part:8

「もしもし」

 鳴り続けるチャットアプリの着信通知を一括削除して、電話をかける。

「もしもしじゃないよ!」

 開口一番うるさいやつ。

「何が知りたい」

 手短に話題は済ませたい。

「アンタたちの道程。協力するにもしないにしても、知りたい」

「・・・んで、日本に着いたところで逮捕、と」


 暇を持て余した片手が弄るぼさぼさの髪は、シャワーとドライヤーで乱雑にしただけでキシキシと荒んでいる。


「だから違うってば!」

「コトちゃん」

 大きくため息をつくと、空に向かって白い息が漏れ出して立ち上った。

「俺は本気だ」

 ハスキー気味の声が反響して奥に響く。うっすらと雪が散りつもったドイツの外気は冷たく肌を刺す。


「なら、なおさらに止めなくちゃならないの」

「これだけは聞いてくれ」


 いつか彼女は真実にたどり着く。

 兄と共同研究者の関係にあった、物部博士。彼は地位も名誉も手に入れた。彼の共同研究者は、ロボットの兵器化を防ぐプロトコルを埋め込んだ。それは彼も同意した。

 兄が完成させたプログラムを破ってでも行うなど、愚行に過ぎるように思えた。

 実際は違う。


「物部は、物部博士は、世界を変えようとしている」


 彼は、ロボット達を粒子のようにぶつけて、世界を理想に近づける。

 それには、ぶつかることができない技術は邪魔だ。

 シンギュラリティを起こさず、人工知能を人類の忠実な僕として扱うため。佐々良木真の理想に、彼なりの答えを出す心算。


「はぁ?」


 怪訝そうな声が途絶えた。

 衛星電話の通話終了ボタンを押して、モーテル裏の雑木林に投げ捨てる。

 人工知能やロボットが人類の手に及ぶ範囲であるべきだ、という考えは当然。

 このまま技術が発展すれば、人の労働力を置き換えた先進国も、技術を積極的に導入して発展を志す新興国も、間違いなく経済が崩壊する。

 同時にその期間で、人工知能はより促進する。

 人類と彼らは、必ずどちらかが上になる。それは逆転する可能性がある。

 その可能性をモデルSは恐らく弾き出した。

 問題の根幹は、人類の使い方にある。

 兄はあくまで人類のパートナーとして人工知能の技術を磨いた。俺はそれを守らなければいけない。

 揺れる車内。

 冷え込む外気が薄っぺらい車体外板を越えてくる。窓枠にかける肘で支えた頭がガラス越しの空気で冷却された。

 油断して飛び出たくしゃみで、エリーゼは減速する。


「主、もう休みましょう」

「・・・俺だけ寝てるから」


 そのままベルリンに向けて車を走らせろ。声は、濃紺のノースリーブに身を包む影に止められた。


「迅速な休息が必要です。寝袋をお使いください。アタシが傍に控えています」

 控えていますって言ったって。ここは。

「ただの道端じゃねぇかよ・・・」


 なんでドイツにまで来て道端で野宿なのか。俺が今日の宿をキャンセルして先に進むことを選んだったんだ。


「いいですか、主。よく聞いてください」

「ここをキャンプ地と」

「それ以上はいい。大分気分も晴れたさ」

 いつの間にそんな昔のミームを知った。どこで知ったんだ。疑問は道端に消える。

「それはよかったです」


 難しい事を考えて気分が陰鬱になっていた。サクラのジョークで、一気に晴れた気がする。

 明日にはベルリンから鉄路。そのままポーランドに抜け出し、ユーラシアの真ん中を一気に進む寝台特急の旅。

 寝袋に潜り込むと、あっという間に眠気が押し寄せた。考えている以上に自分自身の意識は薄く、瞼が重い。

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