第6話 小休止1
チャリを盗んだことはバレていた。
何も言わずに戻そうとしたら、そのチャリの持ち主にガッツリ見られてしまった。
反省した振りをしてやりすごす。
結局怒られるだけで済んだ。
幸運だったと思うべきか。
まあ、些細なことはどうでもいいのだ。
今日、俺は事故の件について、警察に呼ばれている。
俺が悪い。俺が呼びさえしなければ、躱せたかもしれない。
過去がそれを否定していても、俺の罪悪感は消えなかった。
「アンタ、ホント大丈夫? 顔色、超悪いんだけど」
三代木は、俺の額に手を当てる。
「熱はねーぞ?」
「まあ、雰囲気ってやつ? 重病人みたいな顔してるしさ?」
あの日以来、よく眠れてないのは確かだ。
どうすれば良かったのか、後悔だけが巡っている。
「アンタさ、一人で背負わなくてもいいと思うよ? 倉見が一番悪いんだからさ?」
本当にそう思えたら、どれだけ楽なことか。
大嫌いだ。そう言って見捨てられたら、どれだけ気楽なことか。
結局、俺はアイツを助けたいんだよな。
その上で、ぶん殴ってやらないと気が済まない。
歪んだ愛情、いや愛憎か。
「なあ、お前、倉見のことどう思ってた?」
「元気な後輩。あーなれたらどれだけ楽だろなーって、いっつも思ってた」
「……お前、あんな風になりたかったのか?」
「なりたかったわよ。自分に素直にね」
三代木にもいろいろあるらしい。
俺には分からん。
結局、警察署に行ったところで大したことも聞かれず、見た通りのことを言うだけで終わった。
事故の直後の話はを聞いてもらう時は物凄く気を遣って貰った。
ショックだったよね、とか、ごめんね、とか。
見慣れているから平気。そんなのは嘘だ。
現に俺は今、寝付きが悪い。
毎回そうだ。事故現場に居合わせたときは、調子が悪い。
いいかげん、慣れろよ弱虫。
いや、一生慣れてはいけない。
両方の考えが、浮かんでは消えていく。
解放してもらったときには、外はすっかり暗くなっていた。
「俺、弱いのかなぁ……」
呟いた弱音は、夜風にかき消された。
やり場のない感情を、五体満足な体を全力で動かして紛らわせる。
痛みは無い。フルスロットルでも軋まない健康体。
失って気づく大切なモノとはよく言ったもので、かつての俺はそのありがたみを全く分かっていなかった。
そういうものなのだ。
当たり前のモノが無くなるということは、そういうことなのだ。
翌日の放課後、担任兼顧問に呼び出された。
「お前、リレー走りたいって思わないか?」
「は? リレー? そもそもメンバー足りませんよね?」
今まで、うちの部の男子は二人だった。
今回はなんの偶然か、倉見が事故った後に、1年生がもう1人、陸上部に入った。
メチャクチャかわいくて背が低くて色白で、でも足が速い。
「こんなヤツいた?」
失礼なことに、第一感はこれだった。
地方の公立は、小中学校がほぼ持ち上がりになる。
2つ下にこんな凄いヤツがいたらいろんな意味で噂になると思うんだが。
そう思って話を聞くと、大病を患っていて小学校はほとんど行けてなかったらしい。
なるほど納得、なら、俺が知らないのも無理は無い。
と、冷静でいられた訳もなく……。
「ボク、先輩のこと好きですよ?」
「は? なにゆえ?」
「だって、遠慮してこないじゃないですか」
動転していたのは事実だった。
だから初めて話したとき、そう評されるような話しかけ方をしてしまった。
今となっては笑い話だが、あのときは必死だったのだ。
いや、そんなことはどうでもいいか。
今はリレーの話だ。
「助っ人を借りれば、チームぐらいは組めるぞ?」
「あてがあるんですか? いまどき、どの運動部だって最後の大会のために必死で、誰も貸してくれませんよ?」
「一年ならどこも問題なく貸してくれるさ。一番足の速いヤツを借りられるぞ?」
「短距離を、急造選手が走れますか?」
「小学校の陸上部は季節部だからな。なんだかんだ、兼部してたヤツは多かっただろ?」
「スパイクだって無いんですよ?」
「それくらいなら貸せるモノがちょっとある」
「どうせ、県大会にはいけませんよ」
「それなぁ、それなんだがなぁ……あの新入部員、二人とも結構速いんだよなぁ」
はぁ?
「一年にしては、でしょう?」
結局運動部の宿命として、学年が上の選手の方が速い傾向にある。
1年のうち、上山三平の記録は知っている。
春の大会で13秒台前半。1年生にしては速い。(倉見は化け物であって1年ではない)でも、2、3年と比べて速いわけではない。
「あー、三平は確かにそう。でも最近入った方。見川の方が結構バケモノでなぁ……この前計ったら12秒台だったぞ?」
「嘘ぉ!」
「いや、マジで。いままで入院続きだっていうのにな」
「マジ神様って不公平ですね。あんな可愛くて色白イケメンなのに、足まで速いとか」
「勉強は苦手らしいな」
「そんなん俺がいくらでも教えますよ」
「お前あいつのこと嫌いなの? 好きなの?」
「大好きに決まってるじゃないっすか」
「とりあえずお前には任せられないってことがよく分かったわ」
何故!
「話戻すわ。とにかく、3人割と速い選手が揃ったんだから、あと1人ぐらいそこそこの選手がいれば県ぐらい出られるわけ」
俺の去年のベストラップは12秒9。
今のラップは12秒5程度。
一応、男子共通リレーの6位ラインの記録は覚えている。
だいたい49秒5程度で、個人の100メートルの記録の合計から2~3秒程度縮むのがリレーだと考えればそこまで分の悪い話でもない。
「で、どうするよ?」
そう言ってニヤニヤと笑う顧問。
俺の答えは決まっている。
「お断りします。リレーは走りませんよ」
「見川からバトンもらえるチャンスだぞ」
それは結構魅力的だけど。
「巻き込む人に迷惑が掛かりますから」
俺には、そもそも県に行ってもなぁ、という思いがあった。
別に優勝できるようなチームでもなし。なら、無理に走る必要もない。
結局、この年の一年は助っ人を二人借りた男子1年400mリレーで県大会に出て、準決勝まで残った。最終的にその二人は陸上部に入った。
俺は800mだけ出て、平凡な記録で県大会を終えた。
夏が残る9月の白昼。
残暑、という言葉が似合う最高気温29度。
それでも夕方には漂ってくる秋の空気の気持ちよさ。
俺はこの時期が好きだ。
……いつまでも、この空気が続けばいいのに。
「ねー、アンタさー、倉見のこと好きだったでしょー?」
昼休みに突然、三代木が話しかけてきた。
単語帳をパラパラと流し見しながらである。
勉強に恋バナに、忙しいヤツだ。
「……そう見えるか?」
「本気では嫌がってなかったじゃない」
「まあ、そうだけどさ……」
今となっては分からない。
初めて会ってから、生きてるあいつと過ごした2ヶ月弱。
それを塗りつぶす、死んだ後の数年。
繰り返す死。ループから抜けられない俺に残された手がかり。
……かつての思い出は、すっかり上書きされてしまっている。
「嫌いじゃない。それだけだ」
「へー。淡泊なのね、アンタ。あの子はあんなに君のことを好きだったじゃない」
「死人に好かれてるから、好きでなければならないとか、そんな法律ねぇだろ」
「まんざらでも無さそうだったじゃない。美少女に好かれて」
美少女? あれが?
「アンタ、本当に目、ついてんの?」
「面倒なモノは見ないことにしてるんで」
「……ムカツク」
光栄なことですわ。
授業が終わるや否や、教室から飛び出した。
月命日は倉見の墓参りだ。
あとで絶対に殴る。それを忘れないために、欠かさず行っている。
水を柄杓で乱暴に掛けた。
呪えるほどのチカラが残ってるなら呪ってみやがれ。
伸ばした手が届くときまで待っていやがれ。
そう思った瞬間、背後で足音がする。
「……やっぱり、ここに居たのね」
「お前……どうしてここに?」
「ずっとつけてたのよ」
振り返ると、三代木がそこに居た。
「性格悪いぞ?」
「アンタほどじゃないわよ」
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