第9話

 圧倒的な質量の筋肉が立ち去った後のワンルームマンションを静寂せいじゃくが包む。スペペペペというホシオのイビキだけが聞こえる、ある意味風流な環境音の部屋の中にタキはへたり込み、のろのろとカーテンのかかっていない窓を振り返ると、もはやとっぷりと日は沈んでいる。コタツの上には、ノートPCと新しいスマホが置かれている。これらは「お父さん」からの差し入れだ。

 ゴン、と額を机に乗せる。疲れ果てた。このまま眠りたい。「アカシアァの雨ぇにうたれて このままぁ死んでしまいたい」意外といいノドで西田佐知子をうなりだす。もちろんこのまま死んでしまうわけにはいかない。ご神体を失ったままのホシオは今かなりまずい状態にある。タキもホシオも―恐らく「お父さん」も―人間からの信仰によって存在している。信仰というと大げさかもしれない。お賽銭を入れたりお参りをしたりと、人間が神に意識を向けることで信仰は生まれ、すべての神はそれぞれの神社や信仰の対象となるものにそれを蓄積したり取り出したりしている。ホシオのご神体となる例の岩から信仰が漏れ出しているので止めてもらいたい、という依頼を「お父さん」が受けたことから、今回の騒動は始まっているのだ。今の急務はホシオの神社を造ることだ。信仰を集める以前に、漏れっぱなしの信仰をとりあえず溜めるための神社が。アカシアの雨にうたれて死んでいる場合ではない。

「で、その神社を」

 手を伸ばしてスマホを引き寄せる。

「ネットの上に造ればいいわけよね、『お父さん』…本当かなあ…」

 タキは物心ついた時からすでに人気者だったため、日本中に神社が存在しており、そんなことを気にしたことがない。おそらく日本人が絶滅しない限り気にすることはないのだろう。しかし限界集落の神などは次々と消えていることをタキは知っている。

「この人も、今にも消えてなくなりそうって感じは確かにあるんだけど、まあ、のんきなこと」

 自分がそもそもの原因を作ったことなど忘れたかのようにつぶやく。やんごとなき身分の者特有の無邪気さというか、無関心というか、残酷さを自分が持っていることをタキは自覚していない。

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仮想神社の作り方 宮武しんご @hachinoji

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