18-17「王立軍」

 王国には、「王立軍」というくくりの下で、3つの軍隊が存在している。

 まずは、主に地上で戦う、王立陸軍。

 次に、主に空で戦う、僕も所属する王立空軍。

 そして、主に海で戦う、王立海軍。


 戦況は僕たちにとって良いものでは無かったが、しかし、王国が持つこの3つの軍隊は未だに健在で、少なくない戦力を有している。

 王国は、絶望する前に、精一杯、あがくだけの力を残している。


 今、降伏すれば被害は少なくなる様に思えるかもしれないが、結局、王国が使わないで残しておいた力は、帝国軍によって利用され、王国を守るためではなく連邦を屈伏させるために使われてしまうだろう。

 戦争は終わることなく続き、僕たちは自分のためでなく、帝国のために戦わされることになるのだ。

 それは、王国にとっても、僕たちにとっても、不本意なことだ。


 ならば、王国は、その力の続く限り戦い抜く。


 勝てるはずがない。

 僕はそう思っていたが、王立軍が示したこの方針には、賛成だった。


 怪我をするのも、死ぬことも恐ろしいし、誰かを傷つけ、命を奪うことも、嫌なことだ。

 それでも僕は、仲間のため、王国の人々のためなら、何度でも飛べる。

 だが、帝国が連邦を屈伏させるために飛ぶなどということは、絶対にやりたくない。


 王国の総力を用いて帝国軍に反撃するこの作戦には、王国が投入することができる全ての兵力がかき集められることになった。


 王立陸軍は、すでに海岸近くに展開を終えている3個師団の他に、急いで増援された1個師団を加えた4個師団を持って、帝国軍を海岸線へと封じ込める。

 残念ながら海岸付近に展開している王立陸軍と帝国軍の兵力は拮抗しつつあり、王国の側にあった優位は失われている。

 王立陸軍の役割は、僕たち王立空軍、そして王立海軍が洋上の帝国艦隊を撃破する間、王国への帝国軍による侵攻を何とかして阻止することにある。

 補助的な役割に思えるが、簡単なことではないはずだ。


 そして、僕たち王立空軍と、王立海軍は共同し、洋上を支配している帝国の艦隊に対して決戦を挑む。


 王立海軍はこの戦いのために、王国にとっての新鋭戦艦であり、つい最近修理を終えて艦隊に復帰したロイ・シャルルⅧを総旗艦とし、他に戦艦6隻、重巡洋艦6隻を中核戦力とした水上艦隊を編成した。

 作戦に参加する7隻の戦艦の内1隻は、ケレース共和国から食糧を輸送する船団を護衛した際に被弾した魚雷による損傷の応急修理を終えたばかりの、古き良き艦であるサン・マリエールだ。


 王国にも、これだけの艦隊があったのか。そう思わせてくれるだけの陣容だったが、帝国軍が持つ最も強力な戦艦に対抗できるのは38センチの主砲を装備したロイ・シャルルⅧただ1隻だけに過ぎない。

 他は35センチ砲を装備したサン・マリエールとその同型艦2隻が何とか主力たり得る存在だったが、残りの3隻は、30センチ砲を装備している旧式の戦艦で、25ノットの速力を発揮できること以外は少し頼りない存在だった。


 6隻の重巡洋艦は、優秀だった。3隻は25センチ砲を装備し、速力も31ノットを発揮できる、大型で高速の艦だ。残りの3隻も、装備している砲こそ20センチ砲だったが、速力34ノットを発揮できる高速艦で、戦力として期待できる。

 王立海軍はこの他にも、軽巡洋艦、駆逐艦多数をかき集めて作戦に投入する。

 王立海軍の総力を投入する出撃だった。


 もし、この艦隊が失われることになれば、王国は2度と洋上の敵艦隊に戦いを挑むことができなくなってしまうだろう。

 これは、王国が編成できる、最大かつ最後の艦隊だ。


 王立海軍が後のことを全く考慮せず全力での出撃を行うのと同じように、王立空軍も一切の出し惜しみをしていない。

 これまで王国の東海岸の防衛のために投入されてきた第1、第3航空師団に加えて、前線で敵軍と対峙(たいじ)しているからという理由で投入が見送られてきた第2航空師団も作戦に参加することになった。

 第1、第3航空師団の全力と、第2航空師団の一部の戦闘機部隊、そしてその全ての爆撃機部隊が投入される。


 参加する総兵力は、戦闘機300機以上、爆撃機約300機となる見込みだった。

 王立海軍が編成した艦隊と同じ様に、王国にとってはこれ以上ないほどの大兵力が作戦に参加する。


 帝国艦隊への攻撃開始時刻は、2日後の早朝となる予定だった。

 本当であれば今からでも作戦を開始したいところだったが、投入される兵力が大きいだけに、お互いに連携しながら攻撃を行うのには時間が必要だ。

 というよりも、2日という準備期間ではあまりにも少なすぎるくらいだ。だが、戦況は刻一刻(こくいっこく)と王国側にとって不利になりつつあり、僕たちには十分な準備をする時間がない。


 僕たちは2日後、夜明けと同時に王立空軍がまず帝国艦隊へと攻撃をしかけ、主に敵の空母を狙う。

 夜明けと同時というのは、帝国軍が上空に十分な直掩機を上げきっていない時間を狙いたいという理由だ。

 そして、王立空軍による攻撃に続いて、夜間の間に敵艦隊へと接近した王立海軍が突撃を実施し、空母や戦艦などの帝国軍の主力艦をできるだけ叩く。


 この作戦でもっとも困難な点は、敵に大打撃を与えなければならないというだけでなく、こちらに一定以上の生き残りがいなければならないということだった。


 仮に、王国がこの決戦に勝利することができたとしても、その勝利のために将兵全てが全滅してしまっては、帝国の侵攻を阻止するという作戦の目的を達成することができない。

 何故なら、王国は今回投入する戦力の「次」を持たないが、帝国は、「次」の戦力を持っているからだ。


 僕たちが王国を攻撃している帝国艦隊を打ち破ったとしても、後から別の帝国軍がやって来ることになるだろう。

 そして、その時に僕たちが1人も残っていなければ、帝国は何の妨害も抵抗も受けることなく、鼻歌を歌いながら上陸し、軍楽隊と一緒になって意気揚々と行進し、王国の街という街に帝国の旗をかかげさせることになるだろう。


 王立軍は、今回の戦いで、必ず勝たなければならない。

 かといって、全滅や、今後の交戦が不可能となるほどの大損害を受けるわけにもいかない。


 王国が戦っているこの戦争が、綱渡りだということを改めて思い知らされる。

 だが、僕たちが持っている戦力はどうあがいても現状から大幅に増えることは無いし、手元にあるものだけで、何とかしなければならない。


 僕は、憂鬱(ゆううつ)だった。

 作戦に参加する兵力を聞けば、王国によくぞこれだけの戦力があったものだと感心するばかりだったが、帝国が現在展開している兵力はこちらに匹敵するか、上回っているのだ。


 戦いでは多くの場合、より数を持っている側が勝利する。

 単純に戦力が豊富というだけでなく、多くの手駒(てごま)を持っている側は、作戦や戦術により多くの工夫を凝(こ)らすことができるし、多少失敗して兵力を損なったとしても、豊富な予備がそれを帳消しにしてしまうからだ。


 そんな敵に挑まなければならない上に、敵が手ごわいということを、僕はよく知っている。

 こちらが投入する兵力も多いが、犠牲も多くなるのに違いなかった。

 それは、僕の仲間の誰かであってもおかしくはないし、僕自身であるかもしれない。

 そう思うと、大きな作戦を前にした高揚感よりも、不安な気持ちの方が大きくなる。


 王国が戦っているこの戦争は、王国にとって、常に敵よりも少ない戦力で、敵よりも少ない損害で勝ち続けなければならないというものだった。

 これがボードゲームか何かの遊びだったら、僕だったらとっくに投了してしまっていただろう。


 だが、これは遊びではなく、僕たちにとっては、現実だ。

 泣いても叫んでも、逃れようのない現実なのだ。


 僕は、それに立ち向かわなければならない。

 逃げられるのならどこまでも逃げたかったが、僕は、踏みとどまらなければならない。


 僕はかつて、僕以外のたくさんの人々の犠牲で生かされたことがある。

 それ以来、僕はずっと、僕のために犠牲になってしまった人々や、仲間たち、そして、僕と共にこの戦争の中を生きている王国の人々のために、自分に何かできないか、何ができるのかを考えてきた。


 戦争を、円満に解決できるのならそれ以上のことは無い。

 だが、僕は1人のパイロットに過ぎず、そんな魔法は思いつかない。


 僕にできることは、たった1つだけなのだと、ようやく分かった。

 それは、決して、くじけないことだ。


 僕は、戦闘機を飛ばす。

 王国が王国であるために、僕たちが僕たち自身であるために、何度でも戦う。

 僕にできることはそれだけで、そして、僕がやめてはいけないことだった。


 戦いの結果、誰かが命を失うことになるかもしれない。

 それは、敵かもしれないし、僕かもしれない。

 進んで命を失いたいと思う人間は少ないはずだし、奪いたいと思う人間も少ないはずだ。

 だが、それをやらなければならないのが、戦争だ。


 誰がこんな愚かなことを始めてしまったのか、そんなことは知ったことでは無い。

 ただ、僕は、この戦争という、不毛で不快で、これ以上ないほど嫌な時代が終わるその時まで、飛び続けるだろう。

 僕が守りたいと思う人々、そして、僕を守ってくれた人々と共に、その、いつかを迎えるためにできることは、それだけしかないのだから。

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