16-40「実感なき勝利」

 その日、王立軍が連邦軍に対して実施した夜間の迎撃戦は、望みうる中では最良の成果を得ることができた。


 まず、王立空軍機の活動によって、20機以上のグランドシタデルの撃墜と、10機近くの撃破が報告された。

 この中には、202Bと共に特別迎撃隊を編成し、迎撃戦の先鋒として戦った僕ら301Aが記録した、7機撃墜という戦果も含まれている。

 この他にも、対空砲火によって10機のグランドシタデルが撃墜ないし撃破されたということだった。


 全て合計すると、40機近くのグランドシタデルを撃墜もしくは撃破した計算になるが、こういった戦果というのは、誤認や誤解によって実態より大きく報告されてしまうことが常なので、実態はもっと少ないはずだ。

 夜間で戦果の確認が困難だということを考慮すれば、実態はその半数の20機にも届かない、というところだろう。

 翌朝になって確認された敵機の残骸などから、少なくとも10機以上のグランドシタデルを撃墜したことだけは判明した。海に落ちて確認できない機体もあるだろうが、王立軍は連邦の夜間攻撃に対して、初めてまとまった数の戦果をあげたというのは間違いないだろう。


 何よりも大きかった戦果は、王立軍による活発な迎撃戦によって連邦軍機の編隊が乱れ、その攻撃が分散したという点だった。

 爆弾自体の投下はされてしまったために被害は皆無と言うわけでは無かったが、それでも、連邦の夜間攻撃にまともに反撃ができなかったこれまでと比べるとずっと少ない。


 それでも、クレール市では新たに数パーセントの市街地が焼け落ちてしまった。

 僕らは必死に戦っているが、連邦の意図を完全に挫(くじ)くことはできていない。


 王立軍では、この迎撃戦の成果に決して満足せず、連邦軍が実施する戦略爆撃に対抗するため、迎撃態勢の強化を続けている。

 対空砲で照明弾を撃ち上げ、探照灯で敵機を照らし出しながら戦闘機や対空砲によって反撃するという手法が有効と認められて、今後はさらに大規模に実施していくことが決まった。

 そして、202Bと301Aで構成されていた特別迎撃隊も、引き続き投入されることが決まっている。


 特別迎撃隊の規模ももっと大きくするべきだと思うのだが、どうにも、機材的な部分で無理があるらしい。

 王国が保有している、「連邦のグランドシタデルに対し、照明弾の投下が可能な位置を取れる機体」が、以前僕らが鹵獲(ろかく)して202Bで運用されているグランドシタデル1機だけしかなく、そのたった1機だけでは隊の規模を拡大するにはどうしても不足だということだった。

 効果的な位置取りができる機体が複数あれば複数の特別迎撃隊を編成してそれぞれのタイミングで攻撃をすればいいのだが、1機しかないとなると、突入する戦闘機部隊は1度に集中して攻撃をしなければならなくなる。だが、複数の戦闘機部隊を一度に集中して投入すると、味方機同士で空中衝突する危険が高く、この作戦を実施できるだけの技量を持ったパイロットも不足してしまう。

 結局、僕らの様な少数での運用をするしかないということだった。


 数が増やせないというのなら、僕らは、できるだけ自分たちの技術を高め、作戦の成功率を向上させるしか選択肢がない。

 僕らは連邦軍機がいつ飛来してもいい様に備えながらも、毎日、飛行が可能な日には訓練を続けている。


 僕は無事に基地へと生還することができたが、僕の機体は敵機の誘爆に巻き込まれてしまったせいで、相当なダメージを負っていた。

 12.7ミリ砲弾の直撃を受けていたエンジンは修理が難しく新しいものと交換することになったし、敵機の破片が衝突したことで大きく損傷していた風防も総取り換えとなった。着陸するまでどうにかもってくれた車輪も、無茶な使い方をしたせいでダメージが深刻で、交換となった。

 大きな部分でもこれだけの作業が必要で、細かい修復作業は数えきれない。

 それでも、整備班は突貫で機体を仕上げ、丸1日かかったが、僕の機体をもう1度戦闘可能な状態にまで仕上げてくれた。


 カイザーによると、本当は廃棄してしまって新しい機体を受領した方がずっと簡単で早く済んだのだそうだが、連邦や帝国に対して常に戦力的に劣勢である王国ではどこでも戦力が不足しており、工場で生産される機体は完成する前から配備先が決まっており、簡単には手に入らなかった。

 連邦の攻撃にさらされながらも新工場は生産を続け、毎日ベルランD型を作り続けているが、それでも簡単に代わりの機体が手に入るような状況には無い。


 僕らは知恵を出して工夫しながら、どうにか乗り越えていくしかなかった。


 不思議なことに、連邦のグランドシタデルは、あれから数日経っても姿を見せなかった。

 夜間にも、昼間にも、王国に向かって1機も飛んで来ない。

 王国の対空警戒網を弱体化するために繰り返されていたロイ・シャルルⅧに対する爆撃も、全く行われなくなった。


 それは、奇妙な沈黙だった。


 連邦はまた、さらなる大規模な攻撃を実施するために力を蓄えているのだろうか?

 それとも、王立軍が有効な夜間の迎撃戦を展開するようになったから、また、戦い方を変えようとしているのだろうか?


 僕はなるべく意識しない様にしていたのだが、そんな、悪い想像ばかりが頭の中に浮かんできてしまう。

 連邦は一体、今度は何を企んでいるのだろうか?


 それは、程なくして明らかとなった。

 例によって、連邦自身が、プロパガンダ放送を通してその意図を公表したからだ。


 連邦がその放送を行った時、僕は、カイザーと一緒に格納庫で機体の調整を行っていたところだった。

 僕の機体は整備班の手によってほとんど元通りの状態にまで修復されていたし、訓練でも大きな問題は無かったのだが、ほんの少しだけ、操縦をする時に違和感があった。


 損傷した部分を修復し、新しい部品と交換したりしたから、僕の操作に対する反応が微妙に変わってしまっている。

 これは修理をした以上仕方の無いことで、パイロットの僕の方が慣れるべき案件だったかもしれないが、カイザーに相談したら彼にはその違和感の原因に思い当たるふしがあったらしく、調整することを申し出てくれた。


 整備班には本当にいつもお世話になりっぱなしだったが、僕はカイザーの厚意に甘えさせてもらうことにした。

 違和感と言ってもほんのわずかなことなのだが、その違いが微妙であるために、かえってすぐに慣れることが難しかったからだ。


 調整の結果、操縦桿を握った時の感覚は以前と少しも変わらないものになった。

 カイザーによると、翼を修理した時にエルロンを新しいものと取り換えたのだが、どうもその取り換えた時の取り付け方で僕の操縦に違和感が出ていたのではないか、ということだった。

 これは、職人芸と言われる様な領域の話なのだろう。


 僕がカイザーの腕前に改めて驚かされていた時、格納庫の奥の方から、「みんな、集まってくれ! 」と呼びかける声が聞こえた。「連邦から、また重大な発表があるんだってよ! 」


 情報は、少しでも欲しい。

 ましてや、王国中を灰燼(かいじん)に帰すると宣言し、実際に実行しようとしている相手のことだ。


 僕とカイザーはお互いに相談するまでもなく自然とラジオの近くに向かい、他にも、僕らと同じ様にたくさんの人々がラジオの前へと集まって来る。


 やがて、連邦からの放送が始まった。


 連邦の国歌が重厚なオーケストラによって演奏され、勇ましいコーラスが、お決まりの文句を高らかに歌い上げる。

 そして、連邦の国家元首だという人物が、人々を鼓舞する様な口調で演説を始める、いつものパターンだ。


《連邦の市民よ! 民主主義の闘士たちよ! 我が連邦は、また1歩勝利へと近づいた! 我が連邦の誇り、民主主義の優越性の精華(せいか)を表す、我らのグランドシタデルがその大いなる力を示したのだ! 愚かにも我々に反抗を続ける王国は、グランドシタデルの攻撃によって衰弱し、今や国家ではなく、瀕死(ひんし)の病人に過ぎなくなった! 》


 瀕死(ひんし)の病人とは、ずいぶんな言われようだった。

 だが、否定することもできない。実際のところ、王国は連邦の戦略爆撃によって追い詰められている。


 しかし、僕は連邦の国家元首の演説の続きを聞いて、驚かざるを得なかった。


《もはや、王国は死に体(たい)である! 我が連邦が、栄光ある勝利を手にするのは目前となった! だが! だが、連邦市民よ! 我々の真の敵、帝国の打倒という崇高な使命を、我々は決して忘れてはならない! 今こそ、王国などという衰弱した国家から、我々の真の敵へと目を向ける時が来たのだ! そう! 我々はグランドシタデルのその力によって、帝国を破壊し、消滅させる時が来たのだ! 》


 どういうことだろう?

 王国が大きなダメージを負っているのは間違いの無いことだったが、まだ、抵抗する力を完全に失ったわけでは無い。

 王立軍は未だに健在で、連邦軍が攻撃をしかけて来ても、反撃を実施するだけの力と意志とを有したままだ。


 それなのに、連邦は王国への攻撃を止め、グランドシタデルを帝国との戦いに投入すると言うのだ。


《すでに、グランドシタデルの巨大な翼は我が本土へと帰還しつつあり、帝国との新たな戦いに備えている! 連邦市民よ、今こそ我らが悲願を果たす時が来たのだ! 悪しき専制君主を打倒し、真の自由をもたらす時が来たのだ! 》


 僕が戸惑っている間に、連邦の国家元首による演説は終わっていた。

 またいつものごとく、割れんばかりの万雷の拍手がラジオから響いている。


 戸惑っているのは、僕だけではない様だった。

 その放送を聞いていた王国の人々は全員、僕と同じ様に戸惑っていたことだろう。


 王国はまだ完全に倒れてはいないのに、連邦はその矛先を帝国へと向けるというのだ。

 その意図は、僕らには少しも分からなかったし、想像もつかなかった。


 だが、僕らには、1つだけ、分かったことがあった。

 それは、王国がもう、グランドシタデルによる戦略爆撃の対象ではなくなった、ということだった。


 人々は戸惑ったままだったが、ぽつり、ぽつり、と少しずつ、喜びの声が上がる様になっていく。

 やがて、その歓喜の声は格納庫の中に広がり、人々はお互いに抱き合い、「勝った、勝った! 」と言い合い、喜びを爆発させた。


 格納庫の中だけではない。基地中が、王国中が、お祭り騒ぎになった様だった。


 僕は、そのお祭り騒ぎに少しも馴染めないまま、呆然としたまま突っ立っていた。


 受け取りようによっては、これは、確かに王国の勝利には違いなかった。

 連邦は王国の反撃に手を焼き、王国を屈伏させることをとうとう諦めた。そう考えることもできるからだ。


 だが、僕の実感としては、少しも「勝った」などと言う感覚は無かった。

 僕らは確かにグランドシタデルを迎撃し、手痛い傷を負わせたはずだったが、それでも、その攻撃を完全に阻止することはできていなかった。

 連邦はあまりにも巨大で、落としても、落としても、次々とグランドシタデルを投入し、僕からすればそれは、無尽蔵に湧き出してくる様に思えたからだ。


 僕には勝ったという気持ちは少しも無かった。

 それでも、僕はあることに気がついて、とても嬉しい気持ちになる。


 僕も、仲間も、母さんも、アリシアも、王国の人々も。

 もう一度、夜、安心してぐっすりと眠れる様になったということだからだ。


 その日、王国を焼きつくそうとした連邦の戦略爆撃は、確かに終わりを迎えた。

 王国が失ったものは多く、その傷跡はあまりにも深く大きいものだったが、それでも、僕らはこの王国の空を、守りきることができたのだ。

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