第7話 小休止2
「……アンタ、ホントに倉見のことが好きなのね」
「はぁ?」
おれほど嫌いな奴は居ないはずだ。
なんと言っても、死ぬほど殴りたいと思っているんだから。
「顔に書いてあるわよ。勝手に死にやがって、ってね」
三代木はピッと指を立てる。
思わず一歩下がる。手に持つ桶の中の水が揺れた。
図星だった。
「アンタ、ほんっと分かりやすいのよ……見ててムカツクぐらいに」
くるりときびすを返して、三代木は去って行く。
「あ、そうだ。言わなきゃ分からないだろうから言っておく。あたしね、アンタのこと好きだから。今みたいな、妙に律儀なとこ含めてね」
「はぁ?!」
「返事、今は要らない」
……嘘だろ。
どうして俺の回りのヤツは、爆弾を投げて去っていくのか。
しばらくの間、俺は動けなかった。
次の日、妙にクラスの居心地が悪かった。
全部、隣の席の三代木が悪い。
視界に入るたびに、妙に意識してしまう。
特に何も変わってないかのように振る舞っているこいつが恨めしい。
こちらはチラリと視界に入るたびに変な気分になるというのに、こいつは何事も無かったかのように過ごしやがって。
『全部お前のせいだ』と睨むも、三代木は『全部、言われるまで分からなかったアンタが悪いのよ』と言いたげな半笑い。
そんな理屈があるか。
反論をぐっと飲み込む。今は授業中だからだ。
放課後、この席から今すぐ離れたかった。
外へと飛び出すと、胸いっぱいに秋を吸い込む。
1日ぶりに自由に息ができるような気がする。
このままではいけないというのは分かる。
逃げていたら悪化する。
でも、嘘をつけばすぐバレる。
三代木はそういうヤツだ。
あいつに嫌われるのはかまわない。
でも、馬鹿にされるのは我慢できない。
「俺はどう思っているのか」というのが大事なのだろう。
でも、その答えがよく分からないのだ。
「おーい、コモモー!」
コモモ。それは俺の渾名である。
胡桃だから、コモモ。背も低いしそれっぼいじゃん、というのが三代木の弁。
黙れ。これから伸びるんだよ。
「なんか用?」
「この問題の解き方、教えてくんない?」
あ、国語か。
「……美代木ー。国語の解き方分かるー?」
「文章題? そんなの消去法じゃない。どれどれ……あ、これとこれは本文に書いてない。この選択肢はここ言い過ぎ。だから正解はこれ」
「サンキュー美代木ー。あと七海もー!」
俺には別に言わなくてもいいのに。
「あたしを呼ばなくても、解けてたでしょ?」
「自信ない教科もあるんだよ」
「嘘」
国語は苦手科目だ。
嘘はついてない。
問題自体は解けていた。
本当のことも言ってない。
「これから、国語は自分以外に聞いて欲しかった。だからあたしを呼んだ。違う?」
図星だった。
黙るしかない。
「 ……ズルいヤツ」
「いいじゃん、別に」
ほとんどのクラスメイトは名前を覚えている程度だ。興味をあまり持ってこなかった。聞かれたことを答えるだけなら、大した手間でもない。なんでも持ってこられるのは嫌だけど。
何も俺だけがそう思ってる訳じゃない。ループをしてれば誰だってそうなるはずだ。肯定できる奴はいないだろうけど。
「……ねえ、この問題分かる?」
「たぶん円周角の定理使えば一発。三角形の辺の長さはフェイク」
「あ、そっか……あんたってホント頭いいわよねー。どこで勉強してんのよ」
昔何度もやったとは言えない。
「夜中とか?」
「嘘。アンタは夜更かしすると次の日ダメになる。サッカーのワールドカップの翌日死んでた」
ばっちりばれてやがるぜ糞が。
「あ、この国語の問題分かる?」
「あ、これ? ……ええっと、本文は……」
「へぇ。あたしが聞けば真面目に解いてくれるんだ」
「……さてはお前、分かってて聞いたな?」
本文を読んで気がつく。
根拠になる箇所には既に傍線が引かれていた。
「さて、どうでしょーねぇ」
舌打ちをすると、三代木は楽しそうに笑った。
最近、あの日のイメージトレーニングをする時間が増えた。
車に飛び移るなんて、そうそう練習できるものではない。
だから、何か参考になる動画を探そうとした。
スタントマンの動画があった。
見てみると、あーそっかあ。
参考にはならなかった。
ちょっとレベルが高すぎる。
ビルの5階から飛び降りて無傷でいる空挺団の動画みたいなものだ。
まあ、これからやろうとしていることはそういうことなんですけどね!
あーマジかよー絶望ー。
骨折したときの傷が疼く。
ようやく歩けるようになったけど、飛んだり走ったりはドクターストップ。
ましてや車に飛び移る練習なんて、この体じゃ自殺行為もいいところだ。
そのままポックリ逝きかねない。
出来ることは、状況の整理だけだ。
大前提。車に飛び移るためには、体を浮かせなければならない。
車高より高く飛ぶ。俺は跳躍系の競技の経験がない。経験値が不足している。この練習は必須だろう。
次に、体を固定する必要がある。サイドミラーなり、後部ドアの取っ手なり、がっちり捕まれる部分に手を伸ばす。
……明日やれって言われたら無理だな?
せめて、減速してくれるタイミングがあれば……車は曲がるときに減速するはずだ。
どこかの曲がり角で待つ。
これしかない。
でも、その曲がり角はどこにある。
逆方向だ。前に進んだって結局抜かれるんだ。なら、多少戻っても問題ない。
あの暴走車がどこから来るのか確認して、あわよくば次のトライで決める。
でも、どうせ上手くいかないんだろうな。
今までだって、そうだったんだから。
そして、冬が来た。
「……アンタ、また学年1位じゃん」
「お前は2位だったな」
入試3週間前のことだった。
夜の八時前。残っているのは俺と三代木だけ。
参考書の問題を解く三代木と、形ばかり教科書を広げて本を読む俺。
「……なんでアンタ、どうせ勉強しないのに残ってんの?」
「暇つぶし」
「勉強しなさいよ……なんて言っても、か」
吐息に苦笑いが混じっていた。
「あー、今回ぐらいはアンタに勝ちたかったわねー」
「いーじゃん、別にどうでも」
俺達の第一志望は進学校では無い。
県内の大学への進学が半分、もう半分が高卒で働く程度の、いわゆる自称進学校というやつだ。
「お前の成績なら、もっと上を目指せるのに」
担任にはそう言われたが、興味が無いの一点張りで押し通した。
三代木は「家から近いから」選んだらしい。
拘りのない学年ツートップである。
「アンタのそういうとこ嫌い。勝者の余裕ってヤツよね」
「そういうつもりじゃねーよ」
むしろ俺は敗者だ。
「恋愛でも勝者っていうの、ホントムカつくわー」
惚れた方が負け?
考えるのを辞める。
「卒業したら、答え。出して貰うからね?」
「……いいのか、それで?」
「別に、今死ぬ間際ってワケでもないし。そんな焦る必要もないでしょ……それに、今の関係も正直、そんな嫌いじゃない」
カリカリという鉛筆のこする音と、ページを捲る音だけが響く教室。
そのとき、チャイムが鳴った。
生徒は全員帰る時間だ。
「……遅いし、送るよ」
「それはどうも」
別に大した距離じゃない。
卒業後の約束。そのときに俺は多分居ない。
不義理を働くのは確定なのだ。
だからこそ、今は優しくしたいと、身勝手ながら思っていた。
入試当日。時間には余裕がある。
どうせ、意味は無い。だからあまり気乗りはしない。
とは言ってもわざわざサボって波風を立てたいワケでもない。
サクッと受けてとっとと帰ろう、というワケである。
さて家を出るか、と思った瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴る。
倉見、と一瞬でも思った自分が恨めしい。
そんなわけはない。
じゃあ、誰なのか。
「……アンタ、やる気ない顔してるわね」
「三代木かよ」
「悪かったね倉見じゃなくて」
「そう意味じゃねぇよ。でも、なんで?」
「なんとなく。あと、今日がアンタに勝てる最後のチャンスだなって」
入試の点数のことだろうか。
「……負けないわよ?」
「ハイハイ」
どうやら、逃げられないようだ。
「続けばいいのにな」
「は?」
「なんでもない。行こう」
思わず、口に出してしまった。
こんな日々が続けばいいのにという願望。
ソレを胸にしまって、歩き出す。
変わらないものなんてない。
変わっていくし、変えられる。
その例示を、俺は三代木を通して見ている。
なんとなく、救われたような気持ちになる。
でも、それはきっと、恋じゃない。
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