第2話

「どうしてこんなことに」

 少女はうつろな目のまま呟く。呟いたおかげでアゴのシャクレは取れたが、ややふっくらとした唇は血の気を失い、わなわなと震えている。自分の行動を振り返ろうと、伏し目がちに人差し指をピコピコと動かして記憶をたどるその様子は、さながら宿題ノートがない理由を自分でも理解できないと先生にアピールする小学生のようである。

「絶対、お父さんに言われたとおりにやった。なんで? 多分間違えなかったと思う。私のせいじゃないよね?」

 はっと我に返り、スマホを取り出し電話をかける。その指も唇と同様ふるえている。

「もしもーし」

 ワンコール以内で父親と思しき声が応える。

「お父さんですよー」

 本人もそう言っている。

「お父さん、あのね、ご神体割れた。壊れた」

「岩が?」

「岩が」

「パカッと?」

「ギギギッと」

 ご神体とはほんの数分前まで目の前に存在していた、直径3メートルほどの岩のことである。小島のざらついた玄武岩げんぶがんとはまるで異なる、白っぽいつるりとした手触てざわりの岩だったので、きっと観光名所でもあったのだろう。もうないけど。

 聞いていた話だと、お父さんにもらったおふだ――というより湿布――をご神体に貼ると、それはご神体を優しく包み込むはずであった。しかしそれは岩肌いわはだりつくやいなや、包帯のような幅で糸を四方に吐き出し、一瞬で岩をからめとるや、バキバキと派手な音を立てて収縮を始めた。

「そしたら変態仮面におしおきされた人みたいなのができた」

「タキちゃん…おふだ、ちゃんと貼ったかな?」

「ちゃんと貼った」

「上下も間違えてない?」

「おふだに上下なんか、そんなもの…あったね…うん…間違えてないよ?」

 やや沈黙。

「どうして壊れたかは置いといて」

 と「お父さん」が言う。

「タキちゃん、その子…ホシオ君ていうんだけどね。ご神体が壊れたら消えちゃうのね、タキちゃんと一緒で。だから早く手を打たないといけないの。ホシオ君のご神体の修復依頼はお父さんの恩人から来てるから、ちゃんとしてあげないとね…タキちゃん、聞いてる?」

 ひとみれなかった涙が滂沱ぼうだとしてタキのほほを伝い落ちる。

「ううう…ごめんなさいぃ…」

「大丈夫、大丈夫。お父さんが何とかするから。タキちゃんはとりあえずホシオ君を新大阪まで連れてきて頂戴ちょうだい。仲良くしてね。じゃあね」

 通話を終えるとタキは白いハンカチを取り出し、涙をぬぐった。そして洟をブーとかんだ。気を取り直して失地を回復せねばならない。とにかく父の言いつけ通りに、この人物を新大阪へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る