E-3「特殊爆弾B型」
ベルランE型という新しい機体の配備を受け、王国の「英雄」にもされた僕たちだったが、やっていることはこれまでとほとんど変わっていない。
雷帝との戦いの後、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4人は軍曹へと昇進していたし、僕たちの他にも階級が変わった仲間はたくさんいるが、顔触れは少しも変わっていないのだから、何か変わったという実感を抱きようがない。
機体の操縦に慣れ、練度を保つための訓練飛行や、敵機(戦争状態が終わっていないため、僕らは連邦軍機や帝国軍機をこう呼ばなければならない)を警戒するための戦闘空中哨戒に、僕らは飛びまわっている。
ありふれた任務が続いている。
王国にとっての戦争は一応終結しているから、僕たちの出撃は、戦争中の様な切羽詰まったものではなく、余裕があった。
戦時体制は維持されてはいるものの、実際に戦闘を行うわけでもないため、僕たちは他の戦闘機部隊とローテーションを組んで、無理のないスケジュールで飛んでいる。
定期的に休める日さえもあった。
今日の飛行は、301Aの整備班が独自に考案した「新兵器」、「特殊爆弾B型」の「運用試験」を兼ねた訓練飛行だった。
明日からは2日間の休日が経過されており、この任務を無事に終えれば、ゆっくりできる予定だ。
特殊爆弾B型は、現地部隊の臨機応変な創意工夫によって誕生した、これまでにない全く新しい兵器だった。
この特殊爆弾は、本来であればガソリンを満載して運用される落下式増槽を改造して製造されており、その内部には、王国の某企業で生産された泡立つ特殊な溶液、通称「B液」が充填されている。
B液は、大麦の麦芽をある種類の酵母などで発酵させ、ホップと呼ばれる植物を使用して特別な加工が施されている。Bという呼称はこの特別な液体の正式名称の頭文字から取られた秘匿名称だ。
B液には一般的に3種類が存在し、僕たちの部隊ではそれぞれ「BL液」「BP液」「BA液」と呼んでいるのだが、現在、僕らの機体が抱え込んでいる特殊爆弾に充填されているのは、BP液だ。
これは機体の燃料としては全く役に立たないものの、優れた対人効果を発揮するのだという。
このB液を摂取した人間は、過度に陽気となり、また、判断力が低下し、意味も無く笑ったり、泣いたりし始めるのだそうだ。
そして、あまりにも多量に摂取してしまった人間は、精神が朦朧(もうろう)となり、やがて、意識を失うことにさえなるのだという。
なんて、恐ろしい!
特に強力な対人効果を発揮するのはよく冷えた状態のB液で、暑い夏の時期、そう、ちょうど今のような時期に、ガラス製の容器などに注がれ、その冷たさによって容器の表面に無数の水滴がつく様な状態のB液は、レイチェル大尉によると「無敵」であるらしい。
僕たちの今日の訓練内容は、この恐るべき新兵器である「特殊爆弾B型」を装備した状態で高度4000メートル付近を数時間飛行し、特殊爆弾を装備したまま、無事に飛行場へと帰還を果たすことだった。
《ねぇ、みんな、ちょっといい? 》
真っ青な夏の空の遠くの方に見える、真っ白な雲を眺めていた僕の耳に、ライカからの無線が届く。
僕たち、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4人で、任務中にこっそりおしゃべりをするために使っている秘密の周波数での通話だ。
僕は、無線のスイッチを入れて、彼女の声に応える。
《何だい? ライカ。何か、見つけたのかい? まさか、敵機? 》
《違うわよ。どこを見ても、綺麗で穏やかな空だわ。……私が言いたかったのは、私たち、こんなことをしていていいのかしらっていうこと》
《いいんじゃないか? 一応、俺らの戦争って、終わったことになってるんだし》
ライカの言葉に、ジャックが応じる。
《こっちからわざわざ相手にしかける様なことも無いし、のんびり飛べるんだから、俺は良いと思うぜ》
《そうだけど……。でも、あのアルシュ山脈の向こう側では、今も戦争が続いているんでしょ? 何だかなぁ、って思わない? 》
ライカの言う通り、アルシュ山脈の向こう側、大陸の北部戦線では、連邦と帝国との間で激しい戦闘が続けられている。
王国は戦火によって荒れ果ててしまっているが、雄大なアルシュ山脈の姿は、以前と少しも変わっていない。
黒々とした、天に向かってそそり立つ岩肌。上の方には夏でも溶けることのない雪と氷の純白があり、中間には黒い岩肌が、その裾野(すその)には、羊などにとってはご馳走となる豊かな牧草の緑が広がっている。
写真にしても、絵画にしても、美しい題材となる光景だ。
大陸の屋根と呼ばれることもあるアルシュ山脈は今日も堂々とそびえ立ち、数千年も、数万年も、数億年も、変わることなくあり続けるものがこの世界にも存在するのだと、僕らに教えてくれている。
だが、悠久(ゆうきゅう)の時を変わらずに存在し続けて来たアルシュ山脈の向こう側では、今もたくさんの人々の命が失われ続けている。
僕たちは王国に平和を取り戻すことができたが、戦争の影はアルシュ山脈のすぐ向こう側でうごめいている。
ライカが釈然(しゃくぜん)としない気持ちになるのも、理解できることだ。
《ライカ。アンタ、ちょっと考え過ぎじゃないかね? 元々、連邦と帝国の戦争は、あたしらには関わりのないことじゃないか。正直、奴らが戦っていようがいまいが、知ったこっちゃないよ、あたしは》
アビゲイルは、とてもあっさりしているというか、割り切って考えている様だ。
これは、彼女だけではなく、王国民の多くの中にある気分だっただろう。
王国は永世中立国で、連邦と帝国との対立に関わるつもりなど、少しも無かった。
そんな僕らを、連邦と帝国は、彼らの一方的な都合と思惑によってこの戦争へと巻き込んだのだ。
正直、もう、戦争には関わりたくないというのが、王国民の大多数の意見だっただろう。
僕たちはただでさえ、本当なら失わなくて済んだはずのものを数多く失ってしまった。
僕らを一方的に攻撃し、散々、好き勝手に王国で暴れていった連邦と帝国を憎む気持ちは当然誰の中にも存在はしているだろうが、これ以上、積極的に戦争に首を突っ込もうという意見はごく少数派だ。
《別に、戦いたいってわけじゃないわよ、私だって。もうこりごりよ》
ライカは、アビゲイルとは異なり、割り切れていない様だ。
《でも、戦争が終わらないと、私たちは復興に本腰を入れられないじゃない。今だって、たくさんの人が軍隊にいて、いろいろできるはずのことができていないんだから。それに、連邦や帝国の人たちだって、戦争が終わればお家に帰れるでしょ? その方がいいに決まっているわよ》
《やれやれ、お姫様はお優しいこって。……ま、ライカらしくて、あたしはそういうところも好きだけどね》
ライカの意見に、アビゲイルは呆れているのか、感心しているのか。
多分、両方だ。
ライカの言う通り、連邦と帝国が戦争を止めない限り、王国は戦時体制を止めることができない。
軍隊のために多くの人手を取られているために、王国が復興のために本腰を入れることができていない。
僕はライカほどには連邦人や帝国人のことを心配してはいなかったが、王国が復興に本腰を入れられないのは、確かに困ったことだ。
僕としては仲間と別れることになるのは辛かったが、故郷に帰って、僕たちの牧場をもう一度立て直したいという気持ちだって持っている。
《ねぇ、ミーレスは? あなたは、どう思う? 王国が、この戦争を終わらせるために、何かできたりしないかな? 》
ライカからそう問われた僕は、少しの間、考え込む。
僕としては王国を理不尽に戦争に巻き込んだ敵のことをそこまで考えてやらなくても、と思うのだが、戦争で誰かが傷つくのは、確かに良くないことだ。
平和に、もっと、暮らしを豊かにするとか、誰かの役に立つ良いものを考えたり作ったりするために生きる方が、誰にとってもずっといいだろう。
だが、そのための王国に何かができるかとなると、疑問に思わざるを得ない。
何しろ、連邦や帝国と比較すると、王国の力など、たかが知れている。
軍事力は元より、経済力、政治的な発言力。どれも、連邦や帝国にとって問題とならない程度のものしか王国は持っていない。
これは乱暴な考えかも知れないが、王国に強大な力があれば、連邦や帝国に命令するなり、恫喝(どうかつ)するなりして、戦争を止めさせることもできただろう。
しかし、現実の王国は小さく、弱く、そんなことをする力は持っていない。
そもそも、現在の見かけ上の平穏だって、王国が連邦や帝国でも簡単には屈伏させられないほどの力を持っていて、同時に、その力は連邦や帝国の深刻な脅威とならないレベルに留まっているという、微妙なバランスの上に成り立っているのだ。
王国は、自分の立場を維持するだけでも精いっぱいというのが実情だ。
やはり、連邦や帝国の仲介に立って、和平を結ばせるといったことは難しいのではないだろうか。
《よォし、301A各機、そろそろいいだろう! 全機、基地に帰還するぞ! 》
レイチェル大尉からそう指示が来たのは、ライカには申し訳ないが、僕が悲観的な意見を述べようとした時だった。
※熊吉よりひとこと
何とは言いませんが、20歳になるまでは飲んじゃだめ、であります。
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