年があけたら、もう一度あの子に会いたくて


 なんやかんやで、帰ったら2時半くらいになっていたので、早々に寝ました。


 だって、元旦は大晦日にサイクリングを強行してまでやりたかったことがあったのです。

 それは――カヤッキング。


 僕はまたしてもエバーグレーズ国立公園へと足を向けるつもりでいました。


 


 先日お話しした通り、ほぼ全てが湿地のため、トレイル出来る場所も限られている……。ならば水の上をいけばいいじゃない!!

 

 という発想のもと、エバーグレーズでは様々なアクティビティが用意されています。カヌー、カヤック、ボート(釣り船、ハウスボート、遊覧ボート、エアボート)などなど。


 その中でも、予約が要らなそうで自分の時間で調整できるカヤックをすることに決めていました。ちなみに、カヤックはやったことなくても簡単にできますよ。疲れますが……。興味があれば挑戦してみて下さい。レンタル料は4時間で35ドルほどでした。


 眠い身体を起こして7時前に家を出ると、9時には昨日ちらっと足を向けた公園の南端にあるフラミンゴビジターセンターへとたどり着けました。


 そして、僕は人生で二度目のカヤックに乗って、カナルゾーンと言われる細い水路をえっちらおっちら漕いでいきます。


 両脇にはマングローブの林が生い茂り、赤茶色に濁った水路の上を滑っていきます。鳥たちが列をなして水面すれすれに飛んできたと思ったら、マングローブの根の上では別の鳥が羽を太陽に向けて広げています。


 オールを漕ぐ度に水滴が足にかかってくるのですが、それが何とも言えず気持ちが良い。


 元旦は雲一つない快晴でした。


 見上げれば、黒や白の点が緑に挟まれた青いキャンバスの中を飛び回っています。風はじんわりとかいた汗を心地よく拭っていきます。


 半袖に水着といういで立ちでも、全く問題のない暖かい元旦になりました。



 

 慣れない水の上の感覚を体験しながらも、水をかいて奥へと進んでいきます。


 一時間ほど漕いだ所でしょうか。

 行き交うボートのモーター音も、先や後を行くカヌーやカヤックも見えない、凪いだスポットがありました。


 最大でも3時間ほどで帰ろうと思っていたので、僕はそこを折り返し地点にして、漕ぐのを止めてぷかぷかとその場に浮きます。


 目を閉じて、聞こえてくる音に耳をすましました。


 老婆が叫んだような鳥の声。

 優しくさえずる小さな命の声。

 何かをリズミカルに叩く音。

 波紋を作って水に飛び込む音。

 林の奥から聞こえる、豚の断末魔のような声。


 とても活気のある林の声たち。


 目を開けると、林の隙間から射す光が、ゆらゆらと水面で揺れています。びっしりと張られたマングローブの根。垂れ下がる枝。それらの木々の間に張られた大きな幾何学模様の巣は雨粒を溜めていないにもかかわらず、その姿を浮かび上がらせています。


 僕らが入り込む隙間はないように感じました。


 こういう場所にいて、自分の存在を出来るだけ薄めていると、全く目には見えなくとも自然の中でどれだけたくさんの生き物がいて、それが生活しているのだ、ということが感じることが出来ます。それも、人間とは全く関係のない場所で。


 自分だけが異物になったような、違和感、疎外感を感じることが出来るのですよね。


 僕はそんな感覚が好きです。


 たまに「ぷーん」という羽音が聞こえて、「でたな! モスキート!」と現実に引き戻されるのですが。あいつらくらいですよ。僕たちを自然に引きずり込むのは。


 しばらく、そうして休憩がてらのんびり浮かんでいると、ふと泡がマングローブの付近から上がりました。


 お、と思う間もなく、丸っこい灰色がかった頭がぷかりと浮いてきました。


 

 人魚やー!!


 

 と、内心めちゃくちゃ叫び声を上げましたが、刺激しないようにそのまま眺めます。

 マングローブの根についた苔を食べているのでしょうか。ねっこをもしゃもしゃとついばんでいました。結構近くにいたのですが、こちらには意を介さずもぐもぐする姿は可愛らしく、僕の心と体を更に癒してくれたのです。


 元旦から、また会えるなんて幸先が良いな。20年は良い年になりそうだ。

 僕はそう思って、引き返しました。



 

 でも、彼らにとってはそんなことはどうでもいいのでしょう。

 ただ、その時間を生きている。


 

 僕は車を走らせながら、ふと、そんなことを思ったのです。



 

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