E-2「ベルランE型」

 戦争は、命の奪い合いだ。

 もっとも、誰だって進んで死にたいなどとは思わないだろうから、生きのびるためには常に全力を尽くすし、多少の無茶だってする。


 特に、戦争の道具である兵器の進歩は、目まぐるしい。


 戦争中に王国の主力戦闘機となり、苦しい戦局の中で王国を支え続けた戦闘機、ベルランD型は素晴らしい戦闘機だったし、僕たちにとっては思い出深い機体だったが、王国が実質的に第4次大陸戦争から離脱してから1年、その大幅な性能向上型が配備され始めている。


 ベルランE型と呼ばれている新しい機体は、戦争中の戦訓などを積極的に取り入れた機体となっている。


 E型では戦闘機に命を与えるエンジンがさらに強化され、「グレナディエⅡ」と呼ばれる新型エンジンが新たに装備された。

 これは、これまでのベルランに装備されていたグレナディエエンジンの設計を見直し、若干スケールアップする形で改良された新型エンジンで、100オクタン燃料または92オクタン燃料と水メタノール噴射を併用する場合に、最大2100馬力を発揮する。


 エンジンそのものをスケールアップする形で改設計されているから、グレナディエⅡはこれまで装備されていたグレナディエより若干大型化してはいるものの、その変化は最小限にとどめられており、ベルランにそのまま装備することが可能だった。

 しかもこのエンジンは、100オクタン燃料と水メタノール噴射装置を併用することにより、短時間に限られるが最大2300馬力の戦時緊急馬力を発揮することができる。


 戦時緊急馬力というのは、これまでパイロットの間で行われていた、戦闘時のエンジンの過負荷運転を軍の正式な運用法に織り込んだ際に定められた言葉で、戦闘時にエンジンのリミッターを解除し、一時的により大きな出力を発揮させることを指している。

 僕が雷帝と戦う時に乗ったベルランD改Ⅱに施されていた、エンジン出力を増大させるチューンアップとはまた異なったやり方にはなるが、使い方としては似た様なものだ。


 この新型エンジンの装備により、ベルランE型では最大速度が時速750キロメートルに迫る742キロメートルとなり、この大陸を飛ぶ一線級の戦闘機としての実力を保っている。

 つい数年前までは構想段階でしかなかった、最大速度700キロメートルを超える戦闘機は、しかし、今では連邦でも帝国でも実戦配備されており、それが当たり前になっているのだから、技術の進歩というのは本当に恐ろしい。


 E型に施されている改良は、他にもある。

 大きなものでは、自動空戦フラップというものが装備された。


 これは、僕たちが帝国軍による上陸作戦を阻止した時に戦った帝国軍の艦上戦闘機(帝国の言語で雷を現すドナーと呼ばれているらしい)を鹵獲(ろかく)、研究して得た技術と、僕たちが雷帝と戦う際にフラップを用いて旋回性能を底上げした戦訓から導入された新しい装置だ。


 詳しい仕組みなどは僕には理解できていないのだが、僕たちの機体を整備してくれているカイザーこと、フリードリヒによれば、その機体の速度と、旋回時にかかる荷重の大きさから自動的にフラップを開き、旋回半径を縮めてくれる装備なのだという。


 実際、この装備を使用してみると、新しいベルランの旋回半径は短縮され、旋回戦は苦手としていたベルランの格闘戦性能は大きく向上していた。

 もちろん、装置を作動させない様にすることもできるし、パイロットが自分の都合でフラップを開く角度を決めることもできる。


 急旋回を行うと速度が失われるため、なるべく一撃離脱を心がけている僕らとしては使う機会は少ないかもしれなかったが、いざという時に格闘戦でも強いということは、パイロットとしては頼りになって嬉しい。


 他の改良点としては、機首に装備されているモーターカノンが、ベルランD型の20ミリ機関砲から、30ミリ機関砲に強化されているということがある。

 これは、現在は20ミリで十分でも、将来は連邦のグランドシタデルなどよりさらに巨大な爆撃機が出現し、もっと強力な火力が必要になって来るだろうという予想に立った改良だ。


 武装の強化は機関砲だけではなく、爆装にも及んでいる。

 ベルランE型では、250キロ爆弾2発か、500キロ爆弾1発、50キロ爆弾8発を選択して装備できる様になっており、対地攻撃能力が強化されている。

 この他にも、空対地ロケット弾を最大で8発まで装備できる様に改良されている。

 これは、場合によっては空対空戦闘でも使用できる新しい装備だ。


 こういった爆装の強化が施されたのは、Aiguille d’abeille作戦で王立空軍による地上部隊への航空支援が重要な役割を果たしたという戦訓によるものだ。

 もっとも、連邦の戦闘機にはこれよりもさらに重武装を施せる機体もあるということだから、僕たちはやっと対等の立場を保っているのに過ぎない。


 それほど変わっていない点もある。

 王立空軍の戦闘機に共通した欠点だった航続距離は、若干改良されてはいるものの、以前の機体とほとんど変わっていない。


 E型では燃料タンクの容積がさらに強化されているのだが、新型エンジンを装備して排気量が増大し燃料の消費量が増えてしまっているため、あまり航続距離はのびていない。

 ベルランE型の航続距離は標準で800キロメートル程度、より大型化した増槽を装備することで最大1100キロメートルでしかなく、長距離攻撃や、長時間の戦闘空中哨戒の実施には制約が残っている。


 これは、ある程度は仕方の無いことだ。

 あくまでベルランの改良型である以上、元の機体を圧倒的に超える様な改良は、なかなか難しい。


 あまり変わっていない部分はあるものの、ベルランE型は全般的にD型から性能向上を果たした、連邦や帝国の新鋭戦闘機と対等に戦うことができる良い機体だ。


 そして、その最大の特徴は、主翼を2種類選べるということだった。


 E型の主翼は基本的にはD型のものから変化が無かったが、1型主翼と2型主翼が用意され、任意に交換して運用することができる様になっている。

 2つの違いは武装の違いで、その違いによって若干飛行性能も変化することになる。


 1型主翼は、ベルランD型と同様、片翼に2門の20ミリ機関砲を備えた火力重視の翼だ。

 これは、対空戦闘だけでなく、対地攻撃でも大きな威力があると確認され、有用だと判断されたD型の特徴をそのまま受け継いだもので、ベルランE型を高速、大火力の重戦闘機として運用するためのものだ。

 ベルランに使われている20ミリ機関砲は元が軽戦車用の対戦車装備であり、高い貫通力を持っているから、敵戦車などを攻撃するのにも威力を発揮する。


 2型主翼は、12.7ミリ機関砲を片翼に3門、両翼で6門も装備することになる新設計の主翼だ。

 これは、連邦軍機が主に採用している多銃装備を真似て導入された新しい主翼で、1発の威力は20ミリ機関砲よりも劣るものの、6門の12.7ミリ機関砲から放たれる弾量は強力で、敵機をシャワーの様に包み込むことができる。


 1型主翼を装備する機体のことはベルランE1、2型主翼を装備する機体のことはベルランE2と呼んでいる。

 ベルランを装備する各戦闘機中隊は、E1とE2どちらの機体を希望するかを要望し、その要望に沿った機体を受領するのだが、場合によっては現地で主翼を換装して出撃することも可能だった。


 僕たち301Aは大火力の20ミリ機関砲装備のベルランD型に慣れ親しんでいたから、基本的にはその武装を引き継ぐE1型を運用するつもりだったが、E1もE2も30ミリのモーターカノンを装備しているという点では共通しており、1発の威力よりも弾量を重視する部隊ではE2も運用されている様だった。


 僕たち301Aには、予備機2機を含む、合計8機のベルランE型が配備されている。


 僕らは、相変わらず6機でこの空を飛び続けている。

 メンバーは誰も変わっていない。

 レイチェル大尉に指揮され、ナタリア、ジャック、アビゲイル、ライカ、そして僕の6人のパイロットが部隊に所属している。


 王立空軍における1個戦闘機中隊の定数は12機で、本来であれば、常に12機で出撃できるよう、12という数よりも多いパイロットと機体が配備されることになっている。

 それでも僕たちが6人だけのままなのはどうやら、王立軍の間で「守護天使」として知られ、その存在が民間にも伝わりつつある僕たちをそのままにしておいた方が得策だという思惑が働いているらしい。


 戦争の間、無我夢中で戦っている間に数多くの戦果をあげ、戦争中における僕らの最後の出撃で雷帝を撃墜した僕たちは、いつの間にか王国における英雄となっていた。


 僕たちは誰もそうなることを望んでいたわけでは無かったが、かつて連邦があるパイロットを英雄として祭り上げていた様に、そして、帝国が雷帝という絶対的なエースを擁(よう)していた様に、王国にも英雄が必要とされていた。


 戦争の中で多くを失った僕たちには、希望が必要だった。

 自分たちは大丈夫、もう一度立ち上がって、前に進むことができるという確信を持つことができる、その根拠が必要だった。


 王立軍の将兵の間で「守護天使」と呼ばれていた僕たちは、その、王国民が生きるために必要とした「偶像」として、最適の存在だった。


 僕たちだけが「英雄」として称えられることには、違和感もある。

 王国の平和のため、未来のために命がけで戦ったのは、王立軍の将兵であれば誰でも同じだったし、直接軍務についていなくとも、毎日を必死に生き抜こうとして来た人々と、僕たちは何1つ変わらない。


 それでも、僕たちは王国の英雄とされることを受け入れている。

 それが王国の再興に必要だというのであれば、僕たちは、いくらでも利用されるつもりだ。


※作者注

 グレナディエⅡとグレナディエの関係は、英国のグリフォンエンジンとマーリンエンジンの関係を元にしたエンジンです。

 主翼が武装によって選択できるというのも、スピットファイアを元に取り入れた設定になります。

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