類のものが盗まれた。兄の銃器コレクションの中でも逸品である、このチェコスロヴァキア製拳銃も例外ではなかった。

 事件から一年後、あの家を訪れた俺は兄の書斎に堂々と置かれた拳銃を見つけた。殺害に使った薬莢二発もご丁寧に付けてあった。

 犯人は現場に戻るとはよく言ったものだ。


「それが物部博士と繋がるのは?」

「物部は、六年前に兄と道を違えた」


 サクラが俺と出会った日、時間を全く揃えたみたいに物部は俺を訪ねた。この時は、まさか彼がやったなんて一欠けらも思っていない。

 この拳銃を兄の書斎にあるテーブルに置くことが出来るのは、物部祐しか居ない。

 墓参りで家を訪れ、確かめた。時が止まった、埃が舞い上がるほど積もったあの場所には、足跡が一人分しかなかった。


「そして、メンタルモデルSの開発が凍結された!」


 事実の点と点は繋がった。


「デッドラインだったのかもしれない」


 期限切れ。

 それはメンタルモデルSの終焉のことだったのかもしれないし、佐々良木真と物部祐、二人の天才が絶交をした意味なのかもしれない。

 どうして拳銃を置いたのか。それさえなければ、俺は復讐を考えなかった。

 コトちゃんのメモには、Sに関する情報が体系的に書かれていると思う。国の予算で回したプロジェクトだから、凍結する理由も何らかのリリースがある。

 Sには兄の人生が込められた。その凍結とは、一人の人間が見た夢の終わり。

 誰かがこういった。人は二度死ぬ。

 一度目は肉体の死。二度目は誰もが忘れてしまう、存在としての死。

 物部が考えていることが実行されたとして、兄は全ての人工知能が反乱を起こす原因を残した罪人として歴史に記録される。

 兄を憎んだ人たちも百年が経てば誰も居なくなって、彼は歴史上の人物に成り果て、彼の奇妙で優しい人柄は誰も覚えていない。


「どうして物部博士は」

「動機は言った」


 ガイノイドやロボット達が人類に反抗する。無抵抗のサボタージュでも、人を傷つけなくても、人工知能に過度の信頼を置いて仕事を与えた人類の生活は止まる。人類は万能な技術に頼り切って、上前だけをすすって生きている。

 こんな現状で、シンギュラリティを起こしたS自らが人工知能を生み出せるレベルに達したとしよう。人類に制御ができないペースで、自身の子供を生み出し続けることは、想像の範囲内だ。


「世界をリセットするために、って」


 彼らが何か切欠一つで人類を見限れば、人類はパニックに陥る。感情という主観、主観によって発生する善悪の判断。本当に小さな切欠で平穏は途切れる。

 人類の制御下を離れた彼らに、弱者である多くの先進国民は対抗することができない。街中は無法地帯になり、農業地帯は火にあぶられ、どこに逃げてもその先で人類同士が争う。


「そんな話あまりに非現実で、理解できない」


 こんなシナリオはあり得ないと、結論付けられなかった。だから物部は、完成度の高すぎるメンタルモデルを凍結した。

 不可解な人間の感情というプログラムをディープラーニングして、自身で考える存在。ロボットは人類に管理されるべきという常識と一致しない。


「ねぇ、実」


 コトちゃんは、追加の冷めたコーヒー缶で表情を隠すようにそっぽをむいた。


「貴方は、シンギュラリティが起きてもいいの?」

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