零の徒花 番外編 〜中華東京のクリスマス〜

沼米 さくら

クリスマスの指輪

「ますたーますたー! きょうはね、くりすますなんだよ!」

 朝、眼を覚ますと、茶髪の少女が私を見下ろしていた。その赤茶色の瞳は興奮に輝いている。

「そうだね、レイ。おはよう」

 言いながら起き上がる私。

 今日は12月24日。キリスト教の教祖イエスキリストの生誕日……の前日。すなわちクリスマスイヴなのである。

 もっとも、彼女は別の寮生に教えてもらったばかりなのだろうが。本当のクリスマスは明日なんだよ、なんて教えるだけ無駄だろう。彼女は転入生のくせにおバカなのだ。

「えっとねー、たしか、いいこにしてれば……さんたさんってひとがぷれぜんとくれるっていってた」

「よかったね」

 本当はサンタさんなんていないんだけどね。

 私はベッドに座りながら笑った。

 クリスマスイヴの夜、この学生寮では寮母さんが(年甲斐もなく似合わない)サンタコスを着てプレゼントを配って回るらしいということは先輩から聞かされている。時間に厳しくて、特に門限を破るとおしりペンペンの刑を執行する恐ろしい寮母さんのとても意外な一面だ。

 その証拠に、去年の12月25日の朝、まだ一人だった私の枕元に折り鶴と手紙が置かれていて、その手紙には私を褒める内容のやけに達筆な文章が書かれていた。

 ちなみに、ここ以外の二つの学生寮ではそんなことはただの一回もなかったそうだ。

「さんたさんたのしみだね」

「だねー」


 その夜、ちゃんと許可を取った上で聖夜を楽しんだ。

 今はもう冬休みで学校はない。つまり、デートである。

「ますたーだいすき!」

「私も! 零大好き!」

 町の夜景を見ながら抱きしめあったのはいい思い出になった。

 それから寮に帰ると、ディナーの時間であった。今夜はクリスマス特別メニューということで、チキンが出た。

 さすがはお嬢様学校のディナーと言うべきか。外はパリパリ、中はジューシー。肉の旨味やスパイスが私の口の中を刺激し、つい言葉を漏らした。

「美味しい……」


 それから部屋に戻って就寝。

「さんたさん、くるかなぁ」

 今日一日ずっと楽しみにしてたからね。こう言ってあげるのがいいだろう。

「うん。きっと来るよ」

 ちゃんと寝ればだけどね、と笑って。

「じゃあ、はやくねる。おやすみ!」

「おやすみ」

 目をつぶって、意識を闇に沈めた。


    *


 翌朝。12月25日。イエスキリストの生誕日、当日。

「ますたーますたー! おはよう!」

 目を開けると、茶髪の少女――零が目を輝かせていた。

 その手には折り鶴と手紙、それと……なんだろう、零が持っているもう一つのものは。

「ますたーもぷれぜんと、とどいてる」

「え?」

 枕元を見ると、零と同じ折り鶴、手紙、それと小さな箱が置いてあった。

 なんだろう。

 それを開けてみると、小さな指輪が入っていた。

 ……なにこれ。

 少し、いや、とっても気色悪い。好きな人からならともかく、知らない人から渡された指輪なんて、気持ち悪い。

 でも、悔しいことにとても可愛らしい意匠なのだ。本体の輪の部分はピンクがかった金属で出来ている。さらに、高そうな宝石までついている。

 もしかして、寮母のおばさんが……?

 そのとき、スマホにメールが。

 見てみると、別の寮にいるハッカーの友達からだった。


 "めりくり! 今日ね、朝起きたら枕元に指輪がおいてあったんだけど……なんかキモくね? プラの安物だし"


 え?

 指輪をよくよく見てみると。

「……あっ、積層跡」

 3Dプリンターで作ったと見られる跡が見つかった。

 質感も、精一杯金属に似せているけど、ちょっと違う。確かにプラスチック製だ。

 普通のおもちゃよりかは精巧に作られてるけど……偽物であることには変わりない。

 じゃあ宝石部分も……。

 ……現代では宝石を偽造する手段も結構存在する。子供騙し程度なら安価なプラスチックを削り出せば簡単、らしい。

 私は愕然とした。この私が、こんな子供騙しにまんまと騙されてしまうなんて!

「零」

「なーに? とゆーかゆびわきれいだね」

「その指輪は、偽物よ」

「!!」

 零は驚愕し、それをとり落す。しかし、また拾ってはめているのを見ると、よほど気に入っているらしい。

「こうなったら、なんとしてもこれを置いた犯人に問い詰めてやる! 待ってろサンタクロースの偽物!!」


 こうして捜査が始まった。

 第一に被害者の確認。被害パターンを見れば、何か見えてくるものがあるはずだ。

 その前にまず朝食だ。腹が減っては戦はできぬ。

「おはよー」

「おはようございます、お嬢様」

 食堂に行く途中で、メイドリーダー先輩と遭遇した。

 この学校には何人かメイドがいたりする。そんでもって、同年代で同級生のメイドもいたりする。さすがはお嬢様学校。

 彼女は顔見知りのメイドで、三年生の先輩である。この学校のメイドのリーダー的存在で、しかも成績や素行なども優秀な、つまり誰から見ても完璧な優等生なのである。

 私とは、度々勉強を教えてもらってる程度の仲だ。私を含めて彼女にお世話になっている人は、親しみと敬意をを込めて「メイドリーダー先輩」と呼んでいる。

「そういえばせんぱ」

「さんたさんにゆびわもらったんだよ!」

 零が私の前にニョキッと飛び出してきて、話を遮るように自慢する。

「良かったですね、零お嬢様」

 メイドリーダー先輩はそう言って微笑んだ。

「では、朝食の準備がございますので」

 優雅に歩き去っていく彼女。

 話を聞きそびれてしまった。

 でも、あれ? 食堂は反対側じゃ……。

 今は気にしている場合じゃない。

 早く朝食を食べたい。私はお腹が空いているのだ。


 食堂に行き、朝食。

 ああ、美味しい。

 それはともかくおいといて。

 同級生数人に話を聞いたら、全員指輪をもらっていたらしい。

 一方、後輩や先輩たちにも話を聞いたが、全員もらっていなかったらしい。折り鶴と手紙は全員もらっていたのだが。

 一体どういうことだろう。

 消去法で犯人を推測しよう。

 まず、寮母さんはありえない。もしやるなら、この寮の人全員に平等にやるもの。さらに他の寮の子にも配られてるなら、ますますありえない。

 外部の人の犯行の可能性も否めないが、学園の敷地は無駄に高い塀と筋骨隆々な警備員に守られている。考えづらい。

 だけど、それでも……これ以上犯人が絞りきれない。内部の犯行だとしても、全校生徒とさらに教師たちまでもが容疑者なのだ。

 この学校にはどこにも3Dプリンターなんてないし、あるとしたら犯人の私物なんだろうけど。

 そういえば、メイドリーダー先輩。

 朝食の準備とか言って逆に自分の部屋に向かってたけど……なんか怪しい。

「零、行こう」

「うん。……ゆびわ、だれがつくったんだろ」

 零が自分の左手の薬指につけた指輪を見て呟いた。

「って! その指だけはダメ!」

 おそらく意味も知らずに適当につけたんだろうけど! 反射的に叫んだ私。

「なんで?」

「だって! そこは私との……結婚指輪の……」

 一斉に集まる注目。顔が一気に熱くなった。恥ずかしい。


 食器を片付けて、早速メイドリーダー先輩の部屋へ向かう。

 ドアを三回ノックし――返事はない――部屋に侵入。鍵はかかっていなかった――が。

 機械音がした。ますます怪しい。

「なんだろ、このおと」

 零が首を傾げた、その時。

「だ、誰⁉︎」

 先輩に気づかれた。あくまで普通を装って。

「すみません、勉強教えて欲しくて……お邪魔してます」

「あ、あら、そうですか」

 彼女の戸惑った声音。絶対「何かある」と確信した。

「い、今は取り込んでてできないわ。ごめんなさいね」

「ねー、このおと、なぁに?」

 零が聞く。ナイス。

「さ、さあ。どこかで工事でもしてるんじゃないでしょうか?」

「明らかにこの部屋から聞こえてくるのですが」

 問い詰めると、彼女はやがて観念したかのようにため息をついた。

「ついてきてください」

 玄関近くにあるドアを開けると、そこはユニットバス。しかし、湯船を仕切るカーテンは閉まっていた。

 それを開けると。

「こ、これは……」


 そこに鎮座していたのは、ラグジュアリーな浴室には到底似合わない黒くてゴツゴツとした機械。ガーガーと音を立てながら、いまもなお動き続けているそれは――。

「そう。――最新式の3Dプリンター。賃金を貯めて、先月ようやく購入したばかりなのです」


 それは今もなお、何かを出力していた。少しづつできつつあるその形は――指輪であった。

「まさか、この指輪」

「……私が作りました」

 話を聞いてみると、彼女は昔から技術職に憧れていたらしく、メイドも本当はやりたくなかったらしい。しかし、親に強制され、仕方なく続けてきたということだ。

 しかし、諦めきれなかった彼女は自分で3Dプリンターやパソコンなどの機材を揃え、独学で様々なことを学び、ついに自分の作品を作り上げたという。

 それで嬉しくなり、それを量産。クリスマスプレゼントとして二年生に配布したという訳である。

 彼女は自虐的に笑った。

「馬鹿みたいでしょう。本来の家業を捨てなければならないようなことに憧れを持つだなんて」

「そ、そんなことないと思います」

「お嬢様方にはわからないでしょうね。決められた安定の道を捨てることの意味が」

「……」

 私はこれ以上何も言えなかった。しかし。


「おねーさんがつくってくれたゆびわ、とってもきれい。だいじにする」


 零がそんなことを彼女に言う。

「お嬢様……」

「私も、そう思います」

「…………」

「たとえ、その道に行けなくても、培った技術は消えないし、今までの努力もいつか役に立つ日がくると思うんです。現に、ほら」

 指輪と先輩を交互に見て微笑む零。やがて先輩の方を向き、告げた。


「ゆびわ、つくってくれてありがとう」


 嬉しそうに笑う彼女を見て、先輩は。

「大事にしてくださいね、お嬢様」

 頬に涙をつたわせながらも、微笑んだ。


    *


 後日談。

 メイドリーダー先輩は技術系の高等専門学校への進学を決意。親からの猛反発を食らいながらも、最後にはどうにか行けるようになったらしい。

「よかったねー」

「そうだね」

 あれから一週間。もう年末である。

 こたつに入って二人で寝転んでテレビを見る。寮の小さな洋室にはミスマッチだが、これも悪くはない。

 ちなみに、この小さなテーブルを改造した小型こたつもメイドリーダー先輩のお手製である。こんなものをたったの一日で作れてしまうあたり、やっぱりすごい才能の持ち主なのかもしれない。

「らいねんも、さらいねんも、ずっといっしょにいられたらいいね」

 零が私の方を向いて言う。

「……十年先も、二十年先も、ずっと――なんて言ったら、変かな」

 そんなことを、すごく照れながら言ってみると、零は首をかしげて、それから少し考えてから意味がわかったようで、わずかに目を細めた。

「だいすき、ますたー……ゆりか」

 珍しく私の名前を呼んだ零。

「私もだよ、零っ!」

 つい愛おしくなって抱きしめると、彼女もまた私を抱きしめる。


「あったかいね」

「そうだね。……好き」

「わたしも。ますたーだいすき」

 除夜の鐘が鳴り響く中、私たちはずっとお互いを温めあっていたのであった。


 メリークリスマス。


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