船のカフェ
遂に彼と会う日がやってきた。学校が終わった私は家に戻ると、急いで化粧をなおし、準備をした。玄関でどの靴を履こうか迷っているとスマホのバイブが鳴った。私はすぐに画面を確認する。マッチングアプリのメッセージが一件来ていた。彼からだった。
〝着きました〟
メッセージを読んだ私は、彼を待たせては悪いと思い、いちばん手前にあったスニーカーをさっと履いて家を出た。
待ち合わせのコンビニに行くと、写真で見た通りの彼が車に乗っていた。彼は私に気がつくと、こっちこっちと手招きした。
車のドアを開けると、運転席に座った彼と目があった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
私は助手席に座ると、車のドアを閉めた。車の中はいい匂いがした。車内に音楽が流れている。きっと彼が好きな曲だろうと思い、耳を澄まして聴いていたが、音楽に疎い私はアーティストも曲名も全くわからなかった。
「はじめまして」
慣れた手つきで車を運転しながら彼は私に話しかける。容姿端麗で、派手な髪色の彼は、どう見ても遊び人にしか見えない。
「俺、
「私は
私と彼はいくつかやり取りを交わした。お互いの名前、仕事や学校、趣味の話なんかをしたと思う。ふと車の窓から外を見ると、そこはもう知らない景色に変わっていた。
「普段遊ぶときどこ行ったりするの?」
窓の外を見ていた私に彼が話しかけてきた。私は彼の方に視線を向けた。彼の美しい横顔は、私を虜にした。
「あ、私友達いなくて、学校と近所のスーパー以外は行かないです」
「え、本当に?」
「はい。こんなところまで来たの今日が初めてです」
私がそう言うと、彼は驚いた顔をしていた。
私は彼と話しながら窓の外を眺めていた。運転席のかっこいい彼と、初めて見る世界に胸が弾んでいた。
「今日はどこ行くんですか?」
「オススメのカフェに行こうと思ってる。そこのカフェの外装がちょっと変わってて、屋根にあるものがついてるんだ」
彼の言ったあるものが気になったが、彼は着いてからのお楽しみと言った。店に着いた時には辺りは暗くなっていた。
「あの店だよ」
彼が指を指した方を見ると、そこにはライトアップされた建物があった。屋根を見ると、一艘の舟のオブジェが取り付けられていた。
「あるものって舟だったんですね」
「うん。あれ本物だと思う?」
「え、作り物じゃないんですか?」
私がそう言うと、彼は笑った。
「え、もしかして本物なんですか?」
私が彼に尋ねると、彼は本物だと言った。
「すごいですね」
私がそう言うと、彼はまた笑った。
「いや、俺もわかんないけど、多分作り物だと思うよ」
「え、さっき本物って言ったじゃないですか」
「ごめん、てきとーに言った」
彼が何故そんな冗談を言ったのかはわからなかったが、きっと冗談が下手な人なのだろうと思った。
店に入ると、そこは小洒落たカフェのようだった。彼に誘導され、私はソファの置いてある席に座った。店内を見渡すと、若い女性客ばかりで、男性客は彼1人しかいない。
彼は席に着くとメニュー表を広げた。
「決まったら教えて」
私はすぐに注文するものを決めた。4つほどしかメニューがなかったため、そんなに迷うことはなかった。
「決まりました」
「え、早いね。どれにするの?」
「これにしようかなって」
私は明太子とチーズのドリアを指差した。
彼はまだ何を頼むか決まっていない様子で、しばらくメニュー表を見つめていた。キラキラした瞳で悩む姿はまるで小さなの男の子みたいだった。大人だなと思っていた彼の子供らしい一面を見た気がした。
「俺もそれにしようかな」
しばらくして、やっと決まった様子の彼は店員を呼び、料理を注文した。
料理が運ばれてくると、私たちはそれを食べながら、お互いの共通の趣味のアニメの話をしたりした。
喉が渇いた私はグラスに入っていた水を飲んだ。その水はレモンの味がした。
「この水美味しいですね。レモンの味がします」
私がそう言うと、何故か彼は少し悩ましげな表情をした。
「こんなことを言うと、気分を悪くさせてしまうかもしれないけど──」
彼は私の顔とグラスの水を交互に見ながら言葉を続ける。
「なんで水をレモン味にしてるか知ってる?」
「美味しいからじゃないですか?」
「違うよ。水に臭いがあったりするのをごまかすためにレモンの味をつけてるんだよ。だから、この水はあんまり良くない水ってこと」
彼は自慢げに、でも少し謙虚な感じに知識を披露した。私は彼の持っている豆知識に感心した。
食事を済ませると、会計は彼が全額支払ってくれた。私の中でさっきまで子供になっていた彼が、大人に戻った。
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