20-29「空」

 僕たちは、今度も雷帝に優位を取られている。

 彼は速度を生かして僕たちの上に位置し、再び、僕たちに攻撃を仕掛けるタイミングを計っている。


 僕たちがこの空にいられる時間は、それほど多くは無い。

 燃料に余裕が無いというだけではなく、危険な積乱雲が成長し、こちらに迫って来ているからだ。


 1年前、まだ僕たちがフィエリテ市を防衛するために防空戦を戦っていた時のことを思い出す。

 僕は、あの時は未熟なパイロットで、雷帝から、ただ逃げ出すしかなかった。


 今だって、僕は雷帝に及ばない。

 戦う覚悟や、意思は彼にだって負けないと思うが、それでも、実力差があることは明らかな事実で、それを認めたうえで、どうやって戦うかを考えなければならない。


 雷帝はカイザー・エクスプレスによる空中補給を成功させることがその任務で、僕たちと戦ったとしても、その勝敗にこだわる必要はない。

 隙を見て僕たちを振り切り、輸送機を援護しに向かってもいいし、僕たちを引きつけるだけ引きつけておいて、離脱してもいい。


 だが、僕たちは、何としてでも彼を倒さなければならない。


 雷帝には多くの選択肢が用意されているのに、僕たちには、ここで彼に挑むという選択肢しか用意されていない。

 例え、彼に対して不利な態勢にあったとしても、僕らは勝負するしかなかった。


 僕たちは、ここで、雷帝と戦うのだ。

 もう、逃げ出したりしない。


 僕たちがとるべき基本的な戦術は、雷帝とその僚機を分断して、各個に撃破する。

 何も変わらないし、ただでさえ手強い雷帝に僚機と連携されてしまっては、僕らの勝ち目は薄い。

 今ある機材と、僕たちの力の限りをつくして、これまでよりもうまくそれをやってのけるしかない。


 雷帝は、常にたった1機しか僚機を引き連れて来なかった。

 それは、彼の操縦について来られるパイロット以外で編隊を組んでも足手まといにしかならず、たった1機だけでもふさわしい技量を持った僚機の方が、雷帝にとって必要だったからだろう。


 実際、彼の僚機は、強かった。

 前に戦った時は、ジャック、アビゲイル、ライカ、僕の4機がかりで、逃がしてしまったこともあるし、追いつめてもトドメを刺すことはできなかった。


 その2人を分断して孤立させることは、簡単なことではない。

 ましてや、雷帝とその僚機は僕たちがそれを狙っているともう知っているから、なおさら難しいだろう。


 僕たちは、大胆な方法を取るしかなかった。


《ハットン中佐! 自分とミーレスで先に突っ込みます! 少し間合いが遠いところから所から撃ち始めるので、敵機が回避運動をしたところを襲ってください! 》

《了解した! 回避運動を強制させて、ドックファイトに引きずり込めばいいんだな!? 》

《はい、中佐! ……そういうわけだ、ミーレス! 腹くくって、あたしについてきな! 》


 レイチェル大尉の作戦は、チキンレースの様なものだった。


 降下しながら迫って来る雷帝とその僚機に対し、真正面から立ち向かって、正面から機関砲を撃ち合う。

 そして、相手が動くまで、僕らは決して、動かない。


 相手が回避運動のために旋回に入れば、そこをハットン中佐とナタリアが襲い、さらに回避運動を強制させて、敵機が持っている速度を失わせる。

 雷帝は僕らを無理に倒す必要が無いから、速度の優位を利用して安全に攻撃と離脱をくり返し、時間を稼ぐつもりでいる様だったが、そうはさせない。

 必ず、速度を失わせて、格闘戦に引きずり込む。


 相手が根負けして回避運動に入ればそれでよし、そうでなければ僕たちは空中衝突してバラバラになってしまうが、なんなら、それでもよかった。

 2機が犠牲になるだけで雷帝を倒せるのなら、安いものだ。


 ……。

 いや、やはり、それではダメだ。

 ライカに、約束を破ったと怒られてしまう。


 僕はレイチェル大尉と隊形を組み、照準器越しに雷帝の姿を睨みつけながら、彼が空中衝突を回避してくれる様に祈った。


《今だ、撃て! 》


 レイチェル大尉の指示で、僕はトリガーを引いた。

 大尉が言っていた通り、少し間合いが遠い距離からの射撃だ。

 命中は期待できないが、相手を回避運動に入らせるための脅しだから、それで十分だ。

 こちらの武装は20ミリ機関砲5門で、まぐれ当たりでも大ダメージになるから、敵も警戒せざるを得ないだろう。


 だが、雷帝は、かわさない。

 ここで回避運動に入れば、僕らの後方に控えているハットン中佐とナタリアに攻撃され、格闘戦に入るしかないということを彼は理解しているのだろう。


 僕たちが撃ち始めるのに少し遅れて、雷帝とその僚機の機首にも、発砲の閃光が生まれた。

 帝国の主力戦闘機であるフェンリルも、ベルランと同じ様にモーターカノンを装備している。その砲弾は20ミリ以上の機関砲で、当たったら終わりだ。

 20ミリ機関砲には散々頼らせてもらって来ているから、その威力はよく知っている。


 雷帝の機体が、大きく見える。

 彼と僕とは正面から接近し、相対速度で優に時速1000キロメートルを超える速度で接近しているから、大きくなってくるのは当たり前だ。

 だが、今の僕には、実際の大きさ以上に、彼の姿が大きく見えていた。


 戦う覚悟は、とうにできている。

 それでも、僕は、彼が怖いのだ。

 彼と戦って、命を失うのが、恐ろしかった。


 それでも、この度胸勝負に勝ったのは、僕たちだった。


 フェンリルにも20ミリ機関砲が装備されていたが、それはモーターカノンの1門だけでしかない。

 それに対して、僕らのベルランが装備している20ミリ機関砲は、5門もあった。

 正面からの撃ち合いでは、単純な計算で僕たちの方が火力はずっと上だ。


 雷帝とその僚機が機首を上げ、急上昇をして回避運動に入っていく。


《ハッハァ! やったぞ! 》

「いよォし! 」


 レイチェル大尉が快哉(かいさい)を叫び、僕も思わず叫んでいた。


 空中衝突してバラバラにならなかったということももちろん嬉しかったのだが、これで、雷帝を格闘戦に引きずり込むことができる。


 そして、何よりも、ライカとの約束を破らずに済んだことが嬉しかった。


 僕はレイチェル大尉が右旋回するのに従って旋回しながら、雷帝たちの方を見上げて、ハットン中佐とナタリアが2機に襲いかかる姿を目にした。


 ハットン中佐とナタリアの機体から放たれた曳光弾の軌跡は雷帝とその僚機を捉えることはできなかったが、それでも、彼らにさらなる回避運動を強制させることに成功する。


 雷帝は、その速度を失った。

 彼はもう、僕たちを超越した、この空の支配者などでは無い。

 僕たちの手の届くところにいる、1人のパイロットだった。


《ミーレス、行くぞ! あたしがチャンスを作ってやる、だから雷帝を確実に仕留めろ! 》

《はい、大尉! 》


 僕はレイチェル大尉からの激励に応え、大尉と一緒に、雷帝へ機首を向けた。


 すでに、雷帝とその僚機は、ハットン中佐とナタリアとドックファイトに入っている。

 ベルランD型は、格闘戦はそれほど得意な機体では無かったが、帝国のフェンリルも機体の開発コンセプトは似た様なものであるらしく、僕たちの機体と旋回性能はほとんど互角である様だった。


 互いに互いの背後を取り合い、攻撃位置につこうとし、あるいはそれを振り払おうとし、目まぐるしく機体の位置を変えながら、王国の空を戦闘機が舞っている。


 機体と、自分自身の技術の限りを尽くし、戦っている。

 それぞれの想いを、決意を乗せて、翼が大気を切り裂き、エンジンが唸(うな)り、機関砲が咆哮(ほうこう)する。


 それは、この空に生まれた、戦争という残酷な時代の中にだけ成立する、生命(いのち)が眩(まばゆ)い輝きを放つ瞬間だった。

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