16-39「闇の中で」
僕に、帰るべき場所を示してくれた光。
それは、王立軍が夜の闇に隠れている敵機の姿を暴(あば)き出そうと撃ち上げた照明弾や、夜空に筋状に光を放つ探照灯の明かりだった。
どうやら、連邦軍機は僕らによる攻撃の後も前進を続け、すでに王立軍が設定した迎撃ラインに進入している様だ。
夜の闇の中に隠れていた銀翼が光で照らし出されると、王立軍による迎撃戦闘が開始された。
暗闇の中に、赤い炎の線がいくつも描かれる。
敵機や友軍機が被弾し、火災を起こして墜落していく際の痕跡(こんせき)だ。
細長くのびる炎の線は、あるいは地平線へと飲み込まれていき、あるいは空中で分裂し、放射状に広がりながら闇の中へと消えていく。
王立軍の迎撃ラインは2段構えとなっていて、外側のラインで戦闘機による迎撃を、内側のラインで対空砲火による迎撃を実施することとなっている。
今は、友軍戦闘機部隊による攻撃が行われている段階だ。
戦いは、僕から遠い場所で繰(く)り広げられている。
僕が機体の姿勢を立て直したり、機体の損傷状況を確認したりしている間に、敵機はその高速でどんどん進んで行ってしまったらしい。
僕が今さら全力で向かっても戦いに間に合うことはないし、例え間に合ったとしても、損傷している機体ではどうすることもできないだろう。
頭ではそう分かっていても、やはり、僕はまだ、もっと何かができるのではないかと思ってしまう。
僕は、確かに自身の任務を果たした。
1機の敵機を撃墜することに成功したし、自分の持っている技術や、機体の性能を十分に引き出すことができたと思う。
任務に集中するあまり、自分の危険を回避するという思考がおろそかになっていたことは大きな反省点ではあったが、少なくとも僕は生き残ることができそうだ。
僕は、自分にできることを十分にやった。
僕は、僕の全力を持って戦い、確かに成果を上げることができた。
ちっぽけな成果だ。
たった、1機。
100機以上もいる敵機の内の、たった1機を撃墜しただけだ。
僕1人にできることなど、たかが知れている。
戦争は僕の意思などお構いなしに進み、僕はその大きな流れの中で、翻弄(ほんろう)されるしかない。
僕は、それを分かっているつもりだ。
分かったうえで、戦い続ける覚悟をしているつもりだ。
だが、こうやって、戦争が僕の手の届かない場所で戦われている光景を目にすると、どうしても、僕は気持ちを抑えきれなくなってしまう。
僕は、悔しかった。
僕は、かつて僕を生かしてくれた人々のために、自分にできることを、この戦争を終わらせるためにできることを探している。
そして僕は、僕の妹にも、約束をしたのだ。
きっと、この状況をどうにかして見せると。
僕の力は、あまりにもちっぽけなものだ。
僕は自分がやりたいと思っていることを少しもできていないし、妹との約束だって、僕1人の力ではどうすることもできないじゃないか!
自分ではもっと、何かをしたい。
そう思うのに、僕にはそれだけの力が無く、どうすることもできはしない。
気持ちばかりが、空回りしている。
やがて戦いは、戦闘機による迎撃から、対空砲火による迎撃へと移り変わっていった。
対空砲火による迎撃は、王国にとっての最後の砦だ。そこで敵機の侵入を阻止できなければ、爆弾の投下を許すことになってしまう。
クレール市を守るために設置された対空砲の陣地からはその最大の発射速度で砲弾が撃ち上げられ、次々と炸裂して夜空に一瞬の閃光を描き出す。
戦場では、激しい轟音(ごうおん)が鳴り響いていることだろう。
数えきれないほどたくさんの敵機から響いてくる、エンジンとプロペラの音。爆弾を投下される前に少しでも多くの反撃を行おうと咆哮(ほうこう)し続ける対空砲の発射音。そして、空で次々に炸裂していく砲弾の音。
身体に震動が伝わって来るような音の中で、たくさんの人々が必死になり、そして、恐怖に怯(おび)えている。
僕には、何も聞こえない。
それは、僕にとっては静かに進む戦争だった。
僕の手の届かない遠くでたくさんの人々が必死になって戦い、僕の手の届かない場所で、たくさんの人々が犠牲になっていく。
僕は、もっと、力が欲しかった。
この戦争に急に放り込まれた僕は、無我夢中で日々を過ごすうちにエースと呼ばれるパイロットたちの仲間入りを果たし、ベルランD型という新鋭機を得て、僕らにとっては常識外の巨人機であるグランドシタデルをも撃墜した。
僕は、何も知らずに、ただ空に憧れていただけの少年ではなくなった。
僕は、戦士になったのだ。
だが、それだけでは、足りない。
全く、足りない。
僕は、力が欲しい。
この戦争を、仲間たちと一緒に生きのびていくために必要な力が。
僕を生かしてくれた人々のために、この戦争を少しでも早く終わらせるための力が。
そして、僕の妹との約束を果たせるだけの力が。
やがて、地平線に、朝焼けの様な光が広がった。
それは、連邦のグランドシタデルから、爆弾が投下されたことによって生まれた炎の色だ。
炎は1か所にまとまってはおらず、あちこちに散らばっている。どうやら、連邦軍はその攻撃目標に対して集中して攻撃を実施することができなかったらしい。
攻撃を防ぐことはできなかったが、今夜の王立軍による迎撃は効果をあげた様だった。
僕らは、うまくやったと思う。
王国は全力で立ち向かい、少しでも被害を防ぐために奮闘した。
その奮闘がどれほどの効果をあげたかどうかは、基地に帰ってみないと分からない。分からないが、これまで連邦の夜間攻撃にまともに対抗してできなかったことと比較すれば、ずっと進歩はしているはずだ。
だが、いくら守ろうとしても、大切なものを抱え込んだ手の平からは、守ろうとした何かが零(こぼ)れ落ちていく。
僕らがどんなにうまくやろうとも、全力を出し切ろうとも、守りきることができないものがある。
この夜を、僕は生きのびることができそうだ。
だが、あの空で、僕の手の届かない戦場で、いったい、何人の兵士が命を失ったのだろう?
そして、あの炎の下で、いったい、何人の人々が犠牲となるのだろう?
僕は、僕たちは、いったい、いつまでこんなことを続けなければならないのだろう?
いつの間にか、戦闘の光は消えていた。
爆撃を完了した連邦軍機は帰路へとつき、夜間という条件の中でそれに追撃をかけることができない王立空軍機も戦闘を止めた様だった。
盛んに撃ち上げられていた対空砲火も静まり返り、後には、クレール市の市街地を焼く炎だけが残っている。
僕は、少しでも被害を防ぐことができたのだろうか?
僕は、少しでも、犠牲になる人を減らすことができたのだろうか?
僕の仲間たちは、無事でいてくれるのだろうか?
僕の母さんや、アリシアは、大丈夫だっただろうか?
夜の暗闇の中を、僕は、基地へと、僕の家へと向かって飛び続けた。
仲間ともはぐれてしまい、無線機が故障しているせいで合流できる見込みもない、孤独な飛行だ。
不規則に奇妙な音を立てるエンジンと、冬の冷たい風が割れた風防を通して操縦席に吹き込んで来る風の音しか聞こえてこない。
僕は、闇の中にいる。
この、戦争という、暗い時代の中で、そこから抜け出すことができず、抜け出す方法も分からず、もがき、苦しんでいる。
もう、こんなことは、続けたくない。
自分が命を失うのも、誰かが命を失うのも、見たくない。
だが、それでも僕は、戦い続けなければならない。
全てを守り切ることはできないと何度思い知らされようと、それでも、ほんの少しでも多く、大切に思うものを守るために。
僕は何度でも、飛び続けるしかない。
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