17-6「緊急会議」
僕らがブリーフィングルームへと到着すると、そこには、僕ら以外の301Aのパイロットがすでに全員、集まっていた。
そして、大きな黒板を背にして、ハットン中佐が立っている。
「各員、自由時間なのに急に集めてすまなかったな。しかし、緊急の案件ができた」
僕らが空いている適当な席に腰かけると、ハットン中佐はさっそく、急に301Aのパイロットを集めた理由を話し始める。
「昨今、王国が置かれている厳しい食糧難は、ここにいる全員が知っていると思う。わざわざ隠し立てする様なことでも無いからはっきりと言うが、このままでは王国はどうにもならない。だが、私たちにとって幸運なことに、ある国家が王国に手を差し伸べようと名乗りを上げてくれた」
僕は、驚くしかなかった。
食糧備蓄が焼失してしまったことで王国が陥(おちい)っている食糧難に対して、手を差し伸べてくれるような奇特(きとく)な国家など、どこにもありはしないと思っていたからだ。
食糧はどこかから勝手に湧いて出てくるものではなく、長い月日をかけて生産しなければ手に入らないものだ。当然、その数量は有限のもので、生きていくうえで必要不可欠なものであるために、他国が危機に陥(おちい)っているからとは言え簡単に差し出せるようなものではない。
王国はそれほど大きな国家では無かったが、決して、小さくもない。たくさんの人々が暮らしている。
その、数多くの人々を飢えから救えるような、大規模な食糧支援を行えるような国家など、本当に存在するのだろうか?
連邦や帝国ほど大きければ可能かも知れなかったが、その2つは、王国を現在の苦境に陥(おとしい)れている原因そのものだ。
王国の危機を見て、さらに追いつめてやろうと思うことはあっても、間違っても王国に手を差し伸べたりはしないだろう。
「その、王国にとっての救世主となってくれる国家は、ケレース共和国。遥か、海を渡った先にある国家だ」
ハットン中佐の言葉を聞いて、「Oh! 」と、ナタリアが驚きの声をあげた。
「ケレース共和国! それは、私の母国デース! 」
ナタリアの言葉に、ハットン中佐は頷(うなず)いて見せる。
「そう、彼女の母国だ。その、ケレース共和国が、王国に対して食糧の輸出を申し出てくれた。その多くは有償だそうだが、一部は完全な支援で、有償のものも価格も公正なものになるそうだ。王国の現在の食糧難の状況を考えれば、こんなにありがたい話もないだろう。そして今回、我々301Aには、その食糧輸入を護衛する任務が発令された」
「ちょっと、よろしいですか? 」
ハットン中佐の説明に、カルロス軍曹が挙手をして発言を求めた。
中佐は「どうぞ」と言って、軍曹の発言を許可する。
「その、ケレース共和国からの食糧を輸入させてもらえるというのは、僕たちにとってとてもありがたいことです。しかし、僕らは現在、連邦と帝国から海上封鎖を受けている最中で、大陸外との貿易はほとんど止められてしまっているはず。そんな状況で、実際に食料を王国まで運んでくることができるのでしょうか? それと、僕らの能力では、それを護衛すると言っても王国の沿岸部分だけになってしまうと思うのですが」
「軍曹、その通りだ」
ハットン中佐はカルロス軍曹の言葉を肯定すると、チョークを手に取り、黒板に簡単にこの惑星の世界地図を描く。
それから、マグナテラ大陸の南部、王国が存在する部分を黄色いチョークで囲んで強調し、それと同じ要領で、僕らからすると遥か海の彼方、異世界の様に思える程に離れた場所にあるケレース共和国を描きこんだ。
「ケレース共和国は、我々、王国からは6000キロメートル以上も離れた場所にある遠い国家だ。当然、陸路での輸送は不可能だから、食糧の王国への輸送は海路となる」
ハットン中佐はそう説明しながら、王国の周囲にチョークで連邦と帝国による海上封鎖の封鎖線を描きこみ、それから、ケレース共和国から王国へと向かう航路をさらに描きこんだ。
当然、航路は封鎖線と途中でぶつかり、ハットン中佐はそこに×印を描きこむ。
「高速商船による突破輸送はこれまでに何度か行われているが、今回のケレース共和国からの食糧支援は大規模なものとなる。輸送にはケレース共和国が保有する高速商船が用いられることになっているそうだが、輸送には何隻も必要となるから、それだけの規模となると王国を海上封鎖している封鎖線を突破することは難しい。……そのため、ケレース共和国は、同国の軍艦を船団の護衛としてつけてくれるそうだ」
ハットン中佐はそう説明すると、ケレース共和国の近くに食糧の輸送を行う船団を略した船の絵を描き、その近くに、貨物船には見えない形の船の絵を描き加えた。
「これによって、船団を、王国に食料を輸送するものではなく、ケレース共和国で運航している船団だと偽装する。中立国の船団で、しかもその国の軍艦に警護されているとなれば、連邦や帝国も、建前上、その通行を阻止することは難しくなる。交戦相手でも無い中立国の船舶の運航を妨害することは、一般的に認められていない。臨検(りんけん)は受けるかもしれないが、積み荷は食糧だから問題とはされないだろう。そうして、船団が封鎖線を突破したら、我が王立海軍と護衛を交代し、その後はなるべく速(すみ)やかに船団を王国の港に入港させる。我々301Aは、封鎖線の突破後、連邦や帝国に偽装が露見し、船団が攻撃を受けるであろう王国近海で、船団の上空を護衛することになる」
ハットン中佐の説明を聞きながら、僕は、ケレース共和国はずいぶん、思い切ったことをするのだなと思った。
海上封鎖線を突破するために、ケレース共和国に所属する軍艦を船団の護衛につけ、王国のための食糧輸送ではなく、ケレース共和国が運航する船団だと誤認させるアイデア自体は、悪くないのではないかと思える。
だが、そんなことをしてしまえば、ケレース共和国自体が、連邦や帝国に敵対されてしまうのではないだろうか?
王国が輸入するのは武器や弾薬ではなく、戦略上重要な資源の類でもない。ただの食糧だ。だから、海上封鎖線に引っかかっても、戦争の当事者ではない中立国であるケレース共和国の運航する船団であれば、怪しまれずに通過できるかもしれない。
だが、問題となるのは、作戦が成功して、その船団が王国へと入港した後のことだ。
もし、連邦や帝国に、ケレース共和国が王国へと食糧を運び入れるために、自国の軍事力を動員してまで便宜(べんぎ)を図ったと知れてしまったら。
それは、連邦や帝国にとって、ケレース共和国が「王国に味方をした」と見える行為だ。
ケレース共和国が王国に輸送するのは食糧だが、それが無ければ王国はこれ以上戦争を戦えない。
逆に言えば、ケレース共和国から食糧を輸入することで、王国は連邦や帝国に抵抗を続けることができる。
連邦や帝国からすれば、これは、王国に武器や弾薬を送り込んだのと何ら変わらない。
戦争における中立国というのは、厳密な見方をすると、戦争を戦っている当事国に対して、一切の便宜(べんぎ)を図ってはならないことになっている。
自国の領土や領空を戦争中のいかなる勢力にも使用させてはならないし、戦っているどちらか一方にどんな形であれ利益をもたらす様な行為は、明確な中立違反と見なされ得ることだ。
そして、もしその様になったら、ケレース共和国は、連邦や帝国にとっての「敵」とされてしまうだろう。
連邦や帝国はマグナテラ大陸にあり、ケレース共和国はマグナテラ大陸から遠く離れてはいるが、連邦も帝国も巨大で力があり、歴史もある国家であるために、大陸の外にも領土をいくつも持っている。
恐らくは、ケレース共和国を攻撃するために、軍隊を動かすことも十分に可能だろう。現状、連邦も帝国も第4次大陸戦争を戦っており、遠く離れた外国のために何かをする余裕などないかもしれなかったが、絶対に攻撃が無いと決めつけるのは少し楽観的過ぎる。
だが、僕の心配をよそに、ハットン中佐は作戦の詳細な部分の説明へと入って行った。
ケレース共和国が、どうして危険を冒してまで、王国に貴重な食糧を輸出しようとしてくれるのか。
ケレース共和国からは、ナタリアを始め、多くの義勇兵が王国のために参戦してくれている。こういった点から、少なくともケレース共和国が王国の状況に対して、同情してくれているのは間違いないだろう。
少し前までケレース共和国では連邦と帝国に手引きされた内戦が戦われており、そのため、連邦や帝国に対して良い感情を持っていないだろうというのも分かる。
だが、一歩間違えれば、強力な軍隊を備えた大国との関係が決定的に悪化し、その攻撃を受けることになってしまうかもしれないのだ。
そうまでして、僕らを、王国を助けようとしてくれるのは、どうしてなのか。
いろいろと推測はできるが、結局は僕らには分からないことだったし、はっきり言ってしまうと、どうでもいいことだった。
ハットン中佐が淡々と説明を続けているのも、「詮索(せんさく)するだけ時間の無駄」だと分かっているからだ。
王国には食糧が必要で、それが無ければ、王国に未来はないかもしれない。
これは、王国にとっては、願っても無いチャンスだった。
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