18-16「艦砲射撃」

 勝てると、そう思っていた。

 だが、現実はそう甘くはない様だ。


 王立軍による反撃作戦が開始されたことを知ると、帝国軍は素早く対応した。

 沖合で待機していた艦艇の中から、特に砲撃力に優れる戦艦や、数隻の巡洋艦、駆逐艦などを海岸線近くへと急行させ、強力な砲台として運用したのだ。


 王立陸軍では、一般的な火砲として、75ミリや100ミリ口径の野砲、150ミリ口径の榴弾砲などを使用している。

 数の上では75ミリ口径の野砲が最も多く、150ミリ口径の榴弾砲などは重砲と呼ばれ、その高い破壊力で知られている。


 だが、この時代の軍艦にとって、150ミリという口径の大砲はせいぜい中くらいのもので、艦砲射撃ではもっと巨大な砲弾が次々と撃ち込まれた。

 例えば、帝国軍の戦艦には、41センチ砲が装備されている。

 これは、砲弾重量がおよそ1トンにもなる巨砲で、僕たち王立空軍が用いている最も大きな爆弾と同じか、それ以上の破壊力を持っている。


 王国の東海岸に接近した帝国軍の艦艇は、その場に錨(いかり)を下ろし、自身を固定砲台として、反撃作戦を実行中の王立軍部隊を撃ちまくった。

 41センチ砲の破壊力の大きさは説明するまでも無いと思うが、その他にも20センチ砲や15センチ砲、小さなものでも10センチ砲など、何個も師団を集めてようやく匹敵するかもしれないという強力な火力での砲撃は、突撃中の王立陸軍を文字通り痛撃した。


 王国にとって、今朝という時間帯が、上陸してきた帝国軍に対して兵力優位となる唯一の機会だった。

 それだけに、反撃作戦は必ず成功させなければならないものだった。


 だが、猛烈な艦砲射撃を浴びる中で突撃を強行し続ければ、王立陸軍には甚大(じんだい)な被害が出ることになる。

 そうなれば、反撃に失敗するどころか、着々と大軍を上陸させつつある帝国軍の侵攻を迎え撃つために必要な兵力さえ無くなってしまう。

 前線で戦っている師団には運搬が難しく到着が遅れているため重砲の類が無く、わずかな火砲で反撃を試みようにも、火力に差があり過ぎた。


 王国にとって千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだったはずが、帝国軍からの強力な一撃によって、全てが引っくり返されてしまった。


 やがて続報が届き、王立陸軍による反撃が完全に停止してしまったことと、洋上からの艦砲射撃に対抗できなければ再度の反撃実施は不可能だということが明らかとなると、僕たちはみんな、無言になった。


 ついさっきまでは、希望があった。

 それが、簡単に砕かれてしまったのだから、落胆する度合いも大きい。


 局所的に兵力の優位を得て、今回は勝てると思っていたのだが、大きな間違いだ。

 やはり、僕たちは巨大な敵と戦っているのだ。

 僕たちはいつでも手持ちの手札を全て突っ込んで勝負に出るしか無いのに、敵は、僕たちが持っていない様な強力な手札をいくつも持っている。


 反撃作戦の失敗が明らかとなり、王立陸軍の部隊が後退したために、僕たち王立空軍の第2次攻撃も中止とされてしまった。

 王立陸軍が後退するのと同時に帝国側の艦砲射撃も止み、帝国側による追撃も行われない様子だったから、今後の作戦のために戦力の温存策が取られたのだ。


 今後。

 そう。今後のために、だ。


 だが、僕たちに、今後などというものがあるのだろうか?


 帝国が、後退する王立陸軍の部隊を追撃しなかったのは、現在展開している兵力が王立陸軍よりも劣るということだけでなく、少し時間をかけるだけで確実に上回ることができるという見通しがあるからだ。

 帝国軍はソレイユの港を支配し続けており、今も、そこから次々と将兵や物資を揚陸させ続けている。


 僕たちが出撃すれば、それを停滞させることはできるかもしれないが、焼け石に水だ。

 何故なら、洋上には帝国軍の大艦隊がおり、海域全体を支配しているからだ。

 海岸線を攻撃して一時的に帝国軍の揚陸作業を停滞させることができても、洋上が帝国軍の艦隊に支配されている限り、揚陸作業は再開される。

 ソレイユの港を王国が奪還するか、洋上の帝国艦隊を撃滅するか退却させるかしなければ、僕たちに勝ち目はない。


 今朝の反撃作戦が、たった1つのチャンスだった。

 だが、僕たちはそれを失ってしまった。


 帝国はこのまま、着実に海岸線の戦力を強化していくだろう。

 そして、それほど時間が経たないうちに、北部と、東部から王国を挟撃し、王国を圧倒してしまうだろう。


 フィエリテ市にはまだ連邦軍がおり、帝国軍に包囲されながらも降伏しないで戦っているということだったが、南部戦線における連邦軍はこれまでの戦いで王国に敗れ続けていたから、弱体化した状態にある。

 帝国軍の包囲を破ることはまずありえないと考えられていたし、包囲されながら降伏しないのだって、「民主主義が専制国家に屈することはできない」という、連邦なりの思想によるものだ。

 とっくに降伏していてもおかしくないのに、連邦軍は意地だけで戦っている様なものだった。


 連邦が敗北することを、僕たちは喜ぶことができなかった。

 フィエリテ市で包囲されている連邦軍が降伏するか、殲滅(せんめつ)されるかしてしまえば、その次は僕たちの番だからだ。


 僕は1人のパイロットで、戦闘機に乗って戦うことができる。

 だが、こんな状況をどうにかできる方法など、考えつくはずも無い。


 僕はただ、途方に暮れるしか無かった。


 出撃は中止されたが、僕たちにはそのまま、すぐに出撃できる態勢を取ったまま待機するようにという指示が出されていた。

 おかげで、朝食に引き続き、昼食もブリーフィングルームでとることになってしまった。

 当然、きちんとした食事ではなく、片手間に食べられるような戦闘配食だ。


 戦闘配食に出されたのは、ハムのサンドイッチだった。

 どちらかと言えば僕の好物で、普段ならこのシンプルな食事でも僕は喜ぶことができるはずだったが、この日は少しも嬉しくなかった。

 味だって、ほとんど感じなかった。もそもそとしている何かを噛んで、喉(のど)の奥へと押し込んだだけだ。

 空腹だって少しも感じていなかったから、本当に、出撃命令が出た時に備えて無理やり身体の中に入れた様なものだった。


 僕たちは、これまで無我夢中で、必死になって戦ってきた。

 連邦と帝国、それぞれの都合で一方的に王国に攻めこんで来た相手に対し、白旗をあげるものかという意地もあったし、王国の主権を守り、僕たち王国民が、自分が自分自身として生きていける場所を守りたいと思ってきた。

 大切な仲間たちと一緒にこの戦争を生き残り、平和になった空をみんなで飛びたいという夢もあった。


 全てが、崩れていく。

 僕たちは戦力で劣るにも関わらず、どうにかこれまで戦い抜いてきたし、厳しい戦いばかりだったが、それでも耐えて来ることができた。

 だが、今回ばかりは、ダメかもしれない。

 そんな予感がする。


 帝国軍の精強さはよく知られていることで、実際、前線で戦った帝国軍機のパイロットたちの腕前は素晴らしいものだった。

 僕たちは空中戦で帝国軍機に勝利したが、それは、戦った状況がこちらに有利だったというのが大きい。

 まともに正面からぶつかる、あるいは、こちらが不利な状況で戦えば、どうなるかは分からない。

 生き残ることができるかどうかさえ、確信が持てない。

 そして、僕たちは徐々にその不利な状況へと陥(おちい)りつつある。


 諦(あきら)めたくは無かった。

 ここで負けを認めて、帝国に屈伏してしまったら、どんな理屈も道理もねじ曲がって、力で全てを思い通りにできるという悪い前例を、歴史に作ってしまうことになる。

 そんな大げさな話だけではなく、僕たちはこれまで当たり前だと思っていた生活を送ることができなくなるし、降伏した後も、今度は帝国の手先として、連邦を攻撃する手助けをさせられることになってしまう。


 そんなことは嫌だったが、僕の頭では、この状況から王国が逆転できる方法が、どうしても思い描(えが)けなかった。


 だが、王立軍の司令部は、まだ、戦いを諦(あきら)めていなかった様だ。


 僕たちが重く、苦しい沈黙の中を待ち続けた後、上位の司令部に呼び出されて作戦会議に出席していたハットン中佐が戻って来て、僕たちに次の作戦が決まったと教えてくれた。


 それは、王立陸軍、王立空軍、王立海軍、王国が持っている力の全てを結集して、帝国軍の艦隊へと決戦を挑むというものだった。

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