第2話 過去

鹿田英麟の家庭は母子家庭だ。

彼女が2歳の頃、両親は離婚した。

彼女の兄は9歳だった。

名前は恭丙。

恭丙は父方に引き取られた。

英麟と恭丙はあまり似ていない。

異父兄妹なのだ。

けれども恭丙は英麟の父親に育てられたため、

どこか性格の面で似ているところがあるのかもしれない。

しかし彼は14の頃に戻ってきた。

英麟は7歳、小学生の頃ゆえあまり覚えてはいないが、

祖父母の家で母親と兄、祖父母が話し合っていたことは覚えている。

そのときは急に出来た「お兄ちゃん」に慣れず、恐怖すら感じていた。


英麟は母親を尊敬していた、少なくとも中学生までは。

英麟は幼稚園のころから文学に親しみ、多くの本を読んでいた。

小学1年生のころから塾へ通い、多くの習い事をした。

そのことで周りの友だちに引け目や羨みを感じることはなかった。

府内の最難関と言われる学校に中学受験をして合格し、半年も経たずに転校した。

理由はわからない。

クラスメイトに嫌われたからかもしれないし、

コーラス部の先輩が怖かったからかもしれない。

どれにせよ英麟の中学1年、2年記憶が曖昧なため真実はわからない。

ただ、転校の手続きを済ませて車に乗り込む母親は確かに泣いていた。

英麟は地元の中学に通うようになった。

家から徒歩5分の中学校は面倒くさがりの彼女には最適だった。

高校受験のため塾へ通うようになった。

彼女はそこで学び、恋をして友情を育んでいた。

それでもやがて行かなくなった。

家から出なくなり、本を読まなくなり、部屋からも出なくなった。

理由はわからない。

初恋の人との思いのすれ違いかもしれないし、

学校での居場所がわからなくなったからかもしれない。

英麟は覚えていないからわからない。

ただ、毎朝自分のベッドの横に立つ母親の顔が

日を経るごとに哀しく歪んでいったことは覚えている。

それでも自分は行動を変えなかったことも。


中学2年生の12月、英麟は一時保護所に入った。

母親の精神が病みに病み、英麟との共依存に陥ってしまっていたのだ。

下手すると自分は娘を殺してしまう、そう母親は判断した。

家に帰ってくることが極端に少なかったためにネグレクトと判断されたのか、

申し込みは受理されて英麟は一時保護所に入った。

彼女は3ヶ月の間、そこで過ごし、施設に入ることとなった。


これは鹿田英麟が恵露園けいろえんに入所してから現在まで、

そしてそれからを書いた物語だ。

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