20-18「新たな剣(つるぎ)」
雷帝に、僕たちの力は及ばない。
彼と同じスタートラインに立ち、彼と対等に勝負するためにはどうにかして彼の必殺技を打ち破らなければならないが、その段階にたどり着くためには、あと一押し、何かが必要だ。
その一押しを作るために、僕たち301Aは特別仕様の機体を作ることになった。
戦闘機の強さを決める要素は2つあるが、パイロットである僕たちの能力を雷帝に完全に並ばせることが難しい以上、後は機体性能を底上げして、機体の性能で優位に立つ以外に方法はない。
自分の実力が、雷帝に及ばない。
それを認めることはいつも悔しいことだったが、僕たちはそれを認め、正面から受け止めるしかない。
雷帝と戦った時、僕たちは完敗してしまったのだから。
幸い、僕たちの部隊には、ベルランの専門家がいた。
カイザーこと、整備班のフリードリヒだ。
彼が僕らの部隊にやって来たのは、彼が元々新鋭機であるベルランの開発に関わって来た技術者の1人で、誰よりも機体について熟知しており、僕たちにその貴重な知識と技術を伝えるためだった。
また、ベルランの設計には彼の父も関わっているから、王国中でもっともベルランという機体に詳しい人物の1人だと言っていい。
機体の修復のために忙しく働いていたカイザーに何とか時間を取ってもらい、現状のベルランにどんな改良が可能か、僕たちは詳しく話し合った。
カイザーは何度も改修がくり返されたベルランの試作機に関わって来た経験から、機体にどんな加工が可能か、いくつかアイデアを考えだしてくれた。
まず出されたアイデアは、機体の塗装を全て削り取ってしまうことだった。
そうして、剥(む)き出しになった機体の表面を丁寧に磨(みが)けば、空気抵抗が減少し、若干だが速度が向上することになる。
それに加えて、機体表面の凹凸を無くすため、機体全体にパテ盛りと研磨を施すことが提案された。
ベルランの主翼前縁は元々特殊な構造で、パテ盛りと研磨が施され平滑(へいかつ)に仕上げられていたが、それを機体全体にまで拡大すれば単純に空気抵抗が大きく減少し、速度がさらに増す。
機体表面には部材の継ぎ目や整備用のハッチなど、意外と凹凸や隙間があるし、沈頭鋲を使っていても、特殊な工作法と沈頭鋲を使っている主翼前縁以外には製造工程で若干の波ができて機体表面にデコボコができてしまうのだが、それを全て平らにしてしまう。
手間のかかる大変な作業だが、実行すれば大きな効果が期待できる。
何故なら、ベルランの試作機で最大速度700キロメートル以上を達成した時、同様の処理を機体に施し効果があったからだ。
手を入れるのは機体だけではなく、戦闘機に命を与えるエンジンも改造される。
ベルランD型が装備しているエンジン、グレナディエM31は、それまでのエンジンに手を加え、シリンダーの大きさそのものは変更せず、その内径を削ることで排気量を増大し出力を強化している、いわばすでにチューンされたエンジンなのだが、そこにさらに手を加えるというのだ。
もっとも、鷹の巣穴には工場にある様な工作機械などは無かったから、できる改造は限られてくる。
ギア比なども大きくはいじれないから、エンジンからプロペラに動力を伝える際のギアの減速比や、過給機の性能などはあまり変えられない。
工場であればそういったこともできるのだが、前線でできることはどうしても限られてしまう。
まず手を付けたのは燃料系で、エンジンに送り込む燃料の濃さを増すことだった。
一度にシリンダー内で燃焼させることができる燃料の量を増やせば、それだけエンジンのパワーがあがる。
だが、このためには、過給機の能力が不足してしまう。
燃料をたくさん燃やすためにはその分多くの酸素が必要で、現在の過給機の性能では十分な空気を送り込むことができないのだ。
カイザーはこの問題を解決するために、過給機の空気取り込みのルートに細工を施し、酸素ボンベから酸素を直接供給させることにした。
これは、高高度飛行中などに酸素マスクからパイロットに酸素を提供するための酸素ボンベなどを改造して吸気系統に新たに接続し、過給機に取り込まれる空気の酸素濃度を濃くしてしまおうという作戦だった。
こうすることで、過給機から供給される空気の密度は変えられずとも酸素の割合を多くすることができ、燃料をより濃くしてもそれを燃やしてパワーに変えることができるようになる。
対雷帝用の機体の製作に当たっては、嬉しい援助もあった。
ハットン中佐が軍とかけあってくれた結果、王国では貴重な高品質燃料、100オクタン燃料が入手できたのだ。
王国はこれまでの戦いで備蓄していた100オクタン燃料の大半を使い果たしてしまっていたのだが、わずかに残っていたものがあり、雷帝を倒すために使えることになったのだ。
その量は、4機のベルランが燃料を満載にして10回飛べるほどの量でしかなかったが、これの使用を前提として、燃料をさらに濃くして供給することが可能となり、燃焼効率も良くなるので、その分出力がさらに向上することになった。
最終的に、改造されたグレナディエM31は、最大1800馬力のところを、100オクタン燃料と水メタノール噴射の併用を前提として、最大2300馬力までに強化されることになった。
試験飛行をしてみないと正確なところは分からなかったが、改造後のベルランは、最大速度700キロメートルを優に超える性能となるはずだった。
もっとも、エンジンに相当負荷をかけることになるため、カイザーによると全力運転できるのはせいぜい5分程度になるという。
それ以上全力運転すると、エンジンブローが起きる恐れがある。
これは一般的な空戦の時間として考えられている30分からすればほんの一瞬の様な時間だったが、雷帝に勝てるチャンスが得られるというのなら、それで十分だった。
整備班は機体の修復作業で疲れているはずだったが、改造の方針が決まると、続けて改造作業も開始した。
格納庫の中に電動工具の作動する音が反響して響き渡り、僕たちの機体が、みるみる内に作り変えられていく。
僕たちの機体の塗装は、機首上面に施された防眩塗装と国籍章、部隊章以外は全て剥(は)ぎ取られ、ジュラルミンが剥(む)き出しの銀色になった。
その表面は丁寧に研磨され、近づくと鏡の様に顔が映って見えるくらいだ。
ただし、僕たちの部隊に残された4機の機体の内、機体全体にパテ盛りをし、エンジンまで改造を施すのは、1機だけとなった。
これは、改造に要する時間と、機材の余裕を見た都合だ。
帝国軍はフィエリテ市に包囲されている帝国軍を王国の包囲から救い出すための増援部隊を着々と用意し、反撃の準備を完了しつつある。
王国がAiguille d’abeille作戦に失敗し、この戦争における勝利、すなわち王国に平和を取り戻すという望みを失うタイムリミットが迫って来ており、時間をじっくりかけて機体を改造している余裕はなかった。
塗装を剥(は)がれ銀色になったベルランは、これはこれで美しい機体だったが、中でも機体表面の全体にパテ盛りと研磨を施し、ありとあらゆる凹凸を無くした機体は、見ただけで速そうだと思わされる出来栄えだった。
何と言うか、映画などで見たことのある、宇宙人などが乗って来る宇宙船の様な雰囲気があった。
改造されたエンジンの試運転も行われ、対雷帝用に改造されたベルランは、その力強い咆哮(ほうこう)をあげた。
カイザーが指摘していた通り長時間の全力発揮は難しいが、この機体さえあれば、雷帝と戦うこともできる。そう思わせてくれるだけの迫力があった。
これが、僕たちの新しい剣(つるぎ)だ。
雷帝を倒すためだけに研ぎ澄まされた、4機の戦闘機。
雷帝を打ち倒せるだけの力を与えられた1機を、他の3機で支援し、僕たちは雷帝と決着をつけるために戦う。
そうして、彼に勝利し、この戦争を終わらせる。
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