part:5


 外の猛吹雪は収まるところを知らずにアパートメントの薄壁を叩いている。テレビの天気予報を信じれば五時間後にすっきりと晴れ上がるらしい。

 ソファで隣に座るサクラがアームカバーを外した。


「今日もよろしくお願いします」


 追手から逃れるために何度も盾となった彼女の腕部分、袖は先の方に行くほど幾度も繕った跡がある。我ながら、裁縫はへたっぴだ。

 ちぐはぐな袖を捲り上げて、カーボンがすり合った部分を押せば、カバーが三分割されて中身を見せる。

 昼間の戦闘で反動の強いイサカを五連射し、振り回して敵を吹っ飛ばした。ゴムの銃弾を発射する衝撃は許容範囲内、念を押して各部のチェックを行う。

 トランクケースから取り出した油を適宜差し、腕の端子に接続した端末でデータを最適化する。


「相変わらず、何をやっているのかまるで分からない」


 シャワーを借りて温まった東雲がパソコンを覗き込んで、ため息をついた。

 呆れかえる表情を見て思い出す。

 そうだ。六年前の日常と言えばこんなものだった。

 キャンパスの一角、日の当たるソファに座り込んだ俺が機械の腕を動かしている時も、彼女はこうして俺の端末を覗き込んで中身の言語を見て辟易としていた。


「それで、表から消えて何やってたの」

 間が開く。

「お人形遊び?」

 この五年間、生活はがらりと変わった。

「違う」

「じゃあ、リーサルガイノイドで例の人へ復讐?」


 指の一本一本、先の先まで整備を一通り終え、腕のカバーを嵌めなおす。今度は反対側。


「ノンリーサルだ、サクラは人を殺さない」

「ふーん」

 東雲は瞼を閉じる。

「ま、そうよね」

「真お兄さんは人を、生き物を傷つけないように、人工知能を設計した」


 あくまでサクラは、攻撃してくる、俺に害を為す人間から守っている。

 このガイノイド自体に、何の罪もない。

 命じたのは俺だ。責任があるのも、自分だ。


「けん銃は何のつもり?」

「この国じゃ合法だ」


 兄はこの国で銃を買ったし、机の上に置いてあるCz75だって譲ってもらった。


「ワタシたちの故郷は、普通は所持なんか」


 生まれ故郷ではそうかもしれない。それを誤魔化す方法だって存在するし、プラン自体も考えている。


「出来るさ」

「・・・ワタシに書類偽造しろと?」

「どうだろうな」


 もう片方の腕は衝撃による肩のゆるみが無かったので、すぐにチェックが終わった。

 サクラは桜色のアームカバーに腕を通して、たすき掛けしていた袖を下ろす。

 薄いパステル色の髪が暖かい明かりに照らされてファイバーのようにてかる。


「ワタシは協力しないからね」

「別に誰もやれ、とは言っていないが」

「ふんっ。このヨーロッパで野垂れ死ぬといいわ!」

「そのつもりはない」

 ちゃんと計画は練ってある。

「どのルートで帰ってくるつもりなの?」

「言ったら捜査に使うだろ。インターポールの東雲琴音さんや」

「主、そろそろ出かけましょう」


 サクラがこれ以上の会話は不必要だと訴えた。頷き、俺は立ち上がる。


「おっさんによろしく言っておいてくれ。俺たちは旅路を急がなきゃならねぇ」

 墓参りも済ませて、覚悟を済ませた。

「本気?こっちはサッチョーも動いて、あの人を守っているのよ」


 警察庁まで動いているのか。

 流石に国家レベルの要人。たかが科学者一人に割く労力じゃない。だからこそ、狙うのが難しい。


「本当はこっちを守って欲しい。SNSで情報が洩れるたびに、刺客を送られてきちゃ、たまったもんじゃない」

 ボヤけば、コトちゃんは目尻をキツくして精一杯の怖い顔をする。

「貴方たちさっきカーチェイスで爆発を」

「現行犯逮捕できねぇだろ?」


 俺たちは指名手配されているわけではない。あることを企んでいる国家レベルの要人に狙われており、あちこちで刺客と戦ったことは事実ではある。


「俺だって、わざと殺したかったわけじゃない」


 殺さざるを得なかった。やっていた時は脳内がキマって感情がおかしくなったし、後から考えれば何もそこまでするべきかとすらも思った。

 あんな状況下ではスイッチが入る。タガが外れる。


「いいか、コトちゃん」

「俺はやらなきゃならないんだ」


 対面に座るコトちゃんが、手を伸ばそうとして引っ込めた。


「あの人が何かを企んでいるとでも?」

 言葉は、理由を問うような声音。

「さぁ、な」


 煙に巻くようにしてコートを羽織り、吹雪の収まった外に出る。体を突き刺す寒さと霙が降っていた。

 俺は止めてみせる。

 兄貴にとって代わった、あいつを。

 未だ、世界に大きな影響力を持つ、国家にとって大事な駒。

 そいつが企む反乱を、止めなければいけない。

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