part:4
「レトルトですが、どうぞ」
手渡されたカップから湯気とコンソメのいい匂いが漂う。即席でも、久方ぶりの場所で触れる優しさに変わりはなかった。
「いただく」
ソファに座り込み、意識が半分ほど刈り取られた俺にはちょうどいい睡眠導入。
「いいんですか?あの子を置いて」
オッサンはすごすごとした視線を窓に送る。やはりあいつはロボットらしく見えないのか。
「あいつはガイノイドだから」
「あ、じゃあ、エンジンを掛けているのは」
エリーゼのエンジンを掛けっぱなしにして、サクラは車内の中に留まっている。外の警戒という理由づけもして。
「だからバッテリーがあるか、なんて聞いてきたんですね」
バッテリー上がり一直線だが、替えのバッテリーは新品丸ごと譲ってもらえることになった。
「急速充電する分にはいいだろう?」
バッテリー自体が六年物の味わい深いもの。古くて使い物にならなさそうだった。今回の急速充電で命を果たしてもらおう。
「あいつのメンテナンスをする。机を貸してもらうぞ」
「どうぞ。もし、逃げ出す必要があれば、鍵は閉めずにお出かけになって」
「本当に、恩に着る。すまない」
本来なら巻き込んではいけない人だ。
彼はその善性によって、俺たちの居場所を輩に伝えた後悔に苛まれ、こんな施しをくれた。
本当に優しい人なのだろう。ライトの光越しにオッサンを窺うと、朗らかな顔をしている。
「どうして謝るんですか?」純粋な目で聞き返された。
「・・・そうだな。ここはありがとうと言っておくべきだった」
すっかりお国柄が出るようになった。生まれ故郷の人々の性格は、外国の人からすればかなり変わっている。
思わずついて出た謝罪の言葉がそのいい例だ。
「貴方は、あのサザラギ博士の弟、なんですよね」
ライトの光が一瞬だけ陰った。
「あぁ、そうだ」
サザラギ博士。
佐々良木、真。現代を形作るロボットの根幹たる人工知能に革命を起こした、天才。
「六年前の事件は覚えています」
「あの日もこんな雪の日だった。日付が変わった今日は凄い吹雪でしたね」
そんな日に、異国の警察から電話がかかってきた自分を思い出す。最初は兄とその家族が殺されたというニュースだけを見て、それを現実と受け止めきれずに受話器を落とした。
「どうしてそこまで覚えている?」
「別れた嫁についていった娘の誕生日なんです」
そりゃまぁ、なんとも。
我が家は兄が天才だったせいで、離婚時の親権で揉めた。何の才もなかった俺の存在なんて忘れ去られていたのに、兄が俺を連れて一人で暮らすなんて言い出したものだから、両親は狂ったみたいに怒った。
兄は有言実行した。
俺をアメリカのハイスクールへと連れて行ってくれた。それまで話した事もない英語を猛勉強して、簡単な受け答えにさえ、最初は兄についてもらった。
あっちで同じ故郷の友人が出来てから、自分のやりたいことが見つかって。大学に入って。俺も一人立ちした。そんな矢先の出来事だった。
「何か贈ったのか?」
「えぇ。お客さんを降ろしてからモール施設に慌てて行って、ぬいぐるみを」
あんな出来事の後に買いに行った。前もって会う予定があったということか。
「その団欒の時間に」
「はい。知らない電話番号で、昼間に乗せた客の居場所を教えろ、と」
最初は「客のことは言えない」と突っぱねていた。
しばらくして、家の前に一台のセダンが止まりインターホンが押された。彼はこの時に機転をきかして、家に来ていた自分の娘を隠し、俺たちの居場所を明かしたそうだ。
娘さんは母親の実家に帰ったことを確かめたらしい。
「賢明な判断だ。娘さんが無事でよかった」
これでここでの憂いはなくなった。
スープのお礼を伝えると、紙袋を手渡される。中には大量の乾パンや缶詰、乾燥食品やら。俺たちが逃げ出すと伝えてから、慌てて用意していた。
「本当にありがとう」
「いえいえ。これも一度出会った縁ですから」
縁、か。あいつはどうしているだろうな。
黒髪をポニーテールに纏めたガサツな親友を思い出した。
スマートフォンのチャットアプリに着信があったとバイブが震える。発信先はサクラだった。
「主、御客人です」
簡潔、簡単に纏められた文章を飲み込んだ瞬間と同時に、インターホンが鳴った。
「・・・追手、ではなさそうですね」おっさんの勘は当たっている。
気づけば、チャットアプリに別の着信が表示された。
「俺が出ます」
「お知り合いで?」
「親友、です」
今となっては、追うものと追われるものになった。
ドアノブに手を掛ける。吹雪は強くなっていた。あの日に巻き戻ったみたいだ。
「ちょっと、実っ、いるんでしょっ」
相変わらずやかましい。レディにはレディの礼儀があるなんて考えもしていない。
ドアを緩めた瞬間、扉が一気に開け放たれて、外から引っ張られた。
「寒いの!入れて!」
「お前、まさか」
「そのまさかよ」
雪男かと勘違いするほどに、雪が吹き付けた影。間違いなく先ほど思い浮かべたガサツな親友であり、その無限に湧き出す体力は末恐ろしいものだ。
「とっつぁんの真似事か」
親友が雪を払い落とすなり、俺は懐に仕舞っていた拳銃を向ける。
「窃盗、暴行、殺人計画、例え警察官じゃなくても、止めに来たのよ。ワタシは、プライベートで」
そのスライド部分を掴み、強く押すことで初弾を装填させた黒髪が迫ってくる。
「親友だから、か」
銃を向け続ける。トリガーには指を掛けた。いつでも撃てる自信がある。
「友達じゃなくても止めに来たけどね」
「その心は」
「警察官だから」
IDカードを見せた親友は、本当に夢を叶えていた。
「・・・敵わねぇよお前には」拳銃を降ろす。
いっつもそうだ。
俺が諦めようとすれば引っ張ってくるし、俺が逃げ出そうとすれば追いかけてくるし。俺が夢に向かうと決めたのなら、自分も自分で夢を決めてひた走り続ける。その無限に溢れる体力で。
東雲琴音はそういう人物だ。
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