第4話

 森羅万象しんらばんしょうに愛され、かしずかれて生きてきたタキが、かつて一度だけ敵意を持つものと対峙したことがある。昔、昔の大昔の話だ。海を渡ってきた他所の国の神が、タキに日本海のとある島の海辺で戦いを挑んだのだ。

 その神にはタキに対する敬意はなかった。タキの姿を認めるや、両腕を高く掲げて振り下ろすと、海水が無数の槍となり対象を貫こうと迫る。すると海中から海藻がせり上がり、水槍をまるで滑走路から打ち上げるように空高く舞い上げた。驚いた神は一歩を踏み出したが、何かに足を取られてもんどりうって倒れた。岩場の牡蠣かきがぬるぬるとした分泌液を、大量に吐き出していたのだ。立ち上がろうとついた手の下は――今や岩場全体が――フナムシによって埋め尽くされていた。全身にまとわりつくフナムシに小さい小さい一口で少しずつかじられていく恐怖に半狂乱となった神はたまらず海に飛び込んだ。しかし海中には8メートルを超すシュモクザメが待ち構えており、神の後ろから近づくと足首に食いつき、元いた岩場まで引き戻すと、神を岩場に放り投げた。再び全身にたかるフナムシの群れによって全身血だるまにされていく中、ついにその神は奇声を発しながら水平ロケット発射のような勢いで海に飛び出し、二度と戻ってくることはなかった。いまだにその神体の中から出てくることができないほどのトラウマを背負っているらしい。

 ――お分かりいただけただろうか。タキ自身は全く何もしていないのである。例えるならば屈強なボディーガード兼保護者兼狂信的ファンクラブに24時間守られているようなものである。もし対峙した場所が山であったならば、フナムシの代わりにハチやアリが、サメの代わりにクマが代役を果たしたであろう。矢が飛んでくれば、足元のドングリが巨大なしいの木となって防いだであろう。

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