16-24「自信」
王立軍にとって、今回の迎撃戦は大きな「成功」と見なされた。
これまで高高度を高速で侵入するグランドシタデルに対して十分な迎撃が実施できていなかったのに対し、効果的な反撃を実施することができたためだ。
敵機の爆弾投下を阻止できなかったのが、迎撃によって連邦側は組織的な爆撃を実施することができず、彼らが目標としていたはずの新工場は無傷のままだ。
それに、王立空軍側が記録した戦果の内、実効性があるものがその半数だとしても、数字としては十分に大きなものだった。
連邦軍が新工場を破壊して王国の軍用機生産能力を消滅させるためには、1度の爆撃によって損傷を与えた程度では不十分だ。
何度も繰り返し反復攻撃を実施して新工場を完全に破壊しなければならないし、王国側の復旧作業を阻止するためにも、何度も、何度も、攻撃を加え続けなければならない。
僕らは確かに連邦側の爆撃機を全滅させることはできなかったが、反復攻撃の実施を必要としている連邦にとっては、とても無視できるような損失では無い。
王立軍側にも被害は生じているが、新工場が無事である以上、王立空軍は容易に戦力を立て直すことができる。
連邦側は、これから王国に対して爆撃を行うたびに、今回の迎撃戦で被った様な損失を覚悟しなければならないということだった。
僕自身もそうだったが、王立空軍の全体から、この戦争の先行きに対しての自信が失われつつあった。
だが、その自信を、今回の戦いで王国は取り戻した。
僕らは、まだ、戦える。
もはや王国の全土が安全ではなく、いつでも、どこにでも、敵からの攻撃が加えられる様な状況だ。
後方と呼べるような場所は無く、王国の全てが、前線と言っていい状況になってしまった。
それでも、王国はまだ、抵抗する術を失っていない。
王立空軍による大規模な迎撃戦が行われてから数日の間、王国の空にグランドシタデルが飛んで来ることは無かった。
相変わらず、僕らは連邦軍機の襲来を警戒して戦闘空中哨戒を続けている。
連邦軍がグランドシタデルの発進基地としている、王国から遥(はる)か南西の島に対して王立軍が反撃を実施する手段を持たない以上、攻撃の主導権は連邦側が握り続けており、いつ侵入して来るかは分からない。
王立軍は警戒態勢を維持したまま、そのほとんどは徒労に終わってしまう戦闘空中哨戒を続けている。
それでも、僕らパイロットの間には、楽観的な気分が広がりつつあった。
迎撃戦で十分な戦果を上げることができて自信を取り戻し、気持ちに余裕ができている。
連邦はもう、飛んで来ないのではないか?
王国側の迎撃態勢の厳重さは、連邦もよく理解できたはずだ。
いかに連邦が強大であろうとも、あれだけの損失を受けながら王国に対して爆撃を続けるだけの力は無いはずだ。
連邦が爆撃を実施しても自身の被害ばかりが大きくなり、効果が無いと考える様になっていても、少しもおかしなことではない。
王国は、開戦以来、この戦争に負け続けていた。
国境地帯の防衛線はおろか、首都のフィエリテ市だって守ることができなかった。
それでも、少し前にはフォルス市の攻防戦に勝利し、多くの連邦軍を包囲して降伏させた。
グランドシタデルによる攻撃だって、最初は悩まされたが、僕らはもう、十分に対抗するだけの実力を備えている。
グランドシタデルの編隊に連邦の戦闘機部隊が同行するようになれば話はまた違って来るのだが、往復で6000キロメートル以上にもなる長距離侵攻作戦を実施できるような機体はまだ、世界のどこにも存在し無いはずだった。
もしそんな機体が存在するのなら、とっくに飛んできているはずだ。
連邦がグランドシタデルの発進基地としている島と、王国との間に他に都合よく基地を置けるような島があれば、連邦はそこを基地化して戦闘機を飛ばしてくるかもしれなかったが、幸いなことにその様な島はどこにも無い。
僕らが持つ様になった自信は、言いかえれば驕(おご)りであるのかも知れなかった。
しかし、連邦は、数日どころか、1週間が過ぎても、そして、2週間が過ぎようとしても、王国の空にグランドシタデルを飛ばしてこなかった。
次の攻撃のために力を蓄(たくわ)えているだけかもしれなかったが、例えそうだとしても、王国の側もより迎撃態勢を充実させつつあるから、十分に反撃を行うことができるはずだ。
王国では、王立海軍の新鋭戦艦、ロイ・シャルルⅧを即製の防空レーダーとして対空警戒網を前進させていたが、その後陸上に設置するタイプの専用の防空レーダーと、レーダー設備を守る対空砲や機関砲などを備えた対空陣地を新たに構築しつつあり、これが完成すれば王国の対空警戒網はさらに強化されることになる。
艦載型のレーダーと異なり、出力や装置の大きさなどの制約が少ない陸上設置型のレーダーはより高性能で、探知可能距離も大きくなるし、精度も向上する。
そうなれば、王立空軍が侵入してきたグランドシタデルを迎撃するまでに使うことができる猶予(ゆうよ)時間も大きくすることができるから、迎撃戦に参加できる機体もさらに増えることになる。
王国南部の対空砲の増強などはまだまだ足りておらず、僕らの様な戦闘機部隊頼みの状況が当面は続く見込みだったが、それでも、迎撃態勢の強化は確実に進んでいる。
再びグランドシタデルがやってきたら、今度はもっと多くの損害を与えることができる。
多くのパイロットたちは大きな戦果を上げるチャンスだと意気込んでいたが、僕としてはこのまま連邦がグランドシタデルを飛ばしてこなければいいと思っていた。
王国がこれまでよりもずっと強力に迎撃戦を展開できることには疑いの余地が無かったが、戦いなんて、無い方がいいに決まっている。
僕や仲間たちが戦闘で負傷したり、犠牲になったりする心配をしなくて済むし、敵にも味方にも、死傷者が出ない方が気分はいい。
だが、残念なことに、連邦は王国への攻撃を諦めきっていない様だった。
グランドシタデルへの大規模な迎撃戦が実施されてから2週間が過ぎようとしていたある日、再びグランドシタデルの編隊が飛来し、王国の目となっているロイ・シャルルⅧに対して攻撃を加えたからだ。
ロイ・シャルルⅧはその所在をごまかすために、自沈を行った島の入り江周辺の植物や偽装ネットなどを使ってカモフラージュを行っていたが、さすがにその巨体を隠しきることはできなかった様だ。
連邦側としても、突然王国側の迎撃が活発になったのを受けて、必死にその原因を探していたのだろう。
レーダーは電波を使っていて、電波はその発信源を探知することができるそうなので、ロイ・シャルルⅧのレーダーの電波を連邦側が逆探知し、そこに「何かがある」ということが見つかってしまったのかもしれない。
編隊は小規模なもので、20機にも満たないものであったらしい。
侵入はやはり高高度で、ロイ・シャルルⅧに向けて爆弾を投下した後、引き返して行ったとのことだった。
ロイ・シャルルⅧも装備された対空砲などで応戦したが、必要最小限の人員のみを残し乗組員の多くを港に残してきてしまっているため十分な反撃はできず、グランドシタデルの撃墜戦果は無かったらしい。
島にはレーダー設備と対空陣地が建設中だったが、建設中であるがために戦闘には全く関与できなかったということだ。
被害は、軽微なものだった。
多数の爆弾が投下されたがロイ・シャルルⅧに直撃したものは1つも無く、数発の至近弾を受けただけで、ほとんど無傷に近い状況である様だ。
ただし、肝心のレーダーが損傷を受けてしまった様だった。
だが、これも、王国にとって致命的な被害とはなっていない。
何故なら、その損傷は簡単に修復が可能な程度のもので、その日の深夜には復旧する見込みであるからだ。
これなら、翌日にグランドシタデルの大編隊が侵入してきても、僕らが迎撃戦を行うのに何の問題も無い。
この、ロイ・シャルルⅧを狙った攻撃があった際、侵入してきた機数は少なかったが王国の南部には空襲警報が発令され、僕ら戦闘機部隊にも出撃命令が下された。
僕らも迎撃のために飛び立つ準備をしたのだが、暖機運転が終わる前にグランドシタデルは爆弾を投下して引き返して行ってしまったために結局、飛び立つことすらなかった。
僕らは拍子(ひょうし)抜けした様な気分になったが、攻撃が来なかったのであれば、それに越したことはない。
僕らは警報が解除されたことでひとまず安心することができた。もちろん、警戒を怠(おこた)る様なことは無く、その後、敵機が飛んで来なくなる夜間になるまで待機を続けたが、やはり連邦からの攻撃は無い様だった。
日が落ちて空襲の心配がなくなると、僕らは翌日以降に備えて、十分な休息を取ることにして配置を解いた。
今日は連邦による王国南部への大規模な攻撃は無かったが、ロイ・シャルルⅧを攻撃して来たということは、連邦はまだ王国への攻撃を諦(あきら)めていないということだ。
翌日以降、連邦は準備を整え、これまでよりもさらに規模を増した上で、グランドシタデルによる爆撃を試みるのに違いなかった。
だが、王国は以前よりも防空能力を強化しており、さらに強力な迎撃戦を展開できる様になっている。
何度来ても、僕らは連邦の攻撃を跳(は)ねのけるだけだ。
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