20-10「急上昇」

 カルロス曹長の機体は僕らの編隊の中から抜け出して、雷帝と、その僚機の前に躍り出た。

 それは、一見すると勝負を焦って雷帝に向かって来た様に見え、誰がどう見ても、絶好の的としか思えない様な状態だった。


 だが、カルロス曹長に食いついたのは、雷帝の僚機、ただ1機だけだった。

 雷帝はどうやらカルロス曹長が囮だと気がついていた様子だったが、その僚機はそれを知ってか知らずか、目の前に飛び出して来た絶好の獲物へと食らいついた。


 雷帝の僚機は編隊を崩し、針路を変えて、カルロス曹長の機体へと向かっていく。

 カルロス曹長もそれを受けて立つ様な素振りを見せたが、それはあくまで演技で、雷帝の僚機が射撃を開始したその瞬間、即座に回避運動に入って攻撃をかわした。


 雷帝は、カルロス曹長との空戦に入った僚機をカバーする位置につこうとしている。

 恐らく彼の僚機の動きは雷帝にとって想定外のものだったのだろうが、雷帝はそれでも僚機を見限ることなく、援護する様だった。


 その間に、僕たちは直線飛行に入り、機体を加速させた。

 エンジンを全開で回し、とにかく、速度をつける。


 カルロス曹長が捨て身で作り出したこのチャンスを、僕たちは最大限に生かさなければならなかった。

 曹長が時間を稼いでいる間に雷帝に振り切られないだけの速度をつけ、彼を格闘戦へと引きずり込み、多勢の威力を最大限に発揮し、そして、雷帝を倒す。


 雷帝を倒して、この戦争を終わらせる!


 僕たちが速度をつけるまでの間、カルロス曹長はたった1人で戦い続けることになった。

 数の有利が無い上に、誰からも援護を受けることのできないその状況は、パイロットにとっては最悪のものだ。

 常に周囲を自分1人で見続けなければならないし、何よりも、相手が上手く連携を取ってくる場合は、一瞬も反撃のチャンスは得られない。

 相手に王手をかけられている様な状況だった。


 だが、カルロス曹長は粘った。

 曹長は機体を巧みに操り、くり返される敵機からの攻撃を回避し、僕たちが速度をつけて戻って来るまでの間、1人で耐えきったのだ。


 カルロス曹長は、常にレイチェル大尉の2番機としてその脇を固めてきた、正直に言って華のないポジションをストイックに淡々と、そして完璧にこなし続けて来た人だった。

 だが、それは、曹長の卓越した操縦技術に裏打ちされた、彼にしかできない仕事だった。


 僕は、曹長の腕前に、ただただ、感心し、尊敬するしかなかった。


《よォし、301A全機、突撃だ! カルロス曹長が作ったチャンス、無駄にするな! 》

》》》


 僕たちはレイチェル大尉の言葉に答え、雷帝とその僚機へ向かって行く。


 僕たちは、十分な速度を得ていた。

 雷帝はもう僕たちを振り切って自由に飛ぶことができないし、僕たちは彼に食らいついて、もう、絶対に離されないつもりだ。


 僕たちは、とうとう、雷帝をドッグファイトへと引きずり込んだ!

 後は、数の有利を生かして、彼を徹底的に追い込み、袋叩きにするだけだ!


 雷帝は僕たちの動きをよく読み、僕たちの攻撃をかわし続けた。

 だが、僕たちには、彼を追い込んでいるという感触があった。

 何故なら、僕たちは雷帝に射撃するチャンスを与えず、一方的に攻撃することができているからだ。


 勝てる!

 このままいけば、間違いなく、勝てる!


 乱戦の中で、それでも、雷帝とその僚機は十分に力を発揮し、お互いがお互いの背後を守って、粘り強く戦った。

 7対2という状況の中でこれだけ戦えるのは、その2機のパイロットの技量の高さを示す何よりの証拠だったが、僕たちも、彼らをこれ以上逃がすつもりは無かった。


 僕は、ジャックとアビゲイルからの射撃をかわした瞬間、雷帝の僚機が見せた隙を見逃さなかった。

 回避運動の結果、偶然敵機が僕の照準の中に飛び込んで来たのに合わせ、僕はトリガーを思い切り引いて、ベルランの5門の20ミリ機関砲を一斉に発射する。


 狙いは、正直に言うと甘いものだったが、それでも、5門の機関砲から放たれる密度の高い射撃は、雷帝の僚機を捉えた。

 僕の射撃は敵機を操縦席後方の胴体から尾翼にかけて捉え、5、6発は命中弾を与え、その尾翼の一部を吹き飛ばした。


 残念ながらそれで撃墜することはできなかったが、だが、これで敵機の運動性はかなり鈍るはずだった。

 もう、これまでの様に僕たちの攻撃をかわすのは難しくなる。僕たちと彼らの速度はほとんど並んでいるから、あの機はもう逃げることもできないはずだ。


 被弾した雷帝の僚機は、それでも、しばらくの間は雷帝と共に戦い続けようとしている様子だったが、やがて、急降下に入った。

 損傷を受けてこれ以上の交戦は難しいと判断し、離脱するつもりの様だった。


 逃がすものか!

 ここであの1機を確実に撃墜して、雷帝を孤立させ、今度こそ彼を撃墜する!


 僕は機体を180度ロールさせると、操縦桿を手前に引き、離脱しようとするその機を追った。


 敵機は、高度を速度に変えながら、真っ直ぐに逃げて行く。

 だが、速度性能でベルランにはかなわない様だった。僕の機体は徐々に追いつき、敵機が有効射程に入る。


《ミーレス、回避して! 》


 ライカからの警告を聞いたのは、僕が照準をつけ終わり、トリガーを引こうとした瞬間だった。


 僕は以前、ライカからの指示を聞き逃して撃墜されるという事態を経験している。

 だからもう、彼女からの指示を決して聞き逃さないと決めている。


 僕は状況を飲み込めなかったが、言われた通り、すぐに回避運動に入った。

 すると、つい一瞬前まで僕がいた辺りを、曳光弾の軌跡が貫いて行った。


 状況を理解した僕は、驚かずにはいられなかった。

 雷帝が、僕の攻撃から僚機を救うために、僕を追いかけて来ていたのだ。


 雷帝の攻撃をギリギリで回避した僕は、雷帝が機首を引き起こし、急上昇に転じるのと、それを追って301Aの他の機体が次々と急上昇に入って行くのを見ることができた。


 僕も、他の仲間たちに続いて、雷帝を追う。

 もう少しで撃墜できるところまで追い詰めたもう1機の敵を見逃すのは惜しかったが、その機はすでに降下した勢いを利用してかなりの距離を取ってしまっており、今から追いかけたのでは追いつけないはずだった。


 ならば、優先するべきは、雷帝だ。

 彼を撃墜することさえできれば、今日はできなくとも、次の攻撃で、帝国の輸送機部隊に大打撃を与えることが可能になる。

 それを実施するのが僕らにしろ、Déraillement作戦に参加しているもう1つのグループにしろ、とにかく、王国の勝利につながるものになる。


 雷帝はその僚機を失って、たった1機、この空に孤立した。

 こんなチャンスは、もう、得られないだろう。


 カルロス曹長が言っていた通りだった!

 雷帝は絶対無敵の存在ではなく、僕らの手が届く存在だった!


 待ちに待ったチャンスが、僕たちの手の中にある!


 雷帝は、数で勝る僕たちから逃げるために、雲の中へと突っ込もうとしている様だった。

 雲の近くは気流が乱れていて接近し過ぎるのは危険なはずだったが、雷帝がそうしなければならなくなるほど、僕たちが彼を追い詰めているということだった。


 雷帝の機体は、しかし、雲に突入する寸前で、何かに弾かれた様に急上昇に入って行った。

 やはり、雲の近くは気流が乱れているらしい。その強い風の流れによって、雷帝でさえ操縦桿をとられた様だった。


 僕たちは、彼を全速力で追った。


 もう少し。

 もう少しで、彼を射程に捉えることができる!


 この戦争を、終わらせることができる!

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