20-19「決戦部隊」

 雷帝と戦うために、僕たちは新たな力を手にした。

 改造を施された4機のベルランは、テスト飛行によって性能が向上していることが確認された。

 中でも、エンジンにチューンアップを施し、パテ盛りと研磨を実施する範囲を機体全体にまで拡大した1機は、燃料を過剰に供給しない通常のモードでも水平最大速度で時速700キロメートル以上を余裕で発揮できると分かり、雷帝が搭乗する帝国の主力戦闘機、「フェンリル」に対して、速度優位を期待できるまでになっていた。


 テスト飛行を行ったレイチェル大尉は、とても上機嫌だった。

 これなら、雷帝と戦える。

 彼に勝てる。

 そんな感触をつかむことができたのだろう。


 テスト飛行にはハットン中佐も参加し、その高速に満足している様だった。

 ハットン中佐自らが改造したベルランに乗って雷帝と戦うわけではないのだろうが、部下を死地へと送り込む以上、その命を預けることになる機体の状態を、ハットン中佐自身で確かめておきたかったのだろう。


 無理やり高出力を発揮させているためにエンジンを全力運転できる時間は限られてしまうが、そのわずかな時間の間だけでも、僕らは雷帝と対等以上の条件で戦える様になった。

 パイロットの技量が及ばなくても、それを、機体の性能が補ってくれる。

 たった1機でも、雷帝と戦って、勝てるかもしれないという機体ができあがったことは、僕らにとって大きな希望だった。


 雷帝に、及ばない。

 それを認めてしまうことは、1人のパイロットとしてはやはり、悔しいことだった。


 だが、僕たちはすでに、カルロス曹長を失っている。

 これ以上は、誰も、何も失いたくはなかった。


 雷帝に勝利し、王国に平和を取り戻す。

 そのためであれば、僕たちはどんな屈辱(くつじょく)にも耐え、取れる手段は全て実行するつもりだ。


 整備班が用意してくれた4機の改造機を有する僕たち301Aは、雷帝を撃墜するための、決戦部隊という役割を与えられていた。


 僕たちは雷帝との戦いで完敗してしまったが、それでも王国でもっとも高練度を有する飛行隊だ。


 もっともっと、たくさんの機体で勝負できれば、その方が理想的だ。

 だが、雷帝を倒すために準備出来た特別機の数は少なく、そして、その機体に最良のパイロットを乗せなければ、彼に勝つことは難しい。


 僕ら301Aは、守護天使などと呼ばれ、王国中でもっとも優れたパイロットたちがいる集団として認知される様になっていた。

 僕自身は、僕よりも上の人が何人もいることを知っているが、それでも、雷帝を倒すという重要な役割を果たせるのは僕たちしかいない、そういうことになっている。


 息苦しくなるほど荷が重い役割だったが、それでも、僕はもう、弱音を吐いたりしない。


 雷帝を倒し、今生き残っている全員で、平和になった王国の空を、思う存分に飛ぶんだ。


 改造機が完成し、その性能が満足のいくものだと確認されると、これまで中止されていたDéraillement作戦が再開されることも決まった。


 帝国の反撃が開始されまでには、あと、2週間以上は時間が残されているはずだったが、すでに、それだけの時間があろうと関係なくなってしまった。

 改造機を有する僕たちが雷帝を撃墜することができなければ、帝国が反撃を開始するまでいくら時間が残っていようと、王国の敗北は確定してしまう。

 僕たちが雷帝を倒せるかどうかで、全てが決まるのだ。


 Déraillement作戦は、これまで通り、2つのグループに分かれて実施される。

 だが、これまでと異なっているのは、その2つのグループの出撃のどちらにも、僕ら301Aが参加するということだった。


 僕たちは2つのグループが出撃する間中、雷帝が出現すれば必ず僕らで対応することができる様に、フィエリテ市の南側の空域で待機し続けることになる。


 当然、ベルランの航続距離では、それだけの時間、空中に留まっていることはできない。

 この点を解決するため、僕らの機体には、操縦席後方の胴体内に存在する貨物スペースなどを利用して臨時の燃料タンクが追加されることになった。


 この臨時タンクは、機体の構造上の問題で直接エンジンへ燃料を供給することのできない簡易的なものであり、落下式の増槽を一度経由して燃料を供給するというものだった。

 実質的に、落下式の増槽の燃料搭載量を増やすという改造だ。


 軍用機の戦闘行動半径というものは、一般的に、機体そのものにどれだけの燃料を搭載できるかということで決定される。

 これは、いくら増槽で燃料を増やしても、空中戦をするために切り離してしまえば後は機内に残されている燃料だけで飛行しなければならないからだ。


 増槽を装着したまま空中戦を行うことができれば、増槽を増やしたら増やしただけ戦闘行動半径を延ばすこともできるのだが、それでは、空中戦時における機体の性能が大きく低下してしまう。

 機体の性能が低下しても敵機に対して十分な優位があるのならそれでもいいのだが、雷帝を相手にする以上、僕らにそんなことをする余裕はなかった。


 だから、操縦席後方に設けた臨時の燃料タンクから、落下式の増槽を経由して燃料を供給するというこの方式では、僕らの機体の戦闘行動半径は少しも延びない。

 だが、その戦闘行動半径の範囲内であれば、滞空時間を延ばすことはできる。


 2つの戦闘機グループが出撃する間僕らが空中にあり続け、必ず雷帝との決戦部隊である僕らが戦うことができる様にするためには、この、滞空時間さえあれば良かった。


 増設される燃料タンクには防弾装置も消火装置も何も用意されなかったが、落下式の増槽を投棄した場合、そこを経由してしかエンジンに燃料を供給できない簡易構造とされた臨時タンクからは自動的に燃料が捨てられる形になっているから、空中戦時に機体に与える影響は、タンクそのものの分の重量増加だけにとどまり、機体性能への影響は最小限度になる様にされている。


 臨時タンクに燃料が残っている状態で落下式増槽を投棄すると、そこに接続されていたパイプから臨時タンク内に残っていた燃料が勝手に垂れ流しとなる。

 臨時タンクには防弾装備が何も無く、また、そこに燃料が残ったままだと機体の重量バランスが崩れてしまうため、こういう仕組みにされている。


増槽を切り離し、燃料をドバドバ垂れ流しながら飛行する様子は「何だかオモラシしながら飛んでいるみたいデスねー」とナタリアが言った様に、少々不格好だ。

 それでも、雷帝と戦うためにはそうしなければならないのだから、どんなに不格好に見えても、それを拒むつもりは誰にも無かった。


 格好が悪くてもいい。

 ただ、雷帝に勝つことができれば、それでいい。


 僕たち301Aが2つのどちらのグループの出撃にも同行するという変更点の他にも、出撃時には現有戦力でできる限りの改善が行われた。


 敵の護衛機に義勇戦闘機連隊のベルラン装備の戦闘機中隊が、輸送機にエメロードⅡ装備の戦闘機中隊が当たるという大筋は変わらないが、これを、2分割された301Cが援護することになった。

 カイザー・エクスプレスに同行する帝国の護衛機は常に20機を上回る様になっており、義勇戦闘機連隊の戦闘機中隊1つだけで引きつけるには、荷が重くなっているからだ。


 まず、これまで通りに義勇戦闘機連隊のベルラン装備の中隊が敵の護衛機に突っ込み、次いで301Cが後から突っ込んで、帝国の護衛機を対戦闘機の戦いで手一杯とする。

 そして、エメロードⅡ装備の中隊が輸送機に襲いかかっていく。


 僕らが雷帝を倒すことさえできれば、彼らは敵の護衛機を抑え込み、きっと、帝国の輸送機部隊に大打撃を与えてくれるはずだ。


 もっとも、改良した、と言っても、この程度のことでしかない。

 作戦に参加する兵力が増強されない限り、根本的な部分は、何も変えられない。


 王立軍の兵力不足は、少しも改善されていなかった。

 フィエリテ市で戦っている王立軍の地上部隊からはひっきりなしに航空支援の要請が届けられており、王立空軍はその支援に全力をあげている。

 Déraillement作戦のためにより多くの戦闘機を割くことが理想だったが、王立空軍にはその余力が無かった。


 重砲などのための砲弾が枯渇(こかつ)し、王立陸軍が自力では十分な火力支援が行えなくなってしまっているため、航空支援に頼るしかない状況になってしまっているからだ。

 帝国軍の上陸作戦を阻止するために多くの爆撃機を失ってしまったことが、ずっと戦況に響いている。


 状況は、少しも良くならず、それどころか悪化し続けている。


 それでも、僕たちは今あるもので勝負する他はない。

 いつだって、そうだった。

 だが、状況が悪化しているからと言って諦(あきら)めるつもりなんて、希望を捨てるつもりなんて、僕らには無かった。


 僕たちは、ここで生きている。

 生きて、やりたいことがあるのだ。

 死んでしまった人たちの分も、僕たちは精一杯に生きて、その想いを僕たちと一緒に「生かし続け」なくてはならない。


 Déraillement作戦を再開するのに当たり、作戦の改良点についてハットン中佐から説明を受けた後、雷帝と戦うための決戦部隊として、誰が出撃するのかが発表された。

 用意できたベルランの改造機は4機だったから、選ばれたパイロットも4人だ。


 それは、レイチェル大尉と、ナタリア、僕。

 そして、ハットン中佐自身だった。

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