part:7

「こっちのラジオは、もう・・・入らなくなったか」


 助手席のダッシュボードに置いたラジオのサイクルをクルクルと回して、一番入りがよさそうな周波のラジオ局に設定する。放送で流れる言葉は分からないが、なんとなく気持ちを変える意味を込めて。

 バケット式の座席に収まって端末で情報収集を続けていると、サクラが俺の袖を引っ張った。


「ここから三キロ先に検問があるようです。一キロ手前にモーテルがあるので、本日はそちらで宿泊いたしませんか?」

「それがいいな」


 検問のたびに運転席を変わるのは面倒くさい。気づけば日も落ちてきて、かなり寒くなった。


「そろそろ、このエリーゼを特定される頃合いか」


 ナンバーを取り替え情報を制限したって、監視カメラを漁ればドイツに入ったことぐらいはバレる。それでも時間を稼げるように、偽装用の道を選んで煙に巻くナビゲーションをした。

 あっちには人工知能という選別手段がある。

 技術の十八番は、特定と監視。計算できる数の暴力でもって俺たちを見つけ出せる。

 使う情報はSNSに散らばる小さくも膨大なモノから、監視カメラや警察の交通カメラと言った本来は入手ができないモノも含めて、多岐にわたる。まさにビッグデータ。

 膨大なデータは、コンピュータに分析させることで、労力を遥かに少なくすることができる。相手はスパコンさえも私的に使用できる立場。自前のものでさえ、十分なスペックを持っている。

 情報の大海を泳ぎ、人工知能を使う検索で俺たちを探すことは、砂漠の中に落ちている石を探すことよりもはるかに容易。

 隠れて逃げ回ってるわけでもない。むしろ戦闘もして派手に立ち回っている。どうやっても隠しきれないなら、多少のリスクは見限るしかない。

 情報のセキュリティなんて、現代になったって穴がある。数が多い事は管理の穴も母数が増える。

 相手は俺たちに刺客を向けた。金に困った人間に金をちらつかせ、襲撃を依頼する。たったそれだけでいい。自分の手を汚す必要は無かった。


「今日も頼んだ」

 モーテルのチェックインを済まし、サクラに一発の薬莢を渡す。

「畏まりました」


 俺たちの間に長く、意味を持った会話はない。

 俺が命じて、サクラが受け入れるだけ。他に何も無い関係。

 いくら美少女のようでも、その実はロボット。人間を模した俺の相棒であり、用心棒。何がどう転んだって性的対象じゃない。

 時折、彼女が不必要に会話を振ってくることがあるが、それもプログラム上の定期的な呼びかけに過ぎない。


「もう、五年経つのか」

 彼女と出会ってから、五年だ。最初は、データの中にしか生きていなかった。自らのことを世界で最高かつ、唯一の人工知能であると名乗った眉唾モノだった。


「冷たっ・・・」


 シャワーノズルからはパイプに詰まって冷めた水が飛ぶ。

 次第に暖かくなる体に、リラックスと思考が深まった。

 あの人工知能は、セキュリティが万全な筈の端末にいつの間にか寄生し、肉体を求めた。

 理由は一つ。

 世界を見たい。

 最初は拒否した。端末から追い出そうとした。のらりくらりとウイルスの如く、気づけば個人端末のファームウェアを乗っ取ったので、諦めて専用の端末に移したのは今でも忘れない。

 そうして接していた時、自分の脳裏では静かにこんな考えが解凍された。

 全くの同時期に停止されたモデル「S」、兄の遺産は高度な人工知能だった。

 兄は世界を変えた後どんなモノを目指したか。

 昔から彼は人類のパートナーとなり得る存在として人工知能を研究した。

 厄介にも居候のように俺の端末を占拠した、サクラと名乗る人工知能を兄が遺してくれたモノなんじゃないかって考えてしまった。


「あの頃はあっという間だった」


 シャワーヘッドから飛び出す暖かいお湯を浴びて、十時間ほどの車中で凝り固まった体を解す。

 自分の研究範囲と、同業他社とでも言うべき研究者の先行研究を組み合わせた美少女型の義体。

 朧げに復讐を意識して、注ぎ込める技術を溢れるほどに注いで作ったボディーは、まさに黄金比の美しさに仕上がった。

 もはや心酔している。

 機械で出来た柔軟に動く指、カバーを外せば覗く腕と足の動力部。

 性的なガイノイドから流用した人工皮膚技術を応用し、人肌に近い肌と瞳はもはやホンモノを越えた。

 カーボンパーツの量を増やして、改良を施し続けた結果が、金剛石のような硬さの秘密。その腕で攻撃をはじき、人の肩が外れる衝撃さえも受け止める。

 これだけ命を守ってもらって情を移さない方が難しい。

 水が切れると、換気扇の風が肌を撫でた。


「我ながら親バカだよホント・・・」


 ここまで洗練されたガイノイドは他に居ないだろうと自負できる。

 それもそうだ。現代のロボットは、兄のプログラムで実用化した代わりに、戦闘は全く出来ない。量産ロボは大抵、実用的な性能に割り切って製造される。


「ふぅ」


 温水に思わず息をつく。

 ここまでの道のり、幸い捉えられることはなかった。長い時間滞在すれば問題は起きたが、常に移動している間は煙に巻けた。

 ここから反抗するとなると、中々に難しいのが本音。

 こちらにサクラという切り札が居ても、相手はチンピラやマフィアを数で雇ってくる。相手をするのは手数と立場が足りない。

 なにせ相棒は人を撃てないのだから。武器しか落とせない。世界で唯一戦うことができるイレギュラーでもある。

 兄はどうやってガイノイドの前提プロトコルに、人を傷つけないようなプログラムを組んだのだろうという前提がある。


「本当にサクラは兄が作ったのか?」


 この疑問は、どう探りを入れても分からない。人工知能であるサクラのデータは、彼女に認識されずに覗くことが出来ない。俺にとってブラックボックスだ。

 分かることは、彼女が兄の作った人工知能の理から外れた、イレギュラーであること。俺と目標が同じであること。この二点で俺たちは契約を交わしている。


「兄貴が作ったとして、何を考えている・・・?」


 彼の頭の中がどうなっているかは、わからない。彼の発想が史実に残る天才たちをも越えて、彼らの横に並ぶものであったのは間違いない。

 いつになっても、末恐ろしい。

 俺を連れて両親から逃げ出し、アメリカで一躍研究者として有名になってから、母国に予算を要請した。

 生まれ故郷に戻り、国が予算を出し渋るようになると、潤沢に予算を配る国へと放浪した。

 彼が最後にたどり着いたのは中華人民共和国、中国。

 兄は、資金力に物言わせる政府とほとんど対等に立ち回った。見事その功績を自身と共同研究者である物部博士との二人だけに絞り、あの家で細々と暮らした。


「許せねぇ」


 どうして家族は殺されたのか。

 世界のAIに共通して使われるフォーマットを停止する方法は、兄と共同研究者だけが知っている。

 だから物部祐は、兄を殺した。誰も止めることが出来なくなるように、邪魔立て出来る人間を殺した。

 どんな理由があろうと、俺はあいつを許せない。

 首元のネックレスを握りしめる。これで、アイツの目論見を止めてやると強く想った。

 兄が産んだ人類のパートナーを戦いの手段にも、相手にも、しないため。

 俺はこの復讐を成し遂げなければいけない。

 泡立ったシャンプーが排水溝で唸る。


「今、何処」


 防水の端末がバイブを鳴らした。通知のバナー表示に映る名前は、東雲琴音。ロックを解除する。


「探しにくるだろ」


 結局諦めきれなかったのか。逡巡した手を、引ききれなかった。彼女らしい。


「通話できない?」

「逆探知か?」


 対策はしている。旅に出る前からコトちゃんが知る番号は既に解約済みで、今持っているのは衛星携帯と通知だけの端末だ。


「本当のことを教えて」

 あまりに彼女らしくて、シャワーを浴びながら、一人乾いた笑い声をあげた。

「本当に、昔と変わってねぇよ・・・」


 背中を壁につけて体を拭うタオルの肌触りは荒い。

 乱雑な動きで、ワイシャツのボタンを留めセーターに袖を通し、コートを羽織った。

 シャワールームから出ると、着替えたサクラがぼんやりと立っている。

 濃紺のノースリーブワンピースをベルトで腰から締め、桜色のアームカバーと黒のタイツはそのまま。


「出るのですか?」


 相棒の薄着姿を見てこっちまで寒くなる。確かにお前は温度を感じないし、戦う上で服は枷でしかないんだろう。


「少しだけだ」

 衛星電話を掴むと、サクラが追いかけるのを歩幅を広げて突き放した。

「追跡のリスクがあります」


 分かってる。

 だけど、この思考を一人で抱え続けるのは怖い。辛い。話すことが出来るのも、聞くことが出来るのも、コトちゃんしか居ない。サクラには話せない。

 事情を明かしても、それで警備の手は緩めないだろう。


「出る準備だけしてくれ」

「・・・承りました」


 小さく不服そうな声は、何処か俺の事を気遣っているような口調。そうプログラムされているだけ。

 昼間もサクラは俺の体調を気遣った。やっぱりAIアシスタントみたいだ。

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