同じ国立公園に、違う場所から二度入るという大晦日 (後半)
そわそわと急ぐ気持ちを抑えて安全運転で北の入り口へと向かいます。
こちらは園内のガイドマップによると、細長く楕円状に伸びた形の周回出来るトレイルがあり、その長さは一周24km。定期的なシャトルも運行されており、人々はそれに乗って道端で寝そべっているアリゲーターや、サギのような大きな鳥をまじかに見ることができるのです。
そして何より、このトレイルではサイクリングが楽しめるのです。僕はどうしてもこのサイクリングをやりたかった。自転車に乗って神戸から北海道の宗谷岬までキャンプしながら行ったことのある僕にとって、自転車はこのくらいの距離ならば至高の乗り物なのです。
しかし、もう借りる時間が終わっていたら。明日の午前に回せばいいが……。明日は別の予定を組んでいたし、それもやってみたい……。という一抹の不安の中、漸く僕は日が傾き始めた国立公園へと再入場を果たすのです。
ちなみにですが、この時は確か入場料は25ドルか30ドル。僕は年間パスを持っていたのでスルー。アメリカには、国内の国立公園すべてに共通する年間パスが80ドルで売っています。去年のが切れていたのでホワイトサンズの時に買っておきました。
3つ位回れば元が取れてしまう優れもの。デザインもお洒落です。去年は可愛いアマガエル。今年はフィヨルドの上に輝く綺麗な星でした。アメリカの国立公園は有名な場所を合わせても片手じゃ足りないので、アメリカで国立公園を回るなら買っておいた方が良いです。
さて、やっとのことで入り口に着いた時は、時刻は既に3時過ぎ。
にも拘わらずParking LotはFullであり、しょうがなく外の路肩に車を停めます。思わぬ時間のロス。心も足もはやります。
幸いエントランスとビジターセンターはそれほど遠くない場所にありました。本日二回目の年間パスを見せて、エントランスを華麗にスルー。
レンタルの場所へ向かいます。
まだ開いていた!!
僕は頬を綻ばせて、受付に挨拶します。
「こんにちは。自転車を借りたいのですが」
「いいけれど、5時までに返すことになっているからね。それを過ぎると違反代をとるよ。それでも良い?」
時計は3時半を示しています。
「もちろん!」
僕は迷いなく二つ返事で返しました。24kmなら1時間で走れるだろうと目算をつけていたからです。
免許証を預けて、返却した時に清算を行うということです。なるほど、燃えるな。
「じゃあ、そっちの左側にあるやつなら何でも選んで良いよ」
と言われて、颯爽と自転車置き場に行きました。
種類はほぼ1種類しかなかったのですが、丁度良いサドルの高さのものを選んで、踏み出します。
その時の感想がこれ。
「お、重っ!!」
その瞬間、目算に雲がかかったのは見ないことにしました。
そりゃそうだ。オフロードでも走れる極太のタイヤを履いたピストバイクですもの。ピストバイクとは、固定ギヤで一つのチェーンがそのまま一つのギヤに掛かっているバイク。ラチェットが無いのでペダルを止めたまま、空転することはありません。漕げば前に進み、逆に漕げばブレーキ(後ろ向きに進む)というバイクです。
曲がりなりにも(一番安価レベルの)ロードバイクに乗っていた感覚からすると、力が速さに変換されていない感がすごい。でも、やるしかない。
細長いトレイルの折り返し地点にある展望台までは片道約11km、そんなに遠くはない。路面は車が一台通れるよりも少し広く、コンクリートで舗装されていて、時間が時間なのか人も少ないので走るのには問題ない。行ける。
そう思って、完走することを決めて漕ぎだしたのですが、1分後には不安は完全に霧散していました。
「気持ちいいー!!」
思わず笑みがこぼれます。
一人で自転車に乗って、すれ違うライダーに向かって微笑し、ワニを見て頬が上がり、汗を蒸発させる風を受けてにやにやする変態、ここに誕生。
もう、最高でした。
自転車は一説によると、人間が作り出した全ての乗り物の中で、エネルギーの変換効率が最も良い乗り物だそうです。
――自転車、素晴らしいな。
そう感じながら、僕は風を切って、夕陽に染まる湿原を真っすぐ走る遊歩道を駆け抜けていきました。
右手の路肩には、アリゲーターがのそりと休憩しており、サギなどの鳥たちも人を恐れず思い思いに過ごしています。道に沿って水路が作られており、背の低い木もそれに並んで生物たちに惠みを与えているのでしょう。木々の間からは広大な湿地が覗きます。
左手は視界を遮るものは何もなく、ただひたすら夕陽に染められた湿原が果てしなく広がっています。
ごうごうという風の音。ぎゅっぎゅっとなるペダルの音。時々聞こえる鳥の声。透き通るような青い空。
左側へ伸びた僕の影は、一定のリズムでペタルを漕ぐ姿が水と草の上を疾走しています。
「本当に、今日ここに来てよかった」
心からそう思って、ペダルを踏み続けます。
人の声も聞こえないような大自然の中で、僕は風になりました。
無事、30分で展望台に着き、壮大な360度パノラマを思う存分楽しんだ時点で4時過ぎ。
「こりゃ、余裕だな」
僕は大いに安心して、サドルに再び腰掛けました。
行きはよいよい帰りは怖い。
僕はその言葉を漕ぎだしてからすぐに思い出します。
――風が。風が強い。
自転車乗りであれば、猛烈に恨んだことがある相手。それは、風です。
風は非常にやっかい。
追い風の時って、殆ど分からないんですよね。それこそ「自転車気持ちいいー!!」とか、調子乗っている時は大抵追い風です。そして、気付くのが帰り道なんだよ。
向かい風の力って凄いんです。
全然、体が進まないの。
ずしっと前から見えない手で押し返されているような感覚を覚えます。だからこそ、風の影響を抑えるためにロードバイクはドロップハンドル(牛の角のような形のハンドル)にして、体勢を低く保てるようにしているんですけどね。
更に悪いことに、帰り道はまっすぐな道じゃないので、1kmほど行きより長い。
……。
…………やるしかないんだ。
結果?
もちろん、間に合いましたよ。
最後の15分くらいは、北海道を自転車で走っている時を思い出しました。あぁ、自転車ってこんな感じだったなぁ、って。
4時50分にビジターセンターに戻ってきた僕はある種の達成感と程よい疲労を持って、夕焼けに染まるエバーグレーズ国立公園を後にするのでした。
ただ、最高に気持ちよかった。それは間違いありません。
さて、やっと書き上がったので、そろそろビーチに向かおうと思います。食べるところを探さないといけませんね。
レストランがまだやっていることを祈っています。アメリカ時間では大晦日の記事これで終わりです。今年は色々ありましたが、何とか無事に新年を迎えることが出来そうです。
読んで下さった皆様、色々とありがとうございました。
あと数日このエッセイは続きますが、来年もまたよろしくお願いします。
それでは、Happy New Year!!
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