第8話 DNF、DNF、DNF、……
それにしても、不思議だ。
どうして入試の試験問題は毎回同じモノが出ないのだろうか。
俺とは関係のない世界で決まっていることは、毎回同じ結果になると思っていたのだけど。
せいぜい1教科に数問、似た問題が出る程度だ。
よく分からないが、何度もこの世界を繰り返してもイージーモードということにはならないらしい。
試験前、三代木に待ってろと釘を刺されていた俺は、受験者用の待合室で本を読んでいた。
軽やかな足音が近づいてきたので顔を上げる。
口の端に笑みを浮かべた三代木が俺を見下ろしていた。
ああ、最高の出来だったんだな。
「……アンタはどうだった?」
「普通」
「なら、アタシの方が上かもね」
「お? 自信あり?」
「もちろん! 改心の出来よ!」
ニコニコ笑顔のVサインに、思わず俺もにやけてしまう。
筆記も面接も終わり、外はすっかり暗くなっていた。
面接は中学ごとに行われ、ここから近い俺達の中学は一番最後の時間が割り当てられていた。
三代木の後には数人ほどいるが、待つ必要は無い。
さて、帰るか。
二人で待合室を出た。
ええっと、玄関は……。
「こっち」
えっ?
振り向くと、俺の手を引っぱっていった。
「……今、ドキッとしたでしょ?」
「分かってるなら手を離してくれ」
「あーら、そんな遠慮しなくてもいいじゃない」
「そうじゃなくって」
誰かが見てたら恥ずかしい。
言おうとしたが、やめた。
三代木の耳が真っ赤に染まっている。
つまり、そういうことなのだ。
「……そうじゃなくって?」
「隙アリ」
全身を捻って、手を振りほどく。
暇つぶしに見ていた合気道の要領だ。
「あ」
「よし!」
「……え? アンタ今軟体動物みたいな気持ち悪い動きしなかった? ねえそれどうやってやるの? ねえ教えて教え」
「後で! いつか教えるから!」
「約束よ! やーくーそーくー!」
幼児化した同級生と外に出る。
誰も見ていないはずなのに、なんとなく周囲の視線が刺さってくるような気がした。
「……アンタ、送ってくれるの?」
習慣みたいなモノだ。
次はやらないようにしないとな。
次? 俺は今何を考え
「ねぇ、アンタ、もしかして今、変なこと考えてるでしょ?」
「はい?」
「なんか、めっちゃ複雑そうな顔してた」
「……別にぃ? 腹減ったなーって思っただけ」
「あー、アタシもー!」
「さみーし、早く帰りてー」
「……そうね」
普通に歩くと三代木を置いていってしまうから、気持ちゆっくりめに歩く。
倉見は、逆だったな。
アイツの方が早いけど、俺にまとわりついてくる。
比べるものではない。なんか失礼な気がしてきた。でも、思ってしまったものはしょうがない。
ゆったりと歩いていた。お互いに無言のまま。
「……送ってくれてありがと」
三代木の大きな家に着いた。
門についているインターホンを鳴らせばお手伝いさんが出てきそうな雰囲気だ。
「いやいや、慣れてるし?」
「それもそうかぁ。じゃ、また明日ねー?」
「おう、また明日」
なんか、妙に疲れた。
帰ったらハリウッド映画見て寝るか。あの車から車に乗り移るやつ。
「――」
何かを言われたような気がした。
しかし、振り向いても三代木の姿はなかった。門は固く閉ざされている。
「……寒いなぁ」
独り言だった。
直後、視界にちらちらと過る白。
「……嘘だろ?」
空を見上げる。
黒の中から、白が糸のように降ってくる。
それは、一年振りに降る雪だった。
理由は分からない。とにかく、今年は暖冬なのだ。
朝起きれば、黒いアスファルトが朝日に照らされている。
「……俺、なんかしたか?」
三代木と仲が良くなれば暖冬になる。
いやマジ何ゆえ?
バタフライエフェクトにも程があるだろ。
もうちょっと分かりやすい因果が欲しい。
ただまあ、これは確定だろう。
倉見を助けたらきっと、暑苦しい夏になる。
自己採点が終わると、暇になった。
それにしてもこの教室、暑い。
「せんせー、ちょっとトイレ行ってきます」
やけに暖房の効いた教室から出たかった。
ほてった顔を冷やす。
暇潰しに、校舎を歩くことにした。
なかなか今の時間帯に出来ることじゃない。
なんとなく、得した気分だ。
つい、跳び跳ねたくなる
「「あ」」
スキップの一歩目をガッツリ見られる。
三代木はそっと目を反らした。
「アンタ、なんでここに居るのよ」
「お前こそ」
ここは教室の反対側。
お互いに、居るべきではない場所だ。
やばい。めっちゃ気まずい。
……誰かに見られる前に戻るか。
「あ、待ちなさいよ! へ、返……」
「ヘン? 何が?」
「やっぱ、なんでもない」
どん、と俺を突き飛ばして三代木は教室に戻っていく。相変わらず読めない奴だ。
卒業式が終わった。
あと数時間もない。
やけに長く感じたが、この世界ともおさらばだ。
誰も居なくなるまで教室で待っていた。
気がつけば寝ていた。
そして、起きると……。
「アンタ、なにしてんの?」
「三代木……」
クラスメイトと一緒に出ていったと思ったのだけど。
「アンタが来ないなら行かないわよ」
「……アイツらとは、最後になるかもしれないのに?」
「アンタと最後になる方が後悔するのよ」
妙に引っ掛かる。
受験に関してはお互いヨユー。
三代木は人付き合いがよいタイプだ。
俺と違って、仲のいい友人なら幾らでもいる。
「アンタ、ぶっちゃけどーでもいいんでしょ? 学校も、受験も、あたしのことも」
「……違う」
「嘘つき」
沈黙が、糾弾に対する回答になる。
舌打ちが教室に響いた。
「……三代木。俺、やっぱりお前と付き合えねぇわ」
「そう……ねぇ、倉見は、死んだのよ?」
「知ってるよ」
「もう半年も前のことじゃない」
「そうだな」
「そんなに好きなの?」
「違うよ……」
恨んでいる。
はらわたがグチャグチャになるくらい、怒ってもいる。
でも、死にかけのあいつを殴り飛ばすのは無理だ。
元気なあいつをぶん殴ってこそ、この感情は晴れる。
三代木には分からない。説明する気もない。
ただ、告白の返事だけはしておきたかった。
それが、余計傷つけることになったとしても。
お前のことは好きだよ。
だから、付き合えない。
「帰る」
三代木が離れていく。
ピシャッと扉が閉まった。
その背中を追う気力は俺には無い。
……俺、最低だな。
担任に会いたくないので、少し早めに帰ることにした。
校門から出た瞬間、えっ?
車に弾き飛ばされたらしい。
体が宙を舞って、落ちた。
そしてまた、夏が来た。
気分が悪い。最悪と言ってもいい。
俺が何をした。
何も出来なかった。クソが。
体が重い。心はもっと重い。
それでも、今は前に進むしかない。
結局、チャリですら間に合わないのだ。
なら、もう使える移動手段はひとつしかない。
世界で一番馬鹿らしい、最速の移動手段は、俺の後ろから突っ込んでくるのだ。
……そろそろだろう。軽く走っていた俺は振り返る。
後ろから猛スピードで走ってくる自動車がそこにはある。
……よし、今だ!
1、2、の3で飛びつこうとした。
脂汗で、サイドミラーに伸ばした手が滑った。
失敗だ。宙にういた体が、どさっとアスファルトの上に落ちる。
「クソッ!」
結果はもう分かっている。
これが最後の希望だった。今回は失敗した。だから、間に合わない。
俺は再び走る。
もしかしたら、幸運俺に訪れて間に合うかもしれないから?
違う。
そこにある倉見に誓うためだ。
俺は、何度だってやり直す。
許される限り、何度でもやり直してやる。
そうしなきゃ、誰も救われない。
だからこそ、助けたときは、何発だって殴り飛ばしてやると。
結局、俺はこのやり方で、失敗し続けた。
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