第20話:「空」
20-1「選択肢」
個々の局地的な戦闘であればあり得ることだったが、たった2機の戦闘機で、戦争全体の局面を変えることなど、不可能だ。
いや、不可能だったと、過去形で言うべきだろうか。
雷帝と、そのたった1機の僚機は、それをやってのけた。
王国は、その存立と、戦争状態からの脱却を賭け、その総力をあげて今回の反攻作戦、Aiguille d’abeilleを開始した。
作戦は、うまく行っている様に見えた。
僕たちはフィエリテ市周辺の帝国軍に対して航空撃滅戦を成功させ、航空優勢を確保し、そして、20万名もの帝国軍をフィエリテ市に包囲することに成功した。
帝国は包囲された友軍のために空中補給を開始し、王国はその兵力不足、弾薬不足から苦戦を強いられる様になり、その前進速度は大きく鈍った。
だが、それでも、僕らにはまだ勝ち目があるはずだった。
あと少し。
もう少しで、勝利に手が届く。
僕たちはそう信じながら、苦しい戦いを必死になって戦ってきた。
だが、雷帝が現れたことで、僕らの手に届きそうなところにあった勝利は、大きく遠のいてしまった。
帝国の空中補給を現在の戦力で阻止できる見込みは、限りなくゼロへと近づいた。
帝国軍が後方で増援を組織して王国に反撃を開始するまでの間に、フィエリテ市の帝国軍を制圧することができなければ、この戦争における王国の敗北が決定的となってしまう。
帝国軍の増援と、フィエリテ市の帝国軍。その双方に挟み撃ちされてしまえば、とても耐えることなどできない。
僕らは、それでも、雄々しく、勇ましく戦うだろう。
王国が一切の抵抗力を失うその瞬間まで、僕らにとっての故郷であり、僕たちが僕たち自身として生きていくことのできる場所、大切な人々のいる場所を、守ろうとするだろう。
だが、その先には、王国の消滅と、帝国による王国の占領という結末が待っている。
僕らは帝国の強制の下、この第4次大陸戦争を戦い続けることとなって、全てを戦火の中で失っていくことになるだろう。
それを僕らがどんなに拒否しようと、王国と帝国との力の差は歴然としていて、その事実は動かすことができない。
Aiguille d’abeille作戦が成功させること。
それが、王国にとっての、僕らにとっての、ただ1つの勝算だった。
連邦との戦いで弱体化している帝国軍を攻略し、一時的に連邦軍も帝国軍も王国からほとんどいなくなるという状況を作り出し、連邦と帝国が、王国から手を引くきっかけとする。
王国が独力で連邦と帝国へと攻め込み、降伏させることなどできるはずがない以上、それだけが、たった1つの希望だった。
形にできるはずだったその希望は、雷帝とその僚機、たった2機によって脅(おびや)かされている。
僕たちは帝国の空中補給、カイザー・エクスプレスを阻止するために、第1戦闘機連隊と義勇戦闘機連隊、合計で7個の戦闘機中隊によって、Déraillement作戦を実施した。
空中補給は、フィエリテ市に包囲されながらもなおも抵抗を続けている帝国軍にとって、その戦意を支える精神的なよりどころとなっている。
僕たちの手でそれを阻止することさえできれば、帝国軍の士気は失われ、僕らは帝国が大規模な反撃作戦を開始するより前にフィエリテ市を奪還し、連邦と帝国との間に強固な緩衝(かんしょう)地帯を作り出せるはずだった。
そして、連邦と帝国の双方を、王国から撤退させることも、できたはずだ。
だが、雷帝が現れ、301Bという貴重な戦力を失ったことによって、僕たちはDéraillement作戦を全面的に見直さなければならなくなった。
これまでのやり方を続ければ、雷帝の存在によって作戦目標である輸送機の撃墜を実現できないばかりではなく、被害が増していくだけだ。
だが、雷帝に対抗するために戦力を集中運用すれば、今度は十分な警戒網を構築することができなくなり、いつ飛んで来るのか正確な予想のできないカイザー・エクスプレスを迎撃することが難しくなる。
根本的に、兵力が足りていない。
フィエリテ市ではなおも抵抗を止めない帝国軍と王立軍との間で激しい市街戦が続いており、王国は友軍の被害を最小限にとどめたまま戦うため、1機でも多くの爆装能力を持った機体を必要としている。
僕らが雷帝に対して十分な戦力を整えて挑むためには、爆装して航空支援に飛び立っている戦闘機部隊を少しでも多く引き抜き、カイザー・エクスプレスの迎撃に参加してもらう必要があるのだが、王国の苦しい兵力事情が、それを許さなかった。
ハットン中佐は、義勇戦闘機連隊の連隊長と連名で上層部に増援要請を出したのだが、上層部の反応は消極的なものだった。
フィエリテ市に籠もる帝国軍を早期に降伏させるためには、現在も続けられている市街戦を停止させることは難しく、そして、その市街戦のためにも、多くの機体が必要とされている。
僕らの選択肢は、限られていた。
増援が得られるまで、Déraillement作戦を中止し、帝国が空中補給を継続するのを黙って見ているか。
それとも、僕らだけで作戦を強行し、どうにかして雷帝を倒し、帝国の輸送機部隊に大損害を与えるか。
作戦を強行しても、成功する見込みは小さい。
雷帝を倒すためにはある程度戦力としてまとまった状態で出撃する必要があり、そうするとフィエリテ市の上空に戦闘機部隊を派遣していられる時間が減って、会敵する確率が小さくなってしまう。
しかも、雷帝という、恐らくはこの大陸でもっとも強いパイロットを倒さなければならないのだ。
カイザー・エクスプレスには、輸送機の護衛として雷帝以外の戦闘機もついているから、作戦を強行する場合、少なくとも1回の出撃に3個の戦闘機中隊が必要だった。
Déraillement作戦に参加している飛行中隊は、現在6個ある。
そのうち、空中戦能力に相対的に優れるベルランD型を装備している飛行中隊は4つで、あとの2つはエメロードⅡC型を装備した飛行中隊だった。
これを組み合わせ、ベルラン装備の2個飛行中隊とエメロードⅡ装備の飛行中隊で出撃を行い、ベルラン装備の飛行中隊のどちらかが雷帝と戦い、もう1隊で敵のその他の護衛戦闘機部隊を抑え、そして残るエメロードⅡ装備の飛行中隊で輸送機を攻撃するというのが、今望める中でもっとも理想的な形だった。
もし、これ以下の戦力で出撃すると、雷帝をはじめとする敵の戦闘機部隊への対応で手いっぱいとなってしまって、肝心の輸送機には一切、手が出せなくなってしまうかもしれない。
僕たちが全員、雷帝並みの技量の持ち主だったらもっと少数でも何の問題も無かったのだろうが、悔しいが、僕たちの実力は雷帝に及ばない。
優勢な敵と戦っているところを襲われたとはいえ、301Bが手も足も出せずに全滅してしまったのだ。
雷帝と戦うことになっても、僕らは全ての力をつくして戦い抜くという気持ちだったが、気持ちだけで戦争を生きのびることは難しい。
ここぞというところで、個々人の気持ちの強さが結果に影響するということはあり得ることだったが、それは、双方の実力がほとんど拮抗している様な状況で起こり得ることで、僕たちと雷帝の様に、明らかに差がある場合には通用しない理屈だ。
僕たちなら勝てる、そう言いたいところだったが、戦闘機という最新の技術で作られた兵器で戦っている以上、安易な精神論を口にする様な気分にはとてもなれない。
とにかく、雷帝が加わった帝国軍に対抗するためには、最低3つの戦闘機中隊が必要だ。
そうなると、現在のDéraillement作戦参加機だけでは、2つの出撃部隊を作るので精一杯になってしまう。
これでは、フィエリテ市の上空で迎撃態勢を敷いていられるのは一日に数時間といったところで、帝国のカイザー・エクスプレスと会敵できる可能性は小さなものとなってしまう。
それでも、王国に兵力が不足しており、増援が望めない以上、僕たちだけでやるしかなかった。
ハットン中佐は義勇戦闘機連隊の連隊長と協議の末、双方の指揮下にある戦闘機中隊をハットン中佐の指揮下に一元化し、第1戦闘機大隊と義勇戦闘機連隊という部隊の垣根を越えて、柔軟に戦闘機中隊を運用できる態勢を構築した。
6つの戦闘機中隊は2つのグループに分けられ、ベルラン装備の飛行中隊2個と、エメロードⅡ装備の飛行中隊1個という戦力が1つのグループとして戦うことが決められた。
会敵できる可能性が小さくなるというリスクを承知した上での編成だった。
敵機を捕捉できても、数が少なければ攻撃の成功など望めないのだから、こうするより他はない。
王国の兵力不足は今に始まったことでは無いし、それを恨んでも仕方の無いことだ。
増援をしてくれない上層部を恨む気持ちは間違いなく僕の中にもあったが、彼らは僕たちを苦しめるために増援を出さないのではなく、増援をしたくても出せないという状況なのだから、この状況は受け入れるしかない。
僕に、1人の戦闘機パイロットにできることは、ただ、空を飛んで、敵と戦うだけだ。
状況がどんなに悪くても、その中でどうやって戦い、勝利をつかむか。それを考えるのが、僕たちにできること、やらなければならないことだった。
雷帝と戦うのは、正直言って、怖い。
それでも、僕は、王国に平和を取り戻すために、彼とだって戦う。
そして、きっと、生きのびて見せるつもりだ。
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