18-6「レポート」

「ああ、そうだ。実は、ちょっと面白いものがあってね」


 エルザの事件についての話を終えたカミーユ少佐は、急に何かを思い出した様にそう言うと、商社の人が使う様な革製の鞄(かばん)から、厚い紙の束を取り出した。


「はい。どうぞ」

「カミーユ兄さま、これは、何ですか? 」

「これかい? これはね、連邦軍が王立空軍の軍用機についてまとめた、レポートさ。連邦側が、自国のパイロット向けに作成したものなんだけど、偶然、手に入ってね。大丈夫、みんな王国の言葉に翻訳(ほんやく)してあるから」


 ライカが受け取った紙の束を、僕も横からのぞき込むと、表紙になっている1枚目に「敵航空兵器に関する調査報告書」と、王国語の翻訳(ほんやく)のついた連邦の言語が書かれていた。

 ページをめくると、そこには、帝国や王国が使用している戦闘機や爆撃機などのイラストとともに、連邦側が推測する性能や要目、そして戦う上での注意事項や、どこを攻撃すればいいかなどの情報が記されている様だった。


 確かに、これは、面白い。

 敵が僕たちについてどんな風に思っているのかは気になるし、敵がどんな風に戦おうとしているのかを知ることができれば、今後、僕たちが戦っていく上でも役に立つ。


「兄さま、今日は、これをハットンおじさまに見せに来たの? 」

「ん? ああ、いや、それはついでさ。中佐にも見てもらったし、参考にって、コピーも置いて来たけどね」


 ライカの問いかけに、カミーユ少佐は少しだけ話をはぐらかした。

 連邦軍が作成したレポートには「機密」と王国側の判子(はんこ)が押されていたから、これも重大な秘密で、わざわざ伝えに来るだけの価値があるはずだったが、カミーユ少佐がハットン中佐に面会したのは別の用件であったらしい。

 エルザのことで挨拶をしに来た、と言っていたから、メインの用件はそれであるはずだったが、諜報部(ちょうほうぶ)の人というだけで、どうにも、勘繰(かんぐ)ってしまう。


 僕があれこれ想像を巡らせている間に、ライカはレポートのページをめくっていき、気になるページを見つけては、熱心に読み込んでいた。

 僕も、ページが王立軍機のところに差しかかると、下手な想像は止めて、レポートの内容の方に注目する。


 レポートには、王立空軍で使用している2種類の戦闘機、エメロードⅡと、ベルランについての記述があった。


 残念ながら、僕たちが乗っていた、複葉戦闘機のエメロードについては、何も書かれていない。

 エメロードは複葉機らしく軽快な運動性を持つ良い機体だったが、さすがに戦闘機の最高速度が500キロメートル、あるいは600キロメートルが当たり前になった戦争では、ものの数にも入らないということらしい。


 その代わり、王立空軍の主力戦闘機であるエメロードⅡとベルランについての記述は、詳細なものだった。


 エメロードⅡについては、連邦側はまあまあの評価をつけている様だった。

 いわく、「エメロードⅡは連邦の戦闘機に比べて速度に劣り、また、武装も貧弱であるものの、運動性は良好であり、特に格闘戦は挑むべきではない」とし、「遭遇した際は、こちらの高速を生かした戦法を取り、数的有利な状況で無ければ格闘戦は避けること」などとしている。

 他に、防御力については「防弾鋼鈑、防弾ガラスの他、燃料タンクも防弾仕様で、相応の耐弾性能を持つ」など、おおむね正確に把握している様だ。


 僕らが連邦軍機を鹵獲(ろかく)して調査している様に、連邦軍でも王立軍機を鹵獲(ろかく)し、調査を行っているはずだから、機体の性能について、全てを隠しておくことは難しい。

 戦えばどちらにも撃墜されたり、不時着したりする機体が出て来るし、敵の占領地にでも落ちてしまえば、調査されることを阻止する手段は無い。


 ただ、エメロードⅡの要目については、連邦側がもっている情報は少し古いようで、最高速度や武装などについては、エメロードⅡB型のものと思われる内容になっていた。

 王国が、改良型となるC型を配備していることについては、まだ理解されていないらしい。

 もっとも、空中で戦っている際に、咄嗟(とっさ)にB型とC型を見分けるのは僕たち王立空軍のパイロットでも難しいことなので、連邦側がすでに改良型が配備されていることを知らなくても仕方の無いことだろう。

 逆に、そこまで事細かに把握されていると、僕らが困ってしまう。


 エメロードⅡいついての連邦側からの評価をまとめると、現用の戦闘機としておおむね通用する性能を持っているものの、連邦側が有する戦闘機の方が性能で勝るという評価になっている様だ。

 有利な状況で無ければ格闘戦は避けろと注意はされている様だが、それだって、同数以上であれば格闘戦をしてもいいということだ。

 侮(あなど)れない敵として認識はされているものの、勝てる機会は多いというのが、連邦側の考えであるらしい。


 僕たちが操縦しているベルランについての記述は、エメロードⅡよりもさらに詳細なものだった。

 ベルランは王立空軍にとって、ようやく手にした、連邦や帝国の戦闘機と対等以上に戦うことができる新鋭機であり、連邦側もその存在には大きな関心を持っている様だ。


 連邦側は、エメロードⅡがB型からC型に改良されたことは把握(はあく)していない様だったが、ベルランがB型からD型に改良されたことは理解している様だった。

 B型では、無理やり装備した20ミリ機関砲が主翼の下側に大きくはみ出しており、D型ではそれが解消されているから、外見からして大きく異なっている。

 こういう分かり易い違いがある他にも、性能が大きく向上していることから、連邦側でも「改良された新型機」としてはっきりと認識されたのだろう。


 ただ、型式については、B型のことを「A型」、D型のことを「B型」としていて、王国側の軍用機開発事情については把握し切れていない様だった。

 王立空軍が初めて実戦に投入したのがA型ではなくB型からで、その改良型であるD型は、開発時の紆余曲折(うよきょくせつ)の結果、本来あるべきC型を差し置いて配備された機体だ。

 連邦が戦ったことがあるのは、B型とD型がほとんどなのだから、それを「A型」「B型」と勘違いしても仕方の無いことだ。


 連邦側はベルランについて、「高速、大火力を持つ、王国の新型戦闘機」と、簡潔かつ正確に述べ、「その速度は連邦軍機と同等かそれ以上であり、こちらに不利な状況下で空中戦を行うことは危険」だと考えている様だ。

 それに加え、「対爆撃機の迎撃機としても優秀で、20ミリ機関砲複数を装備しているため、特に注意を要する」など、連邦軍機にとって危険な存在だという記述があちこちに見受けられる。


 防弾性能についても、「十分なものがある」など、それなりに評価されている様子だった。

 その一方で、機体の運動性に関しては、「相応のものがあるが、我が方(連邦)と同等か、それ以下である」と、あまり評価されていない。


 これは、僕らからしても納得のいく評価だ。

 ベルランの運動性能は、決して悪いわけでは無く、空中戦で格闘戦だってやれると思わせてくれるだけは、十分に持っている。

 だが、大火力と引きかえにずっしりと重い20ミリ機関砲を何門も装備している他、機体のそもそもの性格が「高速試験機」であったこともあって、横転性能はともかく、旋回戦はそれほど得意ではない。

 決して、できないというわけでは無いのだが、戦う際には機体の長所を生かした戦いをやった方が有利になることが多い。


 特に、低速での格闘戦はやりたくない。

 ナタリアはほとんど初めてベルランに乗ったのに、捻りこみという離れ業をやって見せたのだが、あれを実戦でマネできるとは思えない。


 高速発揮を重視して、機体の剛性(変形のしにくさ)が高く取られており、油圧の補助がある操縦系のおかげで高速時でも舵(かじ)の効きはいいのだが、そもそも、高速時には格闘戦なんてしない。

 僕ら王立軍のパイロットは、一部の例外である義勇兵たちを除き、こういったベルランの機体の特性に合わせて、一撃離脱戦法を好んで用いている。

 連邦側の評価は、当然のものだった。


 それでも、連邦側がベルランを危険な敵として認識していることは間違いなかった。

 ベルランと戦う上での注意事項の中には、「大火力であるため、正面からの反航戦は、止むを得ない場合以外は避けるべき」や、「不利な態勢での空戦は、敵機が高速であるため反撃困難。不利な場合は交戦を回避し、降下して離脱することも許可する」など、様々な状況を想定し、危険な状況に直面した場合の対処法や、心得などが、紙の上に大きな場所を割いて箇条書きで記されている。


 その一方で、「格闘戦であれば、比較的有利に戦えるため、可能ならば格闘戦を挑むことを考慮せよ」という記述もあった。

 以前、船団を護衛した際に、僕たちは連邦の戦闘機に格闘戦を挑まれた。敵機には攻撃機を守るという任務もあり、僕たちをどうしても戦闘機同士の戦いに引き込みたかったというのもあるだろうが、もしかすると、このレポートの記述も関係しているのかもしれない。


「ところで、カミーユ兄さま。この、「天使部隊とは、いかなる状況においても交戦を禁ずる」っていうのは、どういう意味? 」


 僕がレポートの内容に感心したり、納得したりしていた時、ライカが、ベルランについて書かれたページの最後に、強調する様に太字で書かれていた一文を見つけ、カミーユ少佐にその意味をたずねた。

 すると、カミーユ少佐は、ふふっ、と吹き出す様に笑った。


「それは、君たちのことさ。……いろいろなところで「守護天使」って呼ばれているそうだけど、どうやら、連邦でも君たちのことは有名になったみたいだね」


 どうやら、連邦が言うところの「天使部隊」とは、僕たちのことであるらしい。

 確かに、僕たちの部隊は連邦軍を相手に多くの戦果をあげているとは思うが、こんな風に名指しで警戒が呼びかけられるほどに評価されているとは思わなかった。


 敵から「交戦を禁ずる」とされるほどにまで自分たちの実力を認められているということは、誇らしくもあり、恥ずかしくもある。

 何故なら、僕たちの部隊章は「アヒルの羽」でしかなく、「守護天使」や、「天使部隊」などと、大げさに呼ばれるほどのものではないからだ。


 僕とライカが、僕らに対する連邦側の大きな評価に赤面している横で、「天使の羽」と勘違いされている部隊章のモデルとなったアヒルのブロンが、退屈そうに欠伸(あくび)をしていた。

 まったく、呑気(のんき)な奴だ。

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