19-6「50%」
友軍爆撃機の内、半数が帰って来なかった。
カルロス軍曹が教えてくれたその事実は、僕にとっては、王立軍があげた大戦果よりも、よほど衝撃的なものだった。
昨日、帝国艦隊を攻撃するために、300機近くの王立空軍の爆撃機が飛び立った。
その、半数。
150機もの機体が、帰って来ることができなかったというのだ。
爆撃機部隊が受けた損害により、王立空軍が有している攻撃力は半減してしまった。
それも、たった1回の戦いの結果だ。
これでは、帝国軍に追撃をかけることも難しいし、敵に対して反復攻撃をかけることはできないと思った方が良い。
戦闘機部隊も、爆撃機部隊と比べれば少ないが、50機以上の未帰還機を出していた。
これは、開戦当初に地上撃破された機体を除けば、1日の戦いで記録した損耗の中で最大のものだった。
これによって戦闘機部隊が活動停止を余儀なくされるということは無いはずだったが、それでも、少なくない影響が出るはずだ。
王立空軍は、ここ数カ月をかけて再建してきた戦力の多くを、一度に失ってしまったのだ。
それだけでも基地が静かだった理由としては十分だったが、戦いに参加したのは王立空軍だけではなく、王立海軍も戦っている。
こちらも、受けた損害は小さくなかった。
王立海軍は夜の間にオリヴィエ海峡を抜け、王立空軍による攻撃に呼応して帝国艦隊へと突入し、数時間に渡って水上砲撃戦を戦ったが、その過程で、主要な艦艇だけでも戦艦2隻、重巡洋艦1隻を喪失している。
沈んだ戦艦は両方とも旧式の戦艦で、1隻は砲撃戦で、もう1隻はオリヴィエ海峡を抜ける際に帝国の潜水艦から魚雷攻撃を受けて、帝国艦隊に突入する前に沈没してしまったということだった。
もしかすると、ウヴリエ ド フェールが沈めた帝国軍の潜水艦による戦果だったのかもしれない。
ただ、王立空軍と同じ様に王立海軍も被害を受けつつ戦果もあげていて、王立軍が得た実際の戦果の半数は、王立海軍の突撃によるものであったらしい。
戦艦部隊による攻撃は、帝国側の戦艦部隊による反撃で阻止されてしまったのだが、双方の戦艦部隊が砲撃戦を戦っている間に、王立海軍の重巡部隊が帝国軍の防御をその快速で突破し、空母に肉薄して砲撃を加えることに成功している。
この攻撃によって王立海軍は炎上中だった空母1隻と、ほぼ無傷だった空母1隻を撃沈し、さらにもう1隻に対して多数の命中弾を与えた。
だが、空母を守るために集まって来た敵の巡洋艦からの反撃により、王立海軍の重巡1隻は沈んでしまったということだ。
王国の戦艦部隊も、帝国の戦艦に対して大きな被害を与えはしたが、敵の砲火が集中した旧式戦艦1隻をさらに失うことになった。
王立海軍はこの他にも多数の損傷艦を抱えており、現在タシチェルヌ市に向かって帰還中だということだったが、中には火災が収まっていない艦もあり、その航海の様子は悲壮さの漂うものとなっているらしい。
戦う以上、損害が出るのは当たり前のことだった。
よほど巧妙な作戦を立てるか、運に恵まれない限り、犠牲を皆無にしたまま戦果を得ることなど、できはしない。
敵も味方も、勝つためにはあらゆる工夫をし、知恵を使って戦うからだ。
だから、大きな戦果と引き換えに、大きな被害が出たとしても、驚く様なことではないのかもしれない。
だが、連邦や帝国に対して、戦力や生産力で劣る王国にとって、これほど大きな損害は致命傷になるのではないかと、そう思えた。
もっとも深刻な状態にあるのは、王立空軍の爆撃機部隊だ。
この戦いで1度に戦力が半減してしまったことになるから、王立空軍は昨日の様な大規模な反撃作戦を実行することができなくなった。
帝国軍にも大きな損害を与えているから、王国東部の防衛自体は成功するかもしれないが、問題はその後だった。
今後、例えフィエリテ市の奪還作戦が決行されることになったとしても、航空優勢を確保するために敵の飛行場に対して反復攻撃をかけることも、地上部隊を支援するために航空支援を実施することも難しくなる。
どちらか一方に任務を絞ればまだ何とかなるかもしれなかったが、航空優勢も航空支援も、戦うためにはどちらも必要なことで、欠くことはできない。
そして何より、帝国には「次」がある。
王国があげた大戦果によって、帝国の艦隊は全滅したわけでは無かったが、それでも、王国の近海に留まって上陸作戦の支援を継続することは難しくなった。
何よりも、多くの空母が撃沈され、また、被害を受けて母艦として行動することの難しくなった帝国では、数日前に王国に対して見せつけた、圧倒的な航空戦力を運用する術が失われている。
これでは、沿岸部分の狭い範囲では艦砲射撃によって地上部隊を支援できても、王国の内陸部へと進撃することは難しく、少なくとも、帝国が構想していた「王国を北と東の2方向から攻撃する」という作戦は実現できなくなっているはずだ。
王国はその意図した作戦目標を達成し、帝国軍の攻撃を食い止められたはずだったが、また数カ月後になれば、帝国は王国に対して再攻撃を行う態勢を整えてしまう。
そのころには王国も今回の戦いで受けた損害をある程度は回復できているはずだったが、作戦の実行前の水準まで戻ることは恐らく、できないだろう。
機体を失ったことも大きいが、何よりも、パイロット、搭乗員を失ったことが大きい。
いったい、何人のパイロット、搭乗員が失われたのだろう?
150機の爆撃機と言うと、パイロット、搭乗員だけで1050名もの数になる。
もちろん、僕が海を漂流中に救助された様に、ここからかなりの数の将兵が救助されるはずだが、それでも、犠牲者は3ケタにものぼるだろう。
機体は、また生産すればいい。
だが、優秀なパイロットや搭乗員は、そういうわけにはいかない。
王立空軍がパイロットを1人前に育て上げる標準の期間は、3年間にもなる。
パイロットの不足を補うために王立空軍では徴兵者、志願者を問わず多数のパイロット候補生を採用し、訓練課程省略の上でパイロットの短期育成に励(はげ)んでいる他、退役した元パイロットなどを復帰させるという措置を取ってはいるが、それでも、たった数ヶ月という期間で損失した人員を補充することはできないだろう。
これは、1年先とかであれば、話は別だ。
その頃になれば、促成栽培とは言え、飛行機を飛ばし、必要な機器を操る技能を持ったパイロット、搭乗員たちが大量に配備されてくる。
だが、たった数ヶ月では、まだ彼らを配備につけるのは危険すぎる。
僕たちはパイロットコースを途中で切り上げて緊急に実戦配備されて、たまたまエースと呼ばれるほどの撃墜数をかせいできたが、今、同じことをやると、開戦した時の僕よりもさらに未熟なパイロットたちが戦いに駆り出されることになってしまう。
元々パイロットコースにいた候補生たちはすでにその大半が正規のパイロットに格上げになって配備についている。
今、パイロット候補生として訓練を行っているのは、教育期間が1年にも満たず、飛行時間も少ない者ばかりなのだ。
僕が言えることでは無いかもしれないが、そんな、ロクに飛行機の飛ばし方も分からない様な新人が戦場に出てきても、やられてしまうだけだ。
王国は善戦しているが、その内情は厳しい。
今回の戦いで、その状況は、さらに悪化してしまった。
だが、帝国は王国とは異なる。数カ月もすれば、また王国を圧倒する兵力で攻めて来ることができるだろう。
空母などの大型艦をすぐに建造することはできないかもしれないが、帝国は、王国に差し向けて来たものの他にもたくさんの空母を持っている。それらを集めれば、容易に王国への侵攻を再開することができるだろう。
しかも、あの精強なパイロットたちをそろえてくることも、できるかもしれない。
王国と、連邦、そして帝国との間には、それだけの規模の違いがある。
質が同じであっても、こちらよりも多くを集めて来ることができる敵に対して、何度も勝ち続けるというのはできないことだ。
1回か2回であれば、今回の様に勝つことができるかもしれなかったが、いつかは、負ける時も来る。
帝国にとって1回の敗北は致命傷にならないかもしれないが、王国にとっては、その1回が命取りになりかねない。
基地にいる王立軍の将兵が今回の戦いで得た戦果に対して、クレール市の人々の様に素直に喜べないでいるのは、その戦火の代償として支払った犠牲が大きいことを知っているからだ。
軍部はその被害の大きさについては発表していない様だったが、僕たちは未帰還機の多さで、どうしてもそれが分かってしまう。
損失が少数であれば、基地の雰囲気はクレール市と同じ様に明るいものだっただろう。
戦う以上、犠牲が出るということはみんな承知の上で、覚悟していることだからだ。
だが、あまりにも大きな犠牲と、今後の戦争の見通しの厳しさが、基地の将兵に影を落としている。
カルロス軍曹から話を聞き終え、王国の今後の見通しが暗いものに思えた僕は深刻に悩んでしまっていたが、そんな僕を、レイチェル中尉はデコピンした。
「バーカ。何か深刻に考えている様だがな、お前みたいな二等兵が考えたって、どうしようも無いことだろうが。それよりも、お前は今回みたいに落とされない様にするにはどうするか、それだけを考えろ」
僕はデコピンされたところを手でさすりながら、その通りだと思った。
確かに、これは王国全体の問題で、僕が考えても仕方の無いことだ。
僕は1人のパイロットに過ぎず、僕にできることと言えば、戦闘機に乗って飛ぶことだけなのだから。
僕が「ありがとうございます」と中尉にお礼を言うと、中尉は肩をすくめてハっ、と笑って見せた。
「爆撃機部隊のことは残念だが、あたしら戦闘機部隊はまだ健在だ。ま、何とかなるだろうし、ならなくても何とかするさ。戦闘機にも爆装はできるんだ。やられちまった奴らの分も、あたしらが働けばいいのさ。……それより、お前は自分の心配をするこったな」
それから、レイチェル中尉はいきなり顔を僕の方に近づけ、煙草をくわえたまま、ニヤリと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「お前の分隊長殿が、大変お怒りだからな」
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