第3話

 ホシオの拘束こうそくは日が沈む前に解けた。全身に絡みついていた「包帯」は糸が切れたように張力を失い、ホシオの衣服へとその姿を変えていった。濃紺のうこんのジーンズにグレーのタートルネック。軽く天然パーマの入った頭を上げると、目に付くのは切れ長の目とすらりと伸びた鼻筋。タキと目が合うとすぐに満面の笑みを向ける。一歩間違えば西田にしだとしゆきに見まごうほどの笑みではあるが、誠実な人柄が一瞬で伝わる。これだけで心を奪われてしまう少女も多いことだろう。

 一方、タキは両手を腰に当てて正面からホシオを見下ろす。先ほどの涙はもうない。

「お聞きなさい」

 とし恰好かっこうに似合わぬ威厳を込めて申し渡す。

「私は父の名代みょうだいとしてここに居る。私の言葉は父の言葉と心得よ。その方はこれより私とともに参る。よいな」

 ホシオは胡坐あぐらをかいたままニコニコとタキの言葉を聞いていたが、

「オレの岩はどこです? あと、あなたのお父さんとはどなたでしょう」

 あっけらかんとした口調で周りを見渡しながら訊ねる。

うなった。気にするな。あと、父は父じゃ。知らぬのならそれでよい」

 内心の動揺を隠してタキが答える。おかしい。いつだって誰だって、タキにこうやって問い返してくる者はいなかった。タキの言葉を唯々諾々いいだくだく託宣たくせんを聞くように平伏へいふくするのがつねの反応であったのに。どうも調子が狂う。

「もう日が沈む。今すぐ向かうぞ。ほれ、いそ」

「うるせえなあ」

 うつむいていたホシオの口から、ドスのきいた文句が絞り出された。今までそんな不躾ぶしつけな言葉を浴びせられた覚えなど一度だってないタキは、もうそれだけで口をパクパクさせることしかできなくなった。ホシオはゆっくりと顔をタキに向けた。カタカナの「ル」の字に見えるほど寄せられた眉、ゆがんだ口、両かかとをベッタリと地面につけた蹲踞そんきょの姿勢。有態ありていに言えば、一人のヤンキーがウンコ座りして、タキにガンを飛ばしている。先程の人のよさそうな西田にしだとしゆきは消え失せていた。

「よくも無理矢理引きずり出してくれたな、このチビ。なにが『うなった』だ、お前が壊したんじゃないか。ごまかすんじゃないよ、まずは『ごめんなさい』からだろーが。どういう躾け受けてきたんだ、親の顔が見たいわ。変態へんたい仮面かめんのお仕置き状態だったころからずーっとお前の電話聞こえてたぞこのドブス。それにしても一体どうしてくれるんだ、ご神体無くなったらオレは消えるしかねえだろ。手は打ってるんだろうな、ハゲ」

 一息にまくし立てる。タキはホシオの豹変ひょうへんぶりと、聞いたことのない悪態あくたいに頭がついていかず呆然とする。が、突然タキは小島の周囲に自らの「親衛隊」の気配が高まっていることに気付いた。これ以上ホシオに悪態を吐かせてはいけない。これ以上の暴言はホシオの死を意味する。というより今の時点で死んでいたっておかしくないぐらいのことをホシオはしているのだ。

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