第2話 メンバー

 俺は父の影響でヘヴィメタルを聞き始め、中学になるとベースギターを始めた。ヘヴィメタルっていうのは顔面を白黒に塗りたくったハゲやらデブやらロン毛やらが奇怪な衣装に身を包み、やかましい音を奏でたり何やら叫んだりする音楽ジャンル……という解釈の人が少なくない。だが、足を踏み入れてみると実際はそうではなく、ごくごく普通の老若男女が演奏をしているし、案外多くのファン、リスナーが居る事が分かった。

 ポップなものやキャッチーなもの、民族音楽風、綺麗な女性が歌っているもの、ビジュアル系、それからやっぱりハゲとデブとロン毛……まぁ、一つ言えるのは、今は多様化が進んだ時代だ。見た目的に死んでいるヤツや社会的にアウトなヤツも確かに居るが、バンドっていうのはそれぞれにカラーがあるから、一概にそうとは言えないって事だ。

 本当はドラムを始めたかったんだけど、ドラムセットを置く場所が無かった。それに、金も無かった。リハーサルスタジオというものがあるらしいが、小遣いも限られるし金は掛けられない。当時まだ中学生の俺にとって、スタジオはちょっと敷居が高かった。

 そこで近所の楽器屋に行き、ベースを買った。ギターでも良かったんだけど、弦が四本しかないしベースの方が簡単じゃね? とか思って始めた。その後、ちょっと後悔した。

 それから数年、少しはマシな演奏が出来るようになり、軽音楽部に入部。かねてからの夢であったバンドを結成したというワケだ。




「タイナカイネン君。練習用に貰った音源とテンポが全然違うのだけど?」


「あ? テンションが上がったら、そりゃあ速くなるだろ」


「あと、毎回違うフィルを叩くのをやめてくれないか! これじゃあ合わせられないよ!」


 普段冷静なムーデスだったが、この時ばかりは少し気が立っているようだった。相手はドラムのタイナカイネン。小さい頃にピアノやフレンチホルンを習い、十二歳になるとドラムを始めた。高校生にしては圧倒的な演奏力を誇るが、粗雑な一面と無駄に早くなるBPM(曲のテンポの事)が欠点だった。

 気炎を上げるムーデスはキーボードを担当している。同じく圧倒的なテクニックを持つのだが、子供は決して手の届かないようなエンドユースの機種を学校に持ち込み、周囲から妬まれていた。


「二人とも、喧嘩しないでぇ」


 頭のネジが飛んでいそうな少年が二人を宥める。彼はユイルド。この軽音楽部ではギターを弾いている。ムードメーカーで、無駄に尖ったフォルムのギターを愛用している。

 三人が話している場所は、学校の部室である。時刻は夕方。平日であればあちらこちらで部活動に励む生徒が見られるのだが、今日は少ない。それもその筈、現在はゴールデンウィーク真っ只中で、自主的に登校している生徒は少ない。休日である上、まだ一学期が始まって間もないこの時期に練習を努める生徒というのは、余程の力の入り具合だろう。


「そういやアキヤマイアンの奴、どこ行ったんだ?」


「なんか買いに行ったみたいだよぉ。あ、帰ってきたようだよぉ」


 部室の扉がゆっくりと力なく開かれた。それと同時に、全身にケガを負ったアキヤマイアンが室内へと倒れこむ。


「ア、アキヤマイアーーン!!」


 ぐったりとしており、呼吸は荒い。ムーデスに抱き寄せられたアキヤマイアンは、細々とした声で喋りだした。


「す、すまない……指をケガした」


「一体何が! どうしたんだい!?」


「分からん。だが俺はもう、ラウドパークに行けない」


「大丈夫、ラウドパークが無理ならWacken Open Airヴァッケンオープンエアに出ればいいさ!」


「いや、同じだろそれは……」


 吐き出すように言葉を紡ぐと、アキヤマイアンは自らの手をタイナカイネンに見せる。指をケガしているようだった。激励するムーデスに、タイナカイネンは密かに突っ込みを入れた。


「俺の代わりに、良いベーシストを見つけてくれ……。ラウドパークの夢、託したぞ……」


「そんな……! メンバー募集サイトのパスワードだけでも教えてくれ! ア、アキヤマイアン君!」


 アキヤマイアンの視界が徐々に狭窄していき、やがて真っ暗になってゆく。起きているのか寝ているのかよく分からない意識の中で、ムーデスの声だけが余韻を残していた。

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