第5話 1分32秒

粉々にした自転車の弁償は済んだ。

両手両足の骨折で済んだ俺は、ギブスを付けた状態で事故の翌週謝りに行った。

両親にはその場で散々殴られた。本当にすみませんと謝りながら。

最初はかなり怒っていた近所の人が、最後は俺に助け船を出すほどだった。

その帰り、二人とも泣いていた。

本当に、生きてて良かったよな。そう口にして。

倉見が交通事故で死んだという話はとっくに届いていた。




「あんた、馬鹿だったんだ?」


退院後の初登校日、半目の三代木が俺の隣の席にいた。

反論できねぇ。

次は絶対に失敗しない。

後方から来る車のことを忘れていたのは馬鹿だったな。


「はは、ようやく退院できたよ……」

「最後の大会、終わっちゃったわよ?」

「ま、仕方ないさ」


命があっただけ儲けものとみるべきか、死んだ方が手間が省けたとみるべきか。

死は救済か否か。どちらとも言えない、とても難しい問題である。


「アンタ、なんか無いの?」


は?


「アンタ休んでる間、毎日ノートのコピー届けてたあたしに何か言うことはないの?」


あ、そういう。


「いやー、悪い悪い。今度何か奢るからさ?」

「……そういうのじゃなくってさぁ?」

「えっ、なんか言った?」

「いや、別にぃ……」


変なヤツである。

まあ、人のことは言えないか。


今回、俺は倉見のところにたどり着けなかった。

見てないだけで、倉見はあの姿になって、苦しんで死んだ。

ざまぁ、ふざけるな、ふたつの感情が入り交じる。

俺をこんなに苦しめて、あいつは悪魔か何かなような気がする。

助けたら、死ぬほど殴ってやる。


とはいえ、半年以上ある時間を全てその目的のためのことに費やせるほどストイックになれるわけもなく。

挫折なら何度も経験済みで、だからこその空虚感。

なんとなく、暇である。やるべきことはたくさんあるはずなのに、やる気がいまいち出ないというか。


そういえば、ループしてるんだからテストは毎回同じ問題が出るのかと思いきや、そうでも無いんだよな。毎回ちょっとずつ問題が違う。どういうことなんだか。ま、分からないことは分からないでいいか。


そんな風に、無駄に時間を潰して11月。

ギブスはすっかり外れ、日常生活を送るのには苦労しない程度に直った。

全力で走ると足にヤバイ痛みが走る程度。

完治とはほど遠いが、まあそんなものだろう。


「ねー、アンタ? 今度の土曜日ヒマ?」


そういえば、三代木も今までとは違う。

今回はやけに俺と過ごしたがる。

まるで俺が死にかけの重病人であるかのように、一緒の時間を作りたがる。


「一応、予定はないけど?」

「あっそ。じゃあ昼頃図書館に来てくれない? 勉強教えて欲しいんだけど」


もうちょっと楽しい場所はないのか。

そう思うも、田舎で子供が集まれる場所なんて限られているのだ。

となるとやはり、空調の効いた図書館が安牌な気がする。

別に色気がある関係でもないし?

まあ、三代木には借りがある。今回の周回のノートの件と、前回の周回の件。

優先して願いを聞いてもいい相手だ。


「りょーかい。でも俺でいいのか? もっと詳しいヤツ、いくらでもいるだろ?」

「アンタの方がいいのよ」


よく分からないが、そういうことなのだろう。




その週の土曜日、俺は気持ち早めに家を出た。


「あ、アンタ早いのね」


待ち合わせ時刻十分前に着くと、三代木が新聞を読んでいた。


「お前、眼鏡だっけ?」

「学校ではコンタクトなだけ。普段はこっち」


いつもの三割増しで頭が良く見える。

眼鏡効果、恐るべし。


「アンタ、宿題……は、持ってきてないのね?」

「学校で終わらせてるから、適当に興味沸いた本でも読んでるよ」

「は? ムカつく。やっぱ地頭の差なのかしらねー。アンタ、昔から頭は良かったわよねぇ?」

「そういうのじゃないって」


最初の世界ではお前の方がいつも成績が良かっただろ。

……あ、これ面白そう。周回もののSF。


「ほんと、そういう余裕ぶったとこムカつくわぁ」


俺を呼ばなきゃいいのに。

思ったことを閉じ込めて、本の世界に沈む……。



「……ねぇ、これ教えて?」

「あ、それは半径と弧の長さから面積を出せる。円周率って半径と円周の比だから、中心角を弧の長さと半径から求めることができて、」

「あ、そういう問題か。なるほどなるほど……」


シャーペンが再び走り出す。

俺は二冊目の本に突入する。

一冊目はクソだった。胸くその悪いエンドは許せない。

努力が報われないとか、そんなことは現実以外であっちゃいけないのだ。

ちなみに二冊目も地雷っぽい。

ハッピーエンドがマジで見えない。

まあ、最後まで読むけど。気になるし。


「はぁ……」

「ん? 何?」

「あ、ごめん。この本、クソだなって」

「あ、それ読んだことあるわ。結構前に流行ったやつよね。最後までちゃんと読んだ方がいいわよ?」

「マジ?」


結局三代木の言う通りで、収束が秀逸だった。

映画版も出来がいいらしい。


「貸してあげよっか?」

「マジ? 見るわ」


帰り道の途中にあった三代木の家の前で十分ほど待つと、紙袋を渡された。


「サンキュー。見終わったら返すわ」

「あ、学校には持ってこないでね。没収されたら面倒だし」

「え?」

「休みでヒマなタイミングで返しに来てよ。気晴らしついでに、今日みたいに、さ?」

「もしかしてお前、俺を誘う理由って」


そこから先の言葉は、無理矢理塞がれる。

手が俺の口元に伸びていた。


「それじゃ、またね?」


にやっと笑って、三代木は去っていった。


暇つぶしがてら、俺の気を紛らわせてくれているのか? どんだけ優しいんだよ。


その言葉は、行き場を失う。






ドキドキしながら、再生ボタンを押した。

その二時間後、俺は絶句していた。


「……コレが? 名作???」


ただのアイドル映画じゃん、コレ。




そして、翌週の土曜日、俺は三代木の家に映画を返しに行く。

「あ、その顔はビミョーだったって顔だな?」

「いやだってコレ、アイドル映画だよね?」

「あたし、好きなんだよね。主演のアイドル! アンタに似てんじゃん!」

「は? どこをどう見たらそうなる?」

「ええっと、背格好と体重?」

「それだけかい!」


三代木は、ケラケラと笑っていた。


「まーそんな怒らないでよー。面白い映画、他にもあるよー?」

「勉強はいいのか?」

「アンタもあたしも、志望校自体はヨユーじゃん?」


まあ、それはそうだが。


「上がってけー。おやつならあるぞー?」


ちなみに、この日見せて貰った映画は良かった。

救いは無かったが、これはこれで悪く無い。

悪意のありなしなんだよ。胸クソか否かを分けるのは。




そして3月まで、変わり映えない日々が続いて……俺はまた、あの日に戻った。


自転車にまたがる。

全力で漕ぐ。吐き気がするほど漕いだ。後ろから猛スピードで迫ってきた車を今度は躱す。若干のタイムロス。そこからまた全力で漕いで、事故現場手前の曲がり角。


ようやく、倉見の背中が見えた。


「止まれー!!!」


ありったけの声で叫んだ。

喉が張り裂けそうなほど叫んだ。

声は、倉見に届いた。

振り返って、手を振る。


「センパーイ! どうしたんスかー?」

「なっ! 馬鹿野郎!」


前を見ろ!

その叫びが言葉になる前に、猛スピードの車に弾き飛ばされ、倉見の体は宙を舞った。


























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